よりによって、人目が多い中で変装魔法が破れた。
どうしよう?逃げようにも、髪色と目の色が変わる瞬間を見せてしまったわけで。
「ごめん、俺の魔力がせっかくの変装を壊しちゃったね」
変装?見事な赤毛ね、そんな声が飛び交い出して、まだ派手な赤毛=リリスティア・グリムベルクとはなってないけれど。
普通は変装なんてしないわよね……バレるまで時間の問題……!
「察するに、大店のお嬢さんか、貴族関連の生まれだろう?リリィは自分だとバレない為にせっかく変装してきたのに、俺のせいで」
ジークフリートは、あくまで私が視察したい為の変装だと思ってくれてるようだ。
でも婚約破棄の現場にいて、私を覚えてないわけない……よね。
ごまかしてくれてる……?
「なんだって?お貴族様だったのかい」
「さっきのホットサンドメーカーとやらも、お貴族様の持ち物だったのか……!」
いえ、貴族の家にも浸透してないし、貴族の娘だとしてもホットサンドメーカーは持ち歩かないんだけども。
「あの……皆さん、正体を隠していてご不快だったと思うのですけど……訳あって本当はこっちの姿で……身分はあってないようなものなので……良かったら仲良くして……くれませんか」
いつも闇に潜み、正体を隠して仕事をして来た。
でも、もう家業は関係ないし、ここを立ち去ったら行く場所なんてない。置き手紙だけ置いて私が去ったら、エレオノーレはどんな顔をするだろう。
正真正銘、生まれて初めて身分と姿を偽ったことを詫びた。
「要するに、美味しそうに魚食べてたお嬢ちゃんと、中身は変わらんのだろ?」
「普通の貴族のお嬢ちゃんじゃ、トマトを空中でスライスせんわな」
「
口々と気にしない様子で声をかけられて、ホッとした。
気づかないうちに、令嬢らしくないところはたくさん晒していたらしい。
「とりあえずリリィは、商業ギルドに行こう。ホットサンドメーカーの作り方を売るんだ」
「ジーク……ごめんなさい」
「いや、そもそも悪いのはこっちだからね。また魔石かなにか欲しいようなら俺に言ってよ」
ジークフリートは冒険者なのかな……?
見た感じと、音を聞いてる感じからして武器は持って無さそうだけど。
魔力量でアシュバーンの技を破ったし、大魔法使いだったりして。
「荷物は俺が持つから。野菜が重いのに遠回りさせてごめん」
「いえ、それは大した重さじゃないですし」
「女の子にはそこそこな荷物だよ」
言われて、そうか、普通はそうなのか……と思い至る私。
鍛えられて麻痺しちゃってるな……。
焼きサバ屋台の周囲の方々に頭を下げて、ジークフリートに案内されるまま街を歩く。
道中、ここはこれがおいしいとかあれが美味しいとか、ジークフリートのレビュー付きで。
不思議……。
見た目がバレても、何も不思議そうにしない。屋台のおじさんや、街の皆さん。
おまけに、私のフルネームを知ってるはずのジークフリート。
新天地のどきどきはあったけど、今は違う。
たまたま知り合って――再会して?
一度、隣合って軽食を食べただけなのに、何故か心が癒される。
それはジークフリートが終始笑顔なせいもあるし、ある種の無防備さとアンバランスな落ち着きのせいかもしれない。
イグゼル・ノイバウムから刺さった棘はまだ抜けてないけれど。
少しずつ、闇の仕事がない生活にも慣れていかないとね。
「ここが商業ギルドだよ」
「ここが……」
王都の商業ギルドなら知っている。ここは、一回り小さい建物だ。
ギルドは、国と関係しない独自の運営で成り立っている。冒険者ギルドは冒険者を相手に仕事をし、商業ギルドは商人や職人の売り買いの仲介がメインだ。
それぞれ国には、支部の数だけ一律の税金を毎年払うだけで、相互に力関係は持たない。というのは、諜報のグリムベルク家だから知っていることだけど。
荷物を持ったジークフリートが、西部劇で出てくるようなスイングドアを開けてくれて、笑顔で促す。
そろりと入ると、中は大いに賑わっていた。
こんな中に、ホットサンドメーカーなんて持って行って大丈夫なんだろうか?
「行こう、リリィ。一旗あげよう」
笑うジークフリートにエスコートしてもらって、私は商業ギルドに一歩踏み出した。