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エピローグ:新たな日々、繋がる絆


 都に蔓延していた穢れは、清良の歌と茨木の覚悟によって鎮められ、大規模な崩壊は免れた。

 目覚めた人々に一連の記憶はない。

 しかし、あの夜の傷跡は、至るところに残されていた。

 ひび割れた道路、一部が崩れ落ちたビル、そして何よりも、人々の心に刻まれた深い疲弊。

 表向きは巨大地震に見舞われた事になっている。


 都はゆっくりと、だが確実に、再生の道を歩み始めていた。




それぞれの場所で



 斎宮邸は、事件後、陰陽師たちの立ち入り禁止区域となった。

 朔夜は宗源と共に病院へと搬送され、その身に受けた術式の反動と精神的な消耗から、長い治療が必要とされた。

 宗源は一命を取り留めたものの、斎宮家の当主としての役目を降り、隠居の身となった。

 斎宮家が都の表舞台から姿を消すのは、これが初めてのことだ。

 土河兄弟の行方は不明のままだが、彼らが再び都に現れることはないだろうと囁かれている。


 マネージャーは、清良と共に病院のベッドで目覚めた。

 意識を失う直前の恐怖と、清良の歌声、そして茨木の姿が夢のように脳裏を焼き付いている。

 退院後も、彼は清良の芸能活動再開に向けて奔走するが、あの夜の体験は、彼の人生観を大きく変えていた。

 清良の歌声には、もはや単なるエンターテイメントを超えた「何か」があると、彼は確信していた。



 茨木の使役する妖怪たちは都の復興に尽力していた。

 穢れの影響で身動きが取れなかった逢魔と禍時も、清良の歌声によってようやく解放され、現在は共に妖怪たちの隠れた居場所の修復に当たっている。

 影縫は、あの夜、マネージャーを完全に守りきれなかったことを悔やんでいたが、絡繰童子が「誰も死ななかった」と明るく言い聞かせるたびに、少しだけ心が軽くなった。

 彼らは、人間と妖怪の共存という、新たな時代の始まりを感じていた。


 裂帛は、事件後、九尾ノ峰へと向った。

 宗源が意識を取り戻したことを九尾に報告し、茨木の成長と、清良という「真の器」の覚醒を語った。

 九尾は、ただ静かにその話を聞き、遠く都の空を見つめていた。

 裂帛は、九尾が都を統べる神となる朔夜の野望を止めることができなかったと悔やんでいることを知っていたが、彼もまた、その「灰色」の世界を受け入れる時が来たのかもしれないと感じていた。



清良と茨木:二人のバディ



 そして、清良と茨木。

 清良は、病院で数日間の検査を受けた後、静かに退院した。

 身体に残った僅かな黒い斑点も、数日のうちに消え失せた。

 彼が歌う賛美歌は、以前にも増して人の心を揺さぶる力を持つようになっていた。

 しかし、彼が本当に歌いたいのは、あの夜、茨木と共に奏でた「清良だけの歌」だった。


 茨木は、清良の付き人として、以前と変わらぬ日々を送っていた。

 足と頭の傷は完治し、朔夜との対峙によって、己の出自と向き合う覚悟もできた。

 兄との間に生まれた溝は簡単に埋まるものではないだろうが、茨木は諦めていなかった。

 彼は清良の隣で、人々と妖怪が共に生きる「灰色」の世界を、悩み、苦しみ、そして喜びながら歩んでいこうと決意していた。


 ある晴れた日の午後、清良と茨木は、都を見下ろす丘に立っていた。

 まだ瓦礫が残る街並みだが、人々は懸命に復興作業を進めている。

 清良が空に向かって、あの夜の歌を口ずさむ。

 それは、かつての清らかな歌とは違う、彼の心の奥底から湧き上がるような、力強く、そして温かいメロディーだった。


 茨木は、隣で歌う清良の横顔をじっと見つめた。

 清良が、自分に手を差し伸べてくれたように、今度は自分が清良を支える番だ。

 そして、この都を、誰もが自分らしく生きられる場所に変えていく。


「清良さん、僕たち、これからもずっとバディですよ」


 茨木が清良の肩に手を置くと、清良は優しく微笑んで頷いた。

 都の空には、清らかな歌声が響き渡り、新しい時代の幕開けを告げていた。


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