地下の祭壇へとたどり着いた茨木は、清良の名前を呼んだ。清良の側に駆け寄り、朔夜が清良に伸ばした手を振り払う。
盾になるように清良の前に立つと、掴んだ清良の手は信じられないぐらいに冷たかった。
「茨木くん!足が……」
茨木の足から血が滴っていることに気づき、清良は思わず歌声を止める。
「平気です。動脈は避けました」
「そういうことじゃないよ」
茨木はしっかりと布で縛ったが、血が止まらない。
「今更やってきて何をしようと言うんだ鬼塚茨木。いや、斎宮刻哉」
フハハハと、朔夜が笑う。
「本名は刻哉くんて言うんだ!」
清良は茨木の本名を知れたことに感動する。
冥土の土産ができた、と心の中で呟いた。
「歌を止めるでない清良。お前が歌わなければ、人々は永遠に苦しむことになるぞ!」
「歌ってはいけません清良さん」
歌えと言う朔夜と、歌うなと言う茨木。
「煩い!邪魔をするな!!」
朔夜は茨木に向けて波動を打つ。
「うっ……」
「茨木くん!」
防ぎきれない茨木は壁に吹き飛ばされ、頭を打つ。
隣に意識を失った宗源が横たわっていることに気づいた。
「宗源様!」
茨木は直ぐに彼の脈を取る。かろうじてまだ触れている。
しかし、このままでは危険だ。
「茨木くん、大丈夫?他のみんなは?裂帛くんはどうしたの?」
清良は思わず茨木に駆け寄る。
頭からも出血してしまっていた。
「俺は大丈夫です。他の皆はもう、貴方の歌声で眠っています。次に目を覚ます時は別人になっていることでしょう。こんなことが本当の浄化だと思いますか?」
茨木は清良を見据える。
「あともう少しだ。もう少しで浄化が済む。清良、早く歌え!」
茨木を邪魔だと感じ、始末したい朔夜であるが、今は清良が盾になっていて波動を打てずにいた。
少しでもずれたら留めを刺すつもりで攻撃の構えを緩めない。
「人々が煩悩もなく、争いも無い世界、全員が朔夜の思うように動かされる世界、それは生きていると言えるんですか?」
清良に語りかけるように問う茨木。
清良だって分かっている。
茨木が言っていることは間違ってない。
間違っているのは全て朔夜である。
しかし、もうはじまってしまったこと。取り返しがつかないのだ。
「このままみんな怨霊になって苦しむよりは、それが良い」
怨霊になるか、朔夜の思うように動かされるかの二択になってしまったら、永遠に苦しむ怨霊になるよりは、後者を選ぶしかない清良だ。
「清良さん、白と黒しか無いのですか?」
茨木は清良に問いかけを続けた。
「何をしている清良!歌え!!」
痺れを切らせた朔夜が歩み寄ってくる。
「どうしたら良いって言うの!?」
清良は分からないと、首を振る。
「よく耳を澄ませて、貴方なら出来るはずだ。賛美歌ではなく、貴方の歌を」
「……やってみる」
清良は茨木に言われた通りに耳を澄ませる。
しかし、朔夜がもうすぐ後ろまで来てしまっていた。
「清良、俺の言うこと聞け」
朔夜は清良の手を強く引く。
「触らないで!!」
清良は強く反発した。
光の波動で朔夜は吹き飛ばされる。
何が起こったのか、朔夜自身も分かっていない様子だ。
「聞こえた!歌える」
清良は全く新しい音調で、新しい、清良だけの歌を奏ではじめた。
「なんだこの歌は!!酷い音程だ」
狂った音程に朔夜は耳を塞ぐ。
「茨木くんも一緒に歌って。僕が教えた歌を」
清良は茨木に手を伸ばす。
その手を茨木は取った。
光でも闇でもない歌声と、全てを焼き払い浄化するような歌声が響く。
それは、聖なるものではなく、荒々しいロックであった。
朔夜はその歌声にのたうち回るように苦しむ。
「うわぁぁ!!やめろ!!!」
朔夜からはメッキが剥がれるように、禍々しい穢れが離れて行く。
「貴様ら何をした!!」
朔夜は既に元の人間の姿に戻っている。
こんなことはありえない。
知らない。
何だこの術式は。
「清良さんの歌声で浄化したところに、お前に集約されていた穢れを戻した」
そう茨木が説明する。
「それでは何も変わらないではないか!!」
朔夜の今までの苦労が水の泡である。
人々は浄化されることも怨霊になることも生まれ変わることもない。
今までの煩悩に苦しみ、争う。そのままだ。
「そうだ。白と黒だけじゃない。灰色で良いじゃないか。今までのままで良いんだ。悩み、苦しむのが人間であり、それが生きていると言うことだ」
茨木は床に倒れる朔夜を見下ろす。
「有難う茨木くん、気づかせてくれて」
「いえ、俺の願いに答えてくれた清良さんの功績ですよ」
清良の黒く変色した肌も元に戻り、痛みも消えていた。
「直ぐに救急車を呼びましょう。宗源様が危ない」
「それは茨木くんもだよ!」
「僕は地上に出て呼んでくるから、待ってて」
「清良さん、朔夜のぶんの救急車もお願いします」
「わかった」
清良は急いで地上に出る。
茨木は床に転がる朔夜に近づく。
朔夜は意気消沈し、反抗する気力は無い様子だ。
強い術式が朔夜に跳ね返り、その肌は真っ黒に焦げたようになってしまっていた。
「俺は間違っていないはずだ。なぜ誰も理解できない」
朔夜は悔し涙を浮かべる。
「アンタはただ自分の苦しみから逃れたかっただけでしょう?もっと話さないとな。お兄ちゃん?」
茨木はただ朔夜の手を握りしめた。