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第60話  初戦闘はチンピラ退治の香り




 俺は、街への行き来でも野盗に襲われる可能性があると、最初の頃から考えていた。単純に、街でそれなりに稼いでいるというのもあるし、馬の件もある。

 なので、もし襲われた場合どうするか、3人で話合って決めてあったのだった。


 パターンAは、飛び道具含む盗賊の集団に襲われた場合。

 パターンBは、数人のチンピラに襲われた場合。

 パターンCは、魔獣に襲われた場合。


 そして今回はパターンB。

 マリナの役目は街の近くなら憲兵を、屋敷の近くならシェローさんかレベッカさんを呼んでくること。「マリナも戦うであります。マリナは主どのを守るのが仕事であります」と言って聞かなかったが、現状マリナが最も馬が達者なわけで、人を呼びに行く役目はマリナ以外考えられなかった。

 ディアナの乗馬が上達したら、その役目はディアナに譲ってもいいかもしれないが、ディアナの場合「ディアナ自身が盗賊の目的」である場合があるかもしれないんで、難しいかもしれない。酷い話だが、そういう点ではターク族のマリナは身軽だ。


 さて……。シェローさん達が来るまでの間、俺はこいつらを足止めしておくか、もしくは倒してしまえばいいわけだが……。



 俺は剣を抜き、両手で持ち軽く構える。

 シェローさんと訓練していた時から感じていたが、剣を構えると気分が高揚してくる。

 これはちょっと危ない傾向かもしれない。剣士の天職を持ってるのは飛び出して真っ先に死ぬのが多かったって、シェローさん言ってたしな。


 もし戦闘になるとしても――野盗とはいえ――俺に人殺しをする覚悟はない。

 こいつらが諦めて逃げ去るか、マリナがシェローさんたちを呼んで来るか、それまでの時間を稼げればそれでいい。なるべくなら、まだ戦闘は経験したくなかった。


「しかし野盗とはバカな真似をしましたね。こっちにはエルフもいるんですよ? どうにかなると思ったんですか」


 もう一つ牽制を入れる。

 この世界ではエルフは最高戦力の一角として数えられているらしい。魔法があまり一般的でない世界で、精霊魔法を使いこなすエルフは、驚異的な存在なのだとか。

 つまり、ただの人間の野盗がエルフ相手にビビらないわけがないわけで、抑止力として一定以上の効果があるはず……なんだけど。

 まあ、うちのはわけあり・・・・だけどさ。


「ああー、くそっ。楽な仕事になるかと思ったのによ。おい、お前ら、もういいからそいつやっちまえ。エルフは傷つけんなよ」


 しかし、俺のセリフを一顧だにしない野盗。


 ん? おかしいな……?


 精霊魔法が怖くないのか……?

 てか、エルフは傷つけんなって言うことは、ディアナが狙いなのか? ディアナが精霊魔法を使えないなんて、こんな野盗が知っているはずがないけど……。ああ、バカだからエルフが精霊魔法の使い手で強いってこと知らないのかな。そういうこともあり得る……のか?


 それじゃ、このまま本当に戦闘になってしまう。

 予定ではここで盗賊が怯んで、時間稼げる予定だったんだけど、予定通りにはいかないもんだぜ。



 戦闘。

 相手は3人。

 俺はシェローさん相手に、例の過酷な訓練を何回かやり、シェローさんにも「そのへんの盗賊にやられることはまずないレベル」とお墨付きを貰っている。貰ってはいるが……。


 …………いや、ここまできたらもうやるしかねぇ。

 訓練の時より、ずっと軽い魔剣だし、師匠は有名な傭兵団で副団長までやってたシェローさんだ。そのへんのチンピラの剣に、そうそう負けるわけがない。


 剣を構え、相手を見る。

 リーダー格の男の命令で、若い野盗が2人同時に剣を抜いた。なんの変哲もない片手剣ブロードソード


 俺にとっては、初めての実戦。

 だが不思議と恐怖は感じなかった。


 野盗は完全になめきった動きで、俺を挟むように陣取りにじり寄ってくる。2人同時は厄介だが、俺は自分でも驚くほどに冷静だった。

 相手がニヤニヤと笑い、気迫が感じられないからというのもあるかもしれない。俺が抵抗力のない商人だと思って完全に高を括っている。


「ディアナ、ここまではすべて想定通り。足止め、打ち合わせ通り頼むぞ。秘密兵器は基本使わない方向で。アクシデントが発生した場合は躊躇せず使え」


「任せておくのよ、ご主人さま。恐ろしい目に合わせてやるのだわ」


 ディアナの目が爛々と輝いて、少し怖い。



 そこから先は言葉はいらなかった。あとは力で制圧するのみだ!






 ◇◆◆◆◇






「おっ、おい、聞いてねぇえぞ! てめえ、どうしてただの商人の小僧がそんなに動けやがる? それにその剣はなんだ!? あいつらになにしやがった!」


「強盗に答える義理とかないし。ディアナ、そいつの拘束強めちゃって」


「かしこまりなのよ、うふふふふ」


「くっ、草が! やめろっ! クソッ! どうなってんだ畜生!」


「いやぁ、訓練代わりとしては丁度良かったかもな。とりあえず、戦闘系天職のない男3人までなら余裕で勝てるのがわかったし」


「油断大敵なのよ、ご主人さま。今回は相手がバカで運が良かっただけなのです」


「まあ、それもそうか……。飛び道具も伏兵もなかったしな」


 俺とディアナは、無傷で野盗を制圧することに成功していた。初の実戦にしては上手くいきすぎのようにも思うが、魔剣と精霊魔法がチートだったし、こんなものだろう。


 パターンBの打ち合わせ通り、ディアナには精霊魔法で俺をサポートしてもらった。

 ディアナは現在「特別なお導き」のせいで精霊魔法を限定的にしか使えない。しかしこの限定的というのが曲者で、本人曰く「精霊と対話して、少し協力してもらうようなのは使えるのよ」とのこと。

 そしてその、「少し協力してもらう」というのが存外に強力だった。


 突風を吹かす、燃焼を加速させる、落とし穴を掘る、草が体に巻きつく、木が歩いて通せんぼしてくる、土煙が舞う……。

 言葉にすると地味だが、戦闘中にこうした嫌がらせが発動すると、効果は抜群だ。


 あと、これは予想外だったが、俺の愛剣であるところの『濡烏の魔剣ハートオブブラッド』がチート武器すぎた。


 まず、軽い。クレイモアの半分以下の重量しかない。

 そして、魔剣が魔剣といわれるが所以、特殊効果が凄い。実際に特殊効果を試す機会がなかったんで、今回初めて体感したけど、――これはズルいわ。

 こんな剣がタダで貰えた幸運に感謝するしかないわ。



 若い野盗は、2人同時に切りかかってきた。


 左の男(以下、野盗A)は右上段からの振り下ろし、右の男(以下、野盗B)は、真っ直ぐ突きを放ってくる。

 それなりに息の合ったタイミング。シェローさんと比べれば致命的に動きが緩慢な点を除けば、良い攻撃だったのかもしれない。


 突きをいなし、右へステップ。そのまま軽く撫でるように、野盗Bの脚を切り付ける。

 あくまでこれは牽制と、相手との距離を測る程度の意味しかない攻撃だった。

 ――だったのだが。


 野盗Bは卒倒するようにドウッと倒れ伏した。

 最初俺はなにが起きたかわからなかった。野盗も同様だろう。魔剣に猛毒でも塗ってあったのかとすら考えた。

 しかしこれは、魔剣の特殊効果「吸収」が発動した結果だった。通常は『濡烏色』の刀身が真っ赤に染まり、不気味に脈動する。そして、生体エネルギーとでもいうような、活力が俺に流れ込んでくるではないか。元気がない時には良いものかもしれないが、元気な時には正直言って気色悪い。強引に他人の生ぬるい血液を体内に送り込まれたような感覚とでも言えば伝わるだろうか。

 魔剣の名は伊達じゃなかったってことか。軽く掠っただけでゴッソリ吸っちゃうなんて、ドレイン能力強すぎだろ。


 怯む野盗A。俺も驚いたが好都合、さらにドレインを狙い横薙ぎに切り付ける。

 しかし、これは剣で弾いてかわす野盗A。バックステップで距離を取り、援護を願ってかリーダー格の男をチラリと見やる。


 リーダー格の男は、ディアナの精霊魔法で地面に縫い付けられもがいていた。ディアナが薄笑いを浮かべなにか呟くごとに、草がリーダー格の男に絡まっていく。

 草自体は簡単に千切れるものだが、右腕が抜ければ左足に絡み、左腕が抜ければ右腕に絡む……というように、簡単には抜け出せない。

 戦闘力という点では最も高いだろうリーダー格を、こうして無力化できたのはラッキーだった。3対1ではさすがに危ないからな。


 野盗Aは覚悟を決め、雄叫びを上げながら切り掛かってきた。戦闘系の天職などは持っていないのだろう単調な攻撃。本当にただ切り掛かるだけの一撃。


 1対1でこいつ相手なら、負ける気がしない。

 せっかくだから(少々不遜だが)練習相手になってもらうことにしよう。


 相手の攻撃を、いなし、すかし、弾き、押し返す。

 相手は汗だくだが、俺はまだ全く疲れていない。剣が軽いし、野盗Aの攻撃も軽かった。

 野盗なんかやっているくらいなんだから、ある程度は強いのかと思ったが、全く話にならないほど弱い。天職がなければこんなもんなのかもしれないが……しかし……。


 疲れきり、動きの鈍くなった野盗Aの腕を軽く切りつけてやる。「吸収」が発動し、即座に卒倒する野盗A。


 これで残りはリーダー格だけだが、すでにディアナが押さえている。


 そうして戦いは終わった。

 結果だけみれば圧倒的だったと言っていいかもしれない。しかも、こちらは日本で買った秘密兵器を数種類すべて温存したままだ。



 数分後、マリナがシェローさんとレベッカさんを連れて戻ってきた。

 野盗を縄で縛りあげ、憲兵へ連絡。後に野盗は帝都の法で裁かれることになるのだそうだ。ちなみに、盗賊は普通打ち首、初犯の野盗でも腕を切り落とされるのだとか。


 シェローさんが「野盗など殺してしまってもよかったんだぞ」などと物騒なことを言っていたが、さすがに殺しは無理だ。吸収だけでも、気色悪かったのに……。



 しかし……、本当に野盗が出るとはな。


 これからは、馬も剣もフォーメーションもキッチリ訓練していくことにしよう。今回は運が良かったが、もっと大規模な盗賊に襲われるなんてことも、ないとは言い切れないんだしな。相手に戦闘系の天職持ちがいたら、こんなもんで済むはずがないし。

 装備もまだまだ中途半端だしな。


 仕事のほうは、どんどんエトワに任せるようにしていこう。





 …………しかし、話はそれで終わらず、野盗を憲兵に引き渡した後にレベッカさんのお説教タイムが待っていたのだった。


「それでどうしてジローが戦うなんて事になったの?」


「ですから、マリナが最も移動速度が速いし、僕は馬を走らせられないので止むを得ず。事実上、逃げられないのと同じですし……」


「それなら、マリナを戦わせて殲滅したほうが良かったんじゃないの? せめてみんなで戦うとか」


「いえ、戦うのは最終手段で、ディアナがエルフだから抑止力になると思ったんですよ。ところがどっこい、構わず挑んでくるおバカさんで……」


「ふ~ん。いいけどね。今回は相手が弱かったからどうにかなったけど、まだジロー弱いんだから、これからはちゃんと奴隷使いなさいよー? 何度も言うけど、そのための奴隷なんだからね? どうしても自分が戦いたいなら、なるべくうちに来て訓練すること!」


「はい……」


 根本に、マリナを捨て駒のように戦わせたくないというのがあったが、それは黙っておいた。

 やっぱ戦闘用に男の奴隷買おうかなぁ……。







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