**宵(よい)**は、城に仕える忍組織の忍であった。
闇の帝国の魔王レグナスの攻撃が増し、闇がこの国を侵略してくることを危惧した国王陛下は、忍に魔王討伐を命じた。
その過程で、宵は頭(かしら)に命ぜられ、闇の帝国にスパイとして潜入していたのだ。
そしてレグナスの信用を得るため、路地裏で薬屋をしながら光の国を偵察するという、二重スパイ(ダブルスパイ)をしていた。
国王陛下は忍組織の中でも宵をことのほか可愛がっており、幼い頃から知っていることもあり、常に心配していた様子だ。
そこに彼の魔獣が最後の知らせを届けたことで、国王は我を忘れるほどに狼狽し、奏に助けを求めたのである。
その話を聞かされた**奏(かなで)**は、すぐにレグナスの元へ宵を助けに向かったのだった。
しかし、これらは全て頭の策略でもあった。
宵は本当に魔性的な色気を持ち合わせている。
レグナスを虜にし、夢中にさせて隙を生ませたのだ。
その瞬間に影を潜めていた他の忍がレグナスを絶命させる。
見事に任務は成功していたのである。
いわば宵は囮であった。
宵は国王陛下や忍組織だけでなく、奏からも愛される存在。
彼に何かあれば、全員が本気で彼を助けに駆けつける。
それを見越した上での、頭の策略だったのだ。
今まで、宵は上手に任務を遂行していたため、この最終手段に出る必要が無かっただけである。
「だから、失敗じゃないよ」
泣きながら必死に謝る宵の肩に、頭が手を置く。
「しかし、兄さん方に迷惑をかけて、国王陛下や奏様にまで……」
「いや、頭が悪いですよね」
「本当にな」
「うるさいよ、モブ。我々は忍だ」
落ち込む宵に、兄さんAとBが声をかける。
あくまでも忍であり、任務のためなら冷酷な判断も下すのが頭である。
「俺も好き好んで宵に色仕掛けさせてるわけじゃないよ。でも、宵が一番向いているのが色仕掛けなんだから仕方ない。ちゃんとギリギリで助けてるんだから、問題ないだろ?」
ねぇ、宵?
と、腕組みする頭。
「は、はい。そうですね」
宵は頷く。
その間もずっと奏は宵を抱きしめ、警戒するように頭を睨みつけていた。
「でも、まぁ、そうだね。宵はクビかな」
奏を見て、頭はため息を吐く。
「えっ、私、クビなんですか!? そんな…… 忍の里から追い出されたら、私はどこへ行けば良いんですか……」
宵はクビと言われ、不安そうな表情を頭に向ける。
「薬屋がお似合いだよ」
頭はハハッと笑う。
「考え直してください。国王陛下からもお願いします」
困った宵は国王陛下を見る。
「良いと思うよ。私は賛成する」
なぜか国王陛下まで乗り気である。
やはり任務の失敗を許してくれないんだ。
宵は落ち込む。
「まあ、後は奏様に任せるね。宵をよろしく。みんな、帰るよ!」
頭は部下と国王陛下を引き連れて、その場を離れる。
宵は奏と二人残されて、気まずい。
「あの、奏様、離していただいても?」
いつまでも抱きしめられて、身動きの取れない宵だ。
「うん、僕の背中に乗って」
「え?」
「おんぶ」
「おんぶ?」
やっと離してくれたと思ったら、しゃがみこみ、背中を向ける奏。
乗って、と催促してくる。
宵はどうしようかと迷ったが、おずおずと奏の背中に身体を預けた。
月明かりが照らすだけの夜道を歩く。
「すごく心配したんだからね。君を見た時の僕の気持ちが分かる? あんな巨漢に襲われて、白い肌を晒して、あんな顔を見せて!」
奏はひどく不機嫌だ。
「あの、助けに来てくださってありがとうございます。ひどいことも言っちゃって。でも、本心じゃなくて、私は奏様のファンです!」
宵の弁解は奏の怒りとは噛み合っていないが、どうしても言いたかったのだ。
「そう、僕のファンなんだ?」
「あの、はい。ずっと憧れで。思ってもないひどいことを言いました。奏様を傷つけてしまって、私、本当にごめんなさい」
宵は泣いている。
奏は声と肩が濡れるのを感じて察した。
「それは分かった。怒ってないよ。でも、あんな魔王に可愛い顔して喘いで気持ちよくなっちゃったのは良くないよね?」
「はい、あの、それは、媚薬効果のせいで……」
「言い訳するんだ?」
「ごめんなさい」
奏から聞いたこともないような、低く冷たい声が聞こえ、宵は焦る。
許してくれると言っているのに、やっぱり怒っているじゃないか!
そんな話をしている内に薬屋に着いた。