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第6話

 薬草屋の引き戸を開け、中に入る。


「送っていただいてありがとうございました」


 玄関先におろしてもらった宵は、奏にお礼を言った。

 ギーと軋んだ音を立てて閉まる扉。

 奏は怒っていて、無言で帰ってしまったのかと思い、宵は顔を上げる。

 しかし、そこに奏は佇んでおり、宵を抱きしめた。

 薬草の香りがいつもと変わらず漂っている。


「あの、奏様?」


 無言で自分を抱きしめる奏に、未だ熱を帯びる身体。

 心臓が高鳴ってしまう。


「僕がどれだけ心配したか、君は分かる? 僕は怒っているんだ、君が自分を大切にしないことに。僕は君のことを深くは知らないのかもしれない。それでも、僕は君の優しさを本物だと思うんだ。いや、君がどんな人間だろうと、僕が、君を守りたい。宵、僕のそばにいてくれ。頼む。もう、どこにも行かないで」


 懇願するように、宵にしがみつきながら訴える奏。

 宵の瞳を見る奏の瞳には、涙が浮かんでいた。


「私にはもったいないお言葉ですよ、奏様。奏様は皆のものですし、私を守るための存在ではありません。今日はもう、お帰りください」


 宵は扉を開けて奏に外に出るように促す。

 内心はとても嬉しい。

 だが、彼の立場と自分の立場は違いすぎた。

 誰からも愛され、全ての人々に歌で光を与える希望のような奏と、影として闇に身を潜めながら生きてきた宵。

 お互い、相容れることはできない。

 宵はそう考えていた。


「僕は今まで誰かをこんなに欲しいと思ったことはなかったんだ。僕にこんな気持ちにさせておいて、君はその責任を放棄すると言うの?」

「奏様っ!」


 冷たいことを言って追い出そうとする宵に、奏は思わず玄関先で宵を押し倒した。

 奏とて、宵が本気で自分を嫌い、追い返そうとしているなら、甘んじて受け入れただろう。

 しかし、宵の表情や口調からはそうは感じ取れなかったのだ。


「僕は建前を聞いているんじゃない。君の本心が知りたい! 僕は宵が好きだ! 宵は?」

「私だって奏様が好きですよ。奏様を嫌う方など、この世に存在しないでしょう。しかし、私は闇に生きる者で……」

「僕は宵が好き、宵は僕が好き。両想いじゃないか。それだけだよ」

「そんな簡単な話では……」

「難しく考えているのは宵だけだ」

「ちょっと!」

「寝室はこっちだね?」


 奏は宵を抱きかかえると、室内に入る。

 襖を開けると、彼の部屋だ。

 奏は一組の布団を敷くと、そこに宵を押し倒す。


「駄目です、奏様…」

「君が本気で嫌がるならしないよ」


 いまだローブを羽織っただけの宵は、ローブを取ってしまえば生まれたままの姿になる。


「ひどい傷だ。君の綺麗な肌にこんなに傷をつけて」


 レグナスにつけられた傷を指でなぞり、ひとつずつキスをしていく奏。


「んん、ん、ひうっ」


 それだけで宵は敏感に反応してしまう。


「敏感だね。傷を癒やしているだけなのに」

「媚薬がまだ残っていて……」


 視線を向けると、奏がキスした部分から傷が消えていく。


「治癒魔法が使えるんじゃないですか!」


 なんで今までわざわざ自分のところに来ていたんだろう、と宵は思った。


「他人には使えるけど、自分には使えないんだよ。まあ、使えてても君に癒やしてもらってたと思うけど」

「なぜ私なんですか?」

「傷だけじゃなくて心も癒やしてくれるから」


 奏は最後に頬の傷にキスして治した。

 それから唇にキスした。

 レグナスとの傷とは全然違う。

 殴られるような強い快楽ではなく、甘く痺れるような、優しすぎる、少しじれったいような刺激だ。


「ふぁっ、奏様」

「可愛いね、宵。ああ、本当にすごく好きだよ」

「私もです」

「私も何?」

「奏様が大好きです」


 宵は奏から与えられる甘い快楽につい本音が漏れてしまう。

 甘えるように奏の首に腕を回し、もう一度とキスを催促した。


「本当に君は魔性過ぎて心配になるよ」


 こんな顔、二度と僕以外には見せないでほしいと思う奏だった。

 奏の指が宵の薔薇を撫でる。


「あっ、奏様、私、経験が無くて……」

「経験がない!?」 


 色仕掛け専門と言われていなかっただろうか。


「兄達も最後までさせる気はなかったみたいで、教えられてないんです。なので、何か粗相をしてしまうかもしれません」


 宵は不安そうな視線を奏に向ける。


「どんな粗相をしても構わないよ。痛かったり、辛かったりしたら、ちゃんと言うんだよ?」


 奏は宵の頬を優しく撫で、甘い口づけを落とすのだった。

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