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第121話  魔術はライターの香り



「この世界にあふれる魔素に理を与えてやるのが魔術の基本であり奥義なんだよ。わかるかい?」

「ことわり……。いや、時々聞く言葉ですけど、どういう意味なんですか?」

「それを口で説明するのは難しいな。例えば、お湯を温めると湯気が出るだろう? 水は低いところに流れるだろう? 炎は水をかければ消えるだろう? 理ってのはそういうことなんだよ。物事の道理というやつだな」

「魔素がお湯になったり水になったりするのでありますか?」

「そうだよマリナくん。魔素に湯の理を与えてやれば湯に、水の理を与えてやれば水になる。私が得意としている氷の魔術も、魔素に氷の理を与えてできているんだよ」

「ちんぷんかんぷんであります!」


 みんなでシャマシュさんの魔術授業を受けている。

 場所はいつも戦闘訓練をやっている広場。青空教室だ。


 なんといっても、俺には「魔術師」の天職がある。

 ということは使えるようになるはずなのだ。あれが! 魔術が!

 この世界に来て半年。ついにである。


 シャマシュさんによると、魔術は誰にでも扱える術であるらしい。その証拠に、イオンも簡単な魔術ならもう使えるのだとか。

 そういうわけで、俺だけでなくマリナとレベッカさんもいっしょに習うことになった。


 例外として、エルフだけは魔術的素養が種族的にゼロなので、使えないらしい。

 そのエルフであるところのディアナは、ふてくされながら遠巻きに俺たちが授業を受けるのを眺めている。


「魔術の基本は『火』だ。火を起こす魔術が出来るかどうかが、魔術ができるかどうかの分水嶺といわれているんだよ。かの『火の国』はなぜ火の国と言われているか知っているかい? あの国の街には中心に必ず『神の火』が焚かれていてね。人々はその火を毎日見て育ち、『火の理』を会得していくのさ。その風景が帝国人には異様だったらしくてね、だから帝国では南のリルメリアヴァース王国のことを『火の国』と呼ぶのだな」


 シャマシュさんがウンチクを語る。

 火の国か。エリシェは帝国最南端の都市だから、火の国は海を挟んでお向かいさんなんだよな。まあ、すでに火の国は帝国の属領らしいけど。


「私は、戦争のときに火の魔術師にさんざん煮え湯を飲まされたから『火の国』と呼ぶようになったって聞いたわ。帝国では魔術師は少ないから」


 レベッカさんによると、強大な魔術師一人に100人の兵が殺されたほど、火の国の魔術師は強力なものだったのだそうだ。

 だから、戦争当初は火の国が優勢だったのだとか。


 だが、帝国にはエルフがいる。

 精霊石で火除けのエンチャントを施した装備に身を包んだ100の精鋭を用意した帝国兵士相手には、火の国の魔術師たちはほとんど為す術もなかったらしい。

 なるほど、火特化の魔術師しかいない国なら、それを封じられたらもうどうしようもないわな……。


「まあ、そういうわけだから、とにかく火の魔術をやってみよう。まず、人差し指を立てて、その指をロウソクと見立てる。そのロウソクの先に、火を灯す。こういうふうに」


 シャマシュさんの人差し指の先に、ポッとちいさな火が灯る。

 ライターいらずだな。

 ライターがないこの世界では、着火が簡単にできるってのは、かなり便利そうだ。

 ああ、そういえば練習場所に外を指定したから、なんでと思ったが、火事の心配をしていたんだな。


「あっ、それ、前に主どのに連れていってもらった見世物でも、同じことやっていたのであります! あの時、マリナと姫はダメだったでありますが、主どのは成功してたのであります」

「おお、懐かしいな『魔術師の館』。そういえば、あの時も同じように説明されたっけ」


 ディアナとマリナを手に入れた日。

 あの日は、エリシェの50周年祭だかで、出店が沢山出ていたのだ。

 魔術師の館は、そのときに一人30エルだか払って入った見世物小屋だ。


 内容は、ビンに空中から水を集めるだの、透視だの、人体浮遊だのテレポーテーションだの…………最初は絶対に手品だと思って見てたけど、あれって結局どこからどこまでが手品だったのかな。

 火の魔術も確かに使ってたのは間違いないんで、魔術師の館という看板には偽りないんだろうが、全部が魔術というにはエンタメ色が濃すぎた。

 火を使った見世物はともかく、最初のほうのは全部手品だと思うんだが……。


「じゃあアヤセ君はすでに、火の魔術は習得済みということなのかい?」

「習得というか……。あの時は確かにちょっとできましたけど」

「本当かい? ちょ、ちょっとやってみせてくれないか」


 頼まれて、ちょっとやってみる。

 瞳を閉じて、強く想像する。

 魔力をガスに見立て、指先からシューッと出ているところを想像する。身体をめぐる魔力がそこから漏れだすように、飛び出していくところを想像する。

 指先が熱くなる。今、俺の指から出ているのは可燃性のガスだ。ガスは酸素と混ざり合って可燃性の気体となる。

 そこに火花を飛ばすイメージを持つ。

 瞳を開くと同時に、火花を飛ばす。


 ボッ


「あっ、ついた」


 指先に、確かに火が出現している。

 魔術師の館の時は、ガスを集めるイメージだったからか、一瞬で燃え尽きてしまったが、今回は身体からガスを出すイメージでやっているからか、ちゃんとライターのように連続性を確保できている。

 成功だ。


「わぁ、すごいであります! やっぱり主どのは魔法使いだったのであります」

「ジロー、魔術師の天職あるって言ってたもんね。でもいきなりできるってすごくない?」 


 マリナとレベッカさんに褒められて嬉しい。こんな俺にも才能あることがあったんや! 履歴書の特技に「火の魔術」とか書いちゃうぞい。


「あ、アヤセくん。見事な魔力運用だ。ほんとうに初めてなのか?」

「正確には二回目ですけどね」


 もっと言うと、屋敷では何度かやろうとしたことがあったが、うまくいかなかったのだ。あの屋敷は極端に魔素が薄いという話なので、それが理由だろう。


「よし、ではそのまま人差し指を前に突き出してくれ。火は消さないまま」

「こうですか?」


 人差し指を立てたまま、腕を前に出す。


「そうだ。そして、そのまま魔力を強めて火力を上げることができれば、初歩的な火属性魔術としては完璧だと言っていい」


 言われた通りに、出力を上げていく。

 体内から出す魔力を少しずつ引き上げて――


 ぷすっ


「あっ」


 消えてしまった。失敗だ。


「まあ、最初からそううまくはいかないさ。初歩的な魔術を使えるようになるまでに、普通は何年もかかるものなんだからね。ふふふ」

「なんでちょっと嬉しそうなんですか……」

「だって、そんなすぐにできてしまったら、教えがいがないじゃないか」

「なるほど。まあ、とにかくこれからご指導ご鞭撻よろしくお願いします」


 魔術については、先生もいなかったし他のことで忙しく独学でやってみる気がしなかったが、これからは先生もいるのだし、ちょっと積極的に学んでいこう。

 いきなりできるのは、かなりの素質がある証拠という話だし。

 つい調子に乗って、指先にポッポッポッと火を付けて遊んでしまう。

 できる! できるぞ!


 ただ、火力を上げようとすると、プスッと消えてしまうんで、実用レベルにまで持っていくにはまだまだ掛かりそうではある。


 いやぁ、しかし魔術か。

 剣も楽しいけど、魔術も使えたら、あんた。魔剣士じゃん。

 いや、すでに天職が魔剣遣いとかそんな中二なやつだった。

 魔剣遣いで、魔術師。気付いたら魔だらけで、ダーク属性感丸出し。

 ブラック企業だの、引きこもりだの、ネトオクテンバイヤーだの、後ろ暗い人生送ってきたからなのかな……。


 魔術の基本的なこともシャマシュ先生の座学で学んだ。

 この世界には大気中に魔素と精霊素がたゆたっているらしい。

 魔術師は、その魔素を体内に取り込み自らの魔力とする。

 そして、その魔力を使って魔術を行使する。


 エルフはというと、精霊素を取り込み自らの精霊力とするわけで、魔素がなくても生きていける人間と違い、精霊素の枯渇は死活問題なのだそうだ。半分、妖精みたいなものなんだな。


 ちなみに、魔族はというと、人間よりははるかに魔素を吸い上げる量も魔力運用の効率も高いらしいが、エルフにとっての精霊力のように、魔力が枯渇してどうにかなったりはしないらしい。エルフの場合、精霊力の枯渇で理性が薄くなるはずだったが、魔族はそういうのないってことなのか、ちょっと残念な感じもする。

 一度でいいから見てみたい。魔族の理性が飛ぶところ。


 その日は、結局みんなで初歩的な魔術の訓練だけに終始した。

 火を見詰め、火とはなにかを識ることで理を近づける……のだとか。

 う~ん。ウィキペディアでも見てくるかなぁ。


 ちなみに、イオンはすでに初歩的な火の魔術までは習得済みである。

 シャマシュさん曰く、二年でこれだけ使えるのは、イオンもかなりの才能なのだとか。そりゃあ上級天職をふたつも並べて、さらに魔術師の天職まである元お姫さまですからね……。我々パンピーとは血筋が違うぜ……。



 訓練を終えてお茶を飲みながら、シャマシュさんに気になってたことを訊いてみた。


「シャマシュさん。魔術っていうけど、召喚魔法とか精霊魔法とはどう違うんです?」

「どう……というか、根本的に違うものだよ。召喚魔法は魔族――ナイトメア族だけ、精霊魔法はエルフだけのもの。特に精霊魔法は、精霊力を使って数々の奇跡を起こす、本物の魔法だ」

「んん? 召喚魔法だって魔法でしょう?」

「……いや、召喚術はしょせんはモンスターが湧く理の範疇にある。でも、精霊術はその理を崩す。君も若返りの術くらいなら見たことがあるだろう?」

「ありますけど……。うーん、確かにあれは魔法という感じでしたが」


 若返りの魔法は、神官ちゃんが使っているのを見学させてもらったことがある。精霊石一つで一歳分若返るだけなので、パッと見はよくわからないのだが、確かにあれは奇跡と言って差し支えないものだった。

 その点、召喚魔法はモンスターが湧く世界では、確かに日常的ですらあるのかもしれない。


「あ、でも、シャマシュさんが呼び出す魔獣って生きてるんですよね? モンスターとはちょっと毛色が違うというか……。あれって、どこからか呼び出してるんですか?」


 モンスターは魔素溜まりから湧き出すもので、知性らしきものはほとんどない。アルカスだのアルゲースだの名前が付いてる奴は別だが、普通のやつは獣同然。だが、シャマシュさんが呼び出すやつは、もう少し頭が良いように見える。


「さあ? どこからだろうな」


 人差し指をあごに当てて、首を傾げるシャマシュさん。


「知らないんですか!?」

「一応は、魔界と呼ばれる世界から呼び出されていると言われているが……」


 魔界ね。

 確かにイービルアイのアイちゃんなどは、魔界の住人と呼んで差し支えないやつだったが。まあ、こんな異世界なんてものが存在したんだ。魔界ぐらいどっかにあっても不思議じゃない。


「そういえば、シャマシュさんが呼べるのってアイちゃんが一番強いんですか?」


 これも気になるところ。呼べる魔獣は何種類もいるらしいが。

 見たことあるのは、アイちゃんとシャドウナイトくん、あとはゴーレムぐらいだ。


「ん? 強いという意味では……そうだな。アイちゃんが一番強いだろうな」

「なんか含みがありますね」

「いや、呼ぶのが困難な魔獣はまた別にいるからね。アイちゃんは、顕現していられる時間が短い分、魔石もそれほど必要じゃないし」


 魔石は魔結晶のことかな。古めかしい言い方だと、魔石と呼ぶのかもしれない。


「というと?」

「ずっと顕現させていられる魔獣もいるってことさ。ちゃんとした生物として。ただし、考えられないほどの魔結晶が必要だから、現実的じゃないというか、不可能に近いのが玉にキズだがね。私も呪文は知れども実際に呼び出したことがないくらいで」


 へえ! すごいじゃん。ずっと呼びっぱなしにできるってことだろ?

 ある意味、恒久的な戦力としてカウントできるってことじゃない。

 シャドウナイト君くらいのでも、ずっと護衛騎士として常駐させられれば、かなりこの世界で生きやすくなる。

 捨て駒というと言葉が悪いが、使い捨てにできる戦力ってのは、かなり有効だ。

 多少のコストがかかっても呼び出したいところ。


「それで、どんなの呼べるんですか?」

「そうだな、こないだ出た大きい魔結晶があるだろう。あの、一つ目の巨人から出た。……あのサイズ一つ使って、デュラハンという首なし騎士が一体呼び出せる……はずだ」


 首なし騎士かぁ……。なんとも微妙な……。

 正直、護衛として使うには禍々しすぎるな。目立つとか目立たないってより、モンスター度が高すぎる。屋敷の護衛用とかならいいかもしれないけどもさ。見つかったらどうなるの! 討伐部隊が来るぞ!


「他になんかありませんか。なんか」


 考えてみると、あの巨大な魔結晶は、金貨200枚の価値。だいたい3000万円だ。おいそれと使ってしまえる金額のものではないのだが……かといって使い道はない。いや、売ればいいんだけど、それはそれでちょっともったいない。


「うーむ。現実的ではないが、あのサイズの魔結晶が二つあれば騎乗用のドラゴンが呼び出せる。ドラゴンといっても、人が一人二人乗れるくらいの小型のものらしいんだが……」


 ドラゴンか! マジですか!


 いや、ドラゴンなんてデュラハン以上にモンスター度高いか? 考えようによっては悪くなさそうではあるんだが……。


 ドラゴンって巨大なトカゲ……かな。コモドオオトカゲをでかくしたような……。

 ドラゴンかぁ……。

 ん? ドラゴン?


「そういえば、レベッカさんの天職がドラグーンになりましたよね」

「そう言っていたな。ドラグーンであれば、ドラゴンとの相性はばっちりだろう」

「ふむぅ。確かに。しかも騎竜系のスキルが出たって言ってましたしね」


 騎士装備を整えたレベッカさんが、ドラゴンの背にまたがる……か。

 けっこう豪華じゃん。

 これは悪くないんじゃないか?


 これから、騎士隊をやっていくにあたって、ドラゴンナイトがいる騎士隊ってのは悪くないアイコンだろう。

 パレードだって控えてる。派手であればあるほどいい。

 ドラゴンがいれば、実際に戦わなかったとしても、パレードやってるだけで食ってけそうだ。


「どうしたんだ、アヤセくん。ドラゴンはどのみち無理だろう? あのサイズの魔結晶を二つだ。一生食べていけるほどの金額だぞ」


 6000万円だからなぁ。でも、ドラゴンがその金額なら、いくでしょ! 

 地球でも高い車はそれぐらいするよ!


「じゃあそれ、ひとつください」


 俺は、インベントリから特大魔結晶を二つ取り出した。




 ◇◆◆◆◇




 次の日の昼すぎ。


 いつも通りの戦闘訓練が終わってから、ドラゴンの召喚を執り行った。


 騎士隊のみんなにはもう話をしてある。

 いちおう特大魔結晶は俺が預かってはいるが、アルカスもアルゲースもみんなで戦ったのだし、俺が独断で使っていいものではないからだ。


 反対する者もいるかと思ったが、全員「面白そう」とか「ジローに任せる」などと賛成してくれた。


 店は午後から開けることにして、エトワも呼んだ。なんといってもイベントだ。ドラゴンの召喚なんて、一生に一度見れればいいくらいレアなものだろう。

 みんなが固唾を呑んで見守る中、特大魔結晶をふたつ、地面に置く。


「いやぁ、これだけギャラリーが集まると緊張するな! 私は引き篭もりだから、人目には弱いところがあってね」


 シャマシュさんの突然の引き篭もり宣言だが、確かに彼女は部屋でもくもくと作業をしていることが多い。

 造形関係が趣味のようで家も自分で作ってしまったし、土を捏ねて左官仕事だってひとりでやってしまう。

 さすが芸術家だからってことなのか、とにかく、そういう人だ。


「それで、もう始めちゃってもいいのかい?」


 ソワソワと周囲を見渡すシャマシュさん。

 俺にというより、ギャラリー全員に対しての確認だろう。

 召喚はすぐに済む。

 トイレはOK? ちゃんと全員揃ってる? 心の準備は大丈夫?

 どうやら問題なさそうだ。


「頼みます!」


 俺がそう叫ぶと、シャマシュさんはひとつ頷き、魔結晶と相対した。

 一言、一言、言葉を紡ぐごとに立ち上るシャマシュさんの薄紅色のオーラ。


 そして、呪文が紡がれる――






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