俺はミハエル・シューレン。
アルカディア王国の騎士団員。王都で起きる事件を取り締まり、治安を守るのが俺の役目だ。お、早速パンを盗んで逃げる子供が証拠にもなく俺の目の前を通過する。
「おっと、餓鬼! 盗みはやっちゃあいけねーよ」
「離せ! 離せよおっさん!」
「ミハエルおにーさんと呼べ」
俺に首根っこを掴まれ足をばたつかせる子供。パン屋の主人が盗人を追い掛けてやって来る。
「こいつの持ってるパン、幾らだ?」
「ミハエルさん、まさか、
「幾らだ?」
「20ディアだ」
「ほらよっ」
右手で子供を掴んだままズボンの左ポケットから20ディア取り出して店主へ渡す。店主は盗人へ『ミハエルさんに感謝するんだぞ』と言い残し、その場を後にした。
さて、と。
「ありがと、ミハエルのおっさ……ミハエルおにーさん」
「それでいいんだ」
圧政による多額な税の徴収、潤っている王国の金は、平民にまで回らず貴族の懐へ入るのみ。騎士団員は給料が入るだけマシだ。子供が貧困で家のために盗みを働くのは日常茶飯事。この王国は腐っている。
「餓鬼、名は?」
「シュウ」
「そうか。もう、盗みはするなよ」
両手に抱えるほどの大きなパン。家族で分けるつもりだったんだろう。
「あんた、捕まえるのが仕事じゃないのかよ?」
「そうだな。性根から腐ってる奴は即刻捕まえる。でもシュウ、お前は違うだろう?」
目を見れば分かる。大人を信用しない目。だが、死んでいない。まだ諦めていない目だ。シュウは俺に一礼し、その場を後にしようとする。俺は、そんなシュウの背中へ声を掛ける。
「シュウ! 食べ物に困ってるんだろ? 今度の日曜日。街外れのクレイン教会へ来い!
お前みたいな貧困で苦しむ子供達へご飯を配ってるんだ。神父様はとってもいい人だぞ」
シュウは返事をせず、そのまま駆け出して行ってしまった。だが、これでいい。シュウはきっと来る。これで今日も
城にある騎士団の詰所へ帰るにはまだ時間がある。俺はいつものように街の巡回を兼ねて、クレイン教会を訪れる。
王都の大通りから外れ、畑や牧場のある場所を抜け、橋を渡った向こうに見えるクレイン教会は、アルカディア教の神を崇める神聖な場所だ。
教会の扉を開け、回廊を抜けると、やがて中央に巨大な礼拝堂が見えてくる。礼拝堂の奥で祈りを捧げている神父。クレイン教会のザイン・アルカディア神父だ。
やがて、俺が来たことに気づいた神父
ステンドグラスからの光が彼の肩まで伸びた銀色の髪を照らし、銀河のように煌めいている。長い睫毛と麗しい口元。髪と同じ色の双眸で微笑むその御姿は、女神様のようにも神様にも見えて神々しい。
ザイン様の前で傅く俺の髪をそっと撫で、目線を俺と同じ高さに合わせた神父はひと言。
「今日もお務め、ご苦労様でございました」
嗚呼、この甘い声に何度耳が熱を持った事か。思わず
「成果は、ありましたか」
「迷える子供を一人導きました。恐らく兄妹も居るでしょう。日曜には此処へ……んん」
ザイン様は礼拝堂に誰も居ない事を確認した上で、俺の言葉を最後まで聞き終える前に俺の口元を麗しの口元で塞いだ。
俺の中へ彼からの施しが入って来る。絡み合い……蕩ける。身体中を悦びが駆け巡る。嗚呼、俺はいつから……いつの間にザイン様を求めるようになったのか。
「いつもの部屋へ参りましょう」
「はい」
◆
「王国は腐っているんです。王子は日替わりで侍女を抱き、貴族は民から金を徴収し、夜遊びに興じる。こんなのは間違っている! 嗚呼!」
「ええ、懺悔室は身体の膿をすべて出す場所です。吐き出していいのです。すべて!」
騎士団の服を脱ぎ捨てた俺の首筋へマーキングするザイン様。首筋へ背中へザイン様が印を刻んでいく。
「見てください! 俺のこの身体を! ずっと……国のため……鍛えて来たんです!」
「ええ、素敵な上腕二頭筋に胸筋ですよ。だいじょうぶです、あなたなら国を変えられる」
「あ、ありがとうございます」
嗚呼、ザイン様だけが、俺を許して下さる! こんな穢れた俺の全てを受け止めて下さる! 俺の
「屈強な身体に似合わない。憂いを帯びた瞳がお可愛いですよ?」
「ザイン様……俺に……神のご加護を」
「ええ、差し上げますよ!」
俺は、これからも素晴らしきクレイン教会の教えを、迷える民へ伝えるつもりだ。
こうして、純白のシーツに組み敷かれた俺にザイン様は今日も神のご加護を下さるのだ。