作業着の甚平はあまりにも清良に似合わず、苦笑してしまう茨木だ。
「着方はこれで合っているのかな?」
「ええ、大丈夫です。似合ってはいませんけどね」
「動きやすくて良いね」
全然似合っていないが清良は気に入った様子である。
「では二人ともこちらへ、本堂の床拭きをして頂きます」
元真に呼ばれ、茨木と清良は本堂に向かうのだった。
「掃除しなくてもピカピカだね」
床は光り輝いている。
「毎朝磨いていますからね」
「じゃあ、俺らがしなくても良くない?」
バケツに水を汲んできた茨木は眉間に皺を寄せる。
元真は茨木と清良に雑巾を渡した。
「掃除は何度しても良いでしょう。これも修行ですよ」
「はいはい」
「はいは一回!」
「はーい」
「伸ばさない!」
茨木の口調に注意する元真。
「さっさと床を拭きますか。俺は向こうからしますので、清良さんはこちらの端からお願いしますね」
茨木は清良に指示を出して、雑巾がけを始めた。
清良も見よう見真似でやってみるが、上手く出来ない。
茨木はタッタッタと、まるで掃除機のように素早く行ったり来たりしていると言うのに、自分はズッズッという感じで全然進まない。何が違うんだろうか?
困惑している間に茨木が来てしまった。清良が拭けたのは直線だけである。
「ごめんね。全然、上手に出来なくて」
清良は申し訳なさそうに言う。
「彼は掃除をした事が無いんですか?」
そう茨木に問いかけるのは元真である。
「うん、そうだね。あまりした事は無いよ。する機会が無くて……」
しょんぼりする清良に元真は驚く。
「そんな人居るんですか!?」
「清良さんはトップアイドルなんですよ。掃除をする機会なんて無くても当然です」
「信じられない。掃除が出来ないなんて……」
庇うように言う茨木と、この世の物ではないものを見るような元真である。
「掃除とは己の心の汚れを落とすような行為で、それをしないと言うのは毎日お風呂に入らないようなものではないですか。不潔ですよ!」
元真は叱るような口調である。
「ごめんなさい……」
清良は申し訳なさそうに頭を垂れる。
「清良さんを責めないで下さい」
「お前も何ですか、どういう立場で物を言っているんですか?」
「はぁ?」
元真の叱りはもっともであるが、清良はしたくても忙しくて出来ないのである。
お風呂に入りたくても入る時間が無いようなもので、それを良く知りもしない元真に叱られるのは業腹である。
それをどの立場で物を言うと聞かれても、茨木は意味が分からない。
「ごめんね。掃除の仕方を教えて欲しいな」
「あ、はい。じゃあ、廊下で」
本堂は終わってしまったので、廊下に出る茨木と清良である。
「姿勢はクラウチングスタートを切る形です」
「こう?」
「そう、位置について、用意。その姿勢です」
「こっからどうやって進むの」
「走るように足を蹴って。手に力を入れすぎです」
茨木は清良の隣に並んで姿勢を教える。
「こう?」
「おお、出来てますよ!」
清良は体幹がしっかりしているので、教えれば直ぐにマスターした。
俺がさっき直ぐに教えていれば良かったと、悔いる茨木だ。
「上手ですよ」
清良は綺麗に雑巾掛けをしている。茨木はパチパチと手を叩いた。
「ただ雑巾がけが出来ただけで大袈裟ですよ茨木」
元真の口調はキツイ。何を怒っているんだコイツは?
茨木は元真を睨んだ。
「清良さんはね、本当に忙しい人で……」
「掃除はもう結構です。本堂にて座禅を組みましょう」
反論しようとする茨木の言葉を遮る元真。掃除を終わらせて二人を本堂に呼ぶ。
「全く、何なんですかねぇ」
茨木は意味が分からず頭をかきながら、とりあえず雑巾を絞ったバケツの水を捨ててくるのだった。
元真は茨木と清良に座禅を組ませ、後ろで警策を持って見ている。
「姿勢はこれであっているかな?」
「ええ、綺麗な姿勢ですよ」
「始めますよ、静かに」
清良は姿勢を確認しただけだと言うのに、厳しい元真に茨木はムッとなりつつ、始まってしまったので静かにする。
長い……
一体、何分させる気なんだ。
ちらりと清良の様子を見るに涼しい表情をしているし、大丈夫そうであるが、ゆうに20分は超えている。
自分は良いが初心者の清良さんが居るのだから長くても15分程で切り上げるべきだろう。
「喝!」
集中の切れた茨木に気づいて肩を警策で叩く元真。
その音につい清良も集中を切らせて視線を茨木に向けてしまった。
それを見逃す元真ではなく、清良にも「喝!」が入ってしまった。
「元真!彼はアイドルなんですよ!座禅が長すぎる!!」
「茨木、座禅の最中に立ち上がらない!!」
元真は茨木の膝を叩く。
「それに痛めつけるような強さで叩いていません。茨木が騒いだのでもう15分追加です」
厳しく言う元真。
「分かったよ。俺一人でする。清良さんは部屋で休ませて!!」
「僕も一緒にする」
「清良さん!」
「二人とも騒がない!」と、元真に「喝!」されてしまう。茨木は溜息を吐いた。
俺はここに清良さんを休ませる為に連れて来たと言うのに。元真のせいで、清良さんが余計に疲れるだけだ。
「溜息つかない!」
また元真に「喝!」されてしまう茨木である。