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第8話 ギルドにいくリコリス令嬢

よりによって、人目が多い中で変装魔法が破れた。

どうしよう?逃げようにも、髪色と目の色が変わる瞬間を見せてしまったわけで。


「ごめん、俺の魔力がせっかくの変装を壊しちゃったね」


変装?見事な赤毛ね、そんな声が飛び交い出して、まだ派手な赤毛=リリスティア・グリムベルクとはなってないけれど。


普通は変装なんてしないわよね……バレるまで時間の問題……!


「察するに、大店のお嬢さんか、貴族関連の生まれだろう?リリィは自分だとバレない為にせっかく変装してきたのに、俺のせいで」


ジークフリートは、あくまで私が視察したい為の変装だと思ってくれてるようだ。

でも婚約破棄の現場にいて、私を覚えてないわけない……よね。


ごまかしてくれてる……?


「なんだって?お貴族様だったのかい」

「さっきのホットサンドメーカーとやらも、お貴族様の持ち物だったのか……!」


いえ、貴族の家にも浸透してないし、貴族の娘だとしてもホットサンドメーカーは持ち歩かないんだけども。


「あの……皆さん、正体を隠していてご不快だったと思うのですけど……訳あって本当はこっちの姿で……身分はあってないようなものなので……良かったら仲良くして……くれませんか」


いつも闇に潜み、正体を隠して仕事をして来た。

でも、もう家業は関係ないし、ここを立ち去ったら行く場所なんてない。置き手紙だけ置いて私が去ったら、エレオノーレはどんな顔をするだろう。


正真正銘、生まれて初めて身分と姿を偽ったことを詫びた。


「要するに、美味しそうに魚食べてたお嬢ちゃんと、中身は変わらんのだろ?」

「普通の貴族のお嬢ちゃんじゃ、トマトを空中でスライスせんわな」

めかけの子かなにか、事情があるなら黙ってるさ。それよりホットサンドメーカーを教えてくれよ」


口々と気にしない様子で声をかけられて、ホッとした。

気づかないうちに、令嬢らしくないところはたくさん晒していたらしい。


「とりあえずリリィは、商業ギルドに行こう。ホットサンドメーカーの作り方を売るんだ」

「ジーク……ごめんなさい」

「いや、そもそも悪いのはこっちだからね。また魔石かなにか欲しいようなら俺に言ってよ」


ジークフリートは冒険者なのかな……?

見た感じと、音を聞いてる感じからして武器は持って無さそうだけど。

魔力量でアシュバーンの技を破ったし、大魔法使いだったりして。


「荷物は俺が持つから。野菜が重いのに遠回りさせてごめん」

「いえ、それは大した重さじゃないですし」

「女の子にはそこそこな荷物だよ」


言われて、そうか、普通はそうなのか……と思い至る私。

鍛えられて麻痺しちゃってるな……。


焼きサバ屋台の周囲の方々に頭を下げて、ジークフリートに案内されるまま街を歩く。

道中、ここはこれがおいしいとかあれが美味しいとか、ジークフリートのレビュー付きで。


不思議……。

見た目がバレても、何も不思議そうにしない。屋台のおじさんや、街の皆さん。

おまけに、私のフルネームを知ってるはずのジークフリート。


新天地のどきどきはあったけど、今は違う。

たまたま知り合って――再会して?

一度、隣合って軽食を食べただけなのに、何故か心が癒される。


それはジークフリートが終始笑顔なせいもあるし、ある種の無防備さとアンバランスな落ち着きのせいかもしれない。

イグゼル・ノイバウムから刺さった棘はまだ抜けてないけれど。

少しずつ、闇の仕事がない生活にも慣れていかないとね。


「ここが商業ギルドだよ」

「ここが……」


王都の商業ギルドなら知っている。ここは、一回り小さい建物だ。


ギルドは、国と関係しない独自の運営で成り立っている。冒険者ギルドは冒険者を相手に仕事をし、商業ギルドは商人や職人の売り買いの仲介がメインだ。


それぞれ国には、支部の数だけ一律の税金を毎年払うだけで、相互に力関係は持たない。というのは、諜報のグリムベルク家だから知っていることだけど。


荷物を持ったジークフリートが、西部劇で出てくるようなスイングドアを開けてくれて、笑顔で促す。

そろりと入ると、中は大いに賑わっていた。

こんな中に、ホットサンドメーカーなんて持って行って大丈夫なんだろうか?


「行こう、リリィ。一旗あげよう」


笑うジークフリートにエスコートしてもらって、私は商業ギルドに一歩踏み出した。

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