奏の頭の中は、今や完全に混乱していた。
国王陛下がなぜ宵の名を叫び、助けを求めるのか。そして、その高貴な御方が、なぜ路地裏の薬草屋の前で土下座までしているのか。その意味を考えれば考えるほど、これまでの常識が音を立てて崩れていく。
宵は闇の人間だと言った。だが、国王が、あの宵を「私の宵」と呼んだ。
彼の言葉と、国王の行動。どちらが真実なのか。あるいは、その両方が、奏の知らない何かの裏側を持っているのか。
奏の心に重くのしかかるのは、宵を信じたい気持ちと、彼を「敵」として認識せざるを得ない現実との乖離だった。
「話を聞かせてください」
奏は国王陛下の肩に手を置いた。
それが不敬だとか、そんなことを考えている余裕はなかった。
彼が悪だろうと正義だろうと、闇だろうが光だろうが関係ない。
今、彼に危険が迫っていて、自分に助けられるなら助ける。
会えるなら会いたいし、話がしたかった。
一方、宵の意識は、濃密な快楽の波に呑み込まれそうになっていた。
レグナスの寝室に運ばれてから、どれほどの時間が経ったのか分からない。身体は熱く、常に疼き、思考は混濁していく。
「ひうっ……!」
意識が遠のきそうになるたび、レグナスの爪が肌を這い、新たな刺激が襲いかかる。抵抗しようにも、媚薬に侵された身体は言うことを聞かない。快楽と屈辱の狭間で、宵はただ、息を繋ぐことしかできなかった。
このままでは、任務など遂行できない。この状況をどうにかしなければ。
頭の片隅で、最後の理性が警鐘を鳴らす。しかし、その声は、意識を絡めとる甘くねっとりとした快感の波に、かき消されそうになっていた。
「本当に何処もかしこも美しく、綺麗だ。そんなそなたに傷をつけているのは誰だ?」
「レグナス様です」
生理的な涙を浮かべ、レグナスを見つめる宵。
しっかりと意識を持とうと快楽に抵抗する。
「レグナス様を私に……」
そう、媚びた声でレグナスを抱きしめる宵は、隠し持っていたクナイをレグナスの背中から心臓目掛けて振り下ろした。
しかし、それは彼の心臓に届くことはなかった。
強く振り払われ、クナイは遠くに飛ばされる。
「くっ……」
再びベッドに沈められる宵。
「お前のその意志の強い瞳と、威嚇する毒蛇のような荒々しさが、我を魔性に惹きつける」
そう言って唇にキスを落とされ、宵は噛み千切る勢いでレグナスの舌に噛みついた。
レグナスがまた新しく、宵の白い肌に爪を走らせる。
途端に身体は強い快楽に襲われる。
「ひうっ、あっ…んっ…んん」
もう何度も強すぎる快楽を与えられ、イかされた宵は、精液も出ず、身体を震わせるだけだった。
「レグナス様。もう、レグナス様を私にください。お願いします。中が寂しくて辛い……」
宵はもう快楽に溺れ、どうしようもない顔でレグナスに懇願した。
甘えるようにレグナスの下腹部に手を伸ばす。
「ほう、我が欲しいと。仕方ない、くれてやるさ。しかし、お前が尻に仕込んでいたものは取り除いたぞ」
そう言ってレグナスは手に持った丸い球体を宵に見せる。
宵の表情はすぐに青ざめた。
それは最終手段として尻に仕込んでいた猛毒。
レグナスが己の中を強く突いた時に弾けるように設計してあったのだ。
もちろん、溢れ出した猛毒で自分も絶命するだろうが、レグナスの命も同時に奪える算段だった。
そう、宵はレグナスと刺し違える覚悟であった。
「いつの間に……」
キッと、苦々しくレグナスを睨む宵。
「我と心中しようとするとは、愛されたものだ」
フハハと笑い、レグナスは猛毒を投げ捨てた。
暗器ももうない、毒も……。
宵は万策尽きていた。
もう、打つ手がない。
完全に任務を失敗した。
敵に凌辱されるくらいなら、潔く死のう。
そう、宵は自分の舌を噛み切ろうとした。
「うぐっ!」
「おっと、舌を噛み切るなよ」
すぐに宵の考えに気づいたレグナスは、宵の口に指を突っ込み、噛むことを防ぐ。
「お前に自由にできる物など何も無いのだ。これからは我のペットとして生きるが良いさ。なぁ? 我が可愛い毒蛇よ」
「んんっ……んん!」
レグナスは宵が舌を噛まないようにと猿轡(さるぐつわ)をかませる。
宵はもう、レグナスを睨むしかない。
「お前が欲しがっていたものだ」
「んっ! んん!! ウウ」
前をくつろげるレグナスが取り出したのは、想像を絶する大きさに膨らんだ硬い杭。
腰を掴まれた宵は恐怖で抵抗し、首を振る。
身体はじっとりと汗をかき、恐怖で震える。
怖い……。
頭に過るのは、傷付けてしまった奏のことだ。
『奏様……』
ごめんなさい奏様。宵は奏様を……
「宵!!!」
宵が覚悟を決めた、その時だった。自分を呼ぶ愛しい人の声が聞こえた。
幻聴だ。
そう、思った。
「グッ!!」
レグナスの杭が打ち付けられる衝撃に身構えていた宵だが、その衝撃が訪れることはなかった。
目を開けると、倒れ込むレグナスが見える。
その背中にはクナイが深く刺さっていた。
「よぉ、宵。ひっでぇ姿だな」
目が合ったのは、自分が仕える忍組織のお頭(かしら)だった。
「兄さん」
「宵!!!」
驚く宵に、再び奏の声が聞こえる。
何か布で包まれ、抱きしめられている。
「えっ?」
「宵、宵、宵!!」
宵にかけられたのは奏のケープだ。
宵を抱きしめているのは奏である。
「奏様?」
「宵!!」
「奏様」
「宵ーー!!」
奏は号泣しながら、宵の名前をひたすら呼ぶのだった。