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星の声
星の声
菊池まりな
文芸・その他童話
2025年06月22日
公開日
1.2万字
完結済
深い緑の森の小さな村に住む7歳のヒカリは、ある日空から落ちてきた小さな星、ホシノと出会います。ホシノは地上にいると力が弱まり、空に帰らなければなりませんが、一人では帰れません。ヒカリはホシノを助けるため、村一番の賢者マツバさんの助言に従い、満月の夜に星見の丘へホシノを連れて行きます。星見の丘で満月の光を浴びたホシノは力を回復し、空に帰っていく準備を整えます。しかし、別れを惜しみつつも、ホシノはヒカリに星のネックレスを贈り、北の空で輝く小さな星として、永遠に友達でいることを約束します。ヒカリはホシノとの友情を胸に、毎晩北の空を見上げるようになりました。

星の声

深い緑色の森の中に、小さな村がありました。村には小さな木の家がたくさん並び、その一番端っこに住んでいたのは、「ヒカリ」という名前の女の子でした。ヒカリは7歳で、大きな丸い目と、いつも笑顔の優しい顔を持っていました。


ヒカリは一人っ子で、お父さんとお母さんと三人で暮らしていました。お父さんは森で木を切る仕事をしていて、お母さんは美しい布を織る名人でした。


 ある夏の日、ヒカリは庭で遊んでいました。空は青く澄み渡り、白い雲がゆっくりと流れていきます。


「ヒカリ、もうすぐご飯だよ」とお母さんが呼びました。


「はーい!」ヒカリは元気よく答えました。でも、ちょうどそのとき、キラキラと光る小さな何かが空から落ちてくるのを見つけました。


「あれ、なあに?」


ヒカリはその光るものに近づきました。草むらの中に落ちたそれは、指先ほどの大きさの、小さな星のようでした。




ヒカリは恐る恐る手を伸ばし、光る小さな星に触れました。すると驚いたことに、星がぽっと明るく光り、小さな声が聞こえてきました。


「こ、こんにちは...」


ヒカリは驚いて手を引っ込めましたが、すぐに好奇心が勝ちました。


「あ、あなたは誰?」

とヒカリは尋ねました。


星は小さくため息をついて答えました。

「ぼくは、ホシノ。空からおちてきちゃったんだ...」


「星さんが話すの?」

ヒカリは目を丸くして聞きました。


「うん、ぼくたち星は空にいるときはみんなに話しかけているんだよ。でも、地上の人には聞こえないんだ」とホシノは答えました。


「わたし、聞こえるよ!」

ヒカリは嬉しそうに言いました。


「それは、ぼくが空から落ちてきたからかもしれないね」

とホシノは少し悲しそうな声で言いました。

「でも、ぼくは空に帰らなきゃいけないんだ...」




「ヒカリ!ごはんよ!」

再びお母さんの声が聞こえました。


「行かなきゃ...」

ヒカリはホシノを見ました。

「でも、あなたをここに置いていくの、心配だな...」


ホシノは小さく瞬きしました。

「大丈夫だよ。ぼく、ここで待ってるから」


ヒカリは考えて、そっと手のひらにホシノを乗せました。

「一緒においでよ。こっそり部屋に連れて行くね」


ヒカリはホシノを小さなポケットに入れて、家に戻りました。


夕食の間、ポケットの中のホシノはじっとしていました。食事が終わると、ヒカリは急いで自分の部屋に戻り、ホシノを取り出しました。


「ごめんね、暗かったでしょ?」


ホシノは明るく光って答えました。

「大丈夫だよ。ぼくは星だから、暗いところでも平気なんだ」


その夜、ヒカリとホシノはたくさんおしゃべりしました。ホシノは空の上の世界のことを話してくれました。どこまでも広がる青い宇宙のこと、きらきら輝く星たちのこと、そして夜になると星たちがみんなで歌う歌のことなど。


「ねえ、ホシノ。どうして落ちてきちゃったの?」

ヒカリは尋ねました。


ホシノは少し黙って、それから小さく答えました。

「ぼく...空で一番小さな星だったから。みんなと一緒に光るのが難しくて...それで、ちょっと疲れちゃったんだ...」


翌朝、ヒカリが目を覚ますと、ホシノは窓辺で静かに光っていました。


「おはよう、ホシノ!」

ヒカリは元気に言いました。


「おはよう、ヒカリ」

ホシノも明るく答えました。


「今日は村を案内してあげるね!」

ヒカリは嬉しそうに言いました。

「でも、誰にも見つからないようにしなきゃ...」


ヒカリは小さな布の袋を作り、そこにホシノを入れました。袋には小さな穴があいていて、ホシノはそこから外を見ることができました。


ヒカリは袋を持って、朝食を食べに行きました。


「おはよう、ヒカリ」

お父さんは笑顔で言いました。

「今日はどんな冒険をするの?」


「ひ・み・つ♪」

ヒカリは指を口に当て、ウインクしました。



朝食の後、ヒカリは村の中を歩き始めました。小さな市場では人々が野菜や果物を売っていて、子どもたちは広場で遊んでいました。


「ここが私の村だよ」

ヒカリは小さく袋に向かって囁きました。


「きれいな場所だね」

ホシノは答えました。

「みんなとても楽しそう」


村の外れにある小さな丘に着くと、ヒカリは袋からホシノを出しました。ここなら誰にも見つからないでしょう。


「ホシノ、空に帰りたい?」ヒカリは尋ねました。


ホシノは少し明かりを弱めて答えました。

「帰りたいけど...今はまだ力がないんだ。空まで飛べないよ...」


「じゃあ、元気になるまでうちにいればいいよ!」

ヒカリは微笑みました。

「友達だもん!」



数日が過ぎ、ヒカリとホシノはすっかり仲良しになりました。でも、ヒカリは心配になってきました。というのも、ホシノの光が少しずつ弱くなっているように見えたからです。


「ホシノ、大丈夫?」

ある夜、ヒカリは心配そうに尋ねました。


ホシノは小さく瞬いて答えました。

「う、うん...ただ、ちょっと疲れてるだけだよ...」


でも本当は、ホシノは地上にいると力が弱まっていくのです。星は空の高いところで、他の星たちと一緒にいるべき存在だったのです。


次の日、ヒカリが学校から帰ると、ホシノはほとんど光っていませんでした。


「ホシノ!」

ヒカリは急いでホシノのそばに駆け寄りました。

「どうしたの?」


「ヒカリ...」

ホシノの声はとても小さくなっていました。

「ぼく...もうすぐ消えちゃうかもしれない...」


「そんなこと言わないで!」

ヒカリは涙ぐみました。

「どうすれば元気になるの?教えて!」


ホシノは弱々しく答えました。

「星は...星どうしが近くにいると...力をもらえるんだ...でも、ここには...ぼくしかいない...」



ヒカリは必死に考えました。

「待ってて、ホシノ。きっと方法を見つけるから!」


ヒカリは村一番の賢い人、森の端に住むマツバさんを訪ねることにしました。マツバさんは100歳を超える老人で、多くの不思議な知識を持っていると言われていました。


「お母さん、ちょっとマツバさんのところに行ってくるね」

とヒカリは言いました。


「どうしたの?」

お母さんは不思議そうに尋ねました。


「ちょっと聞きたいことがあるの」

ヒカリは答えました。


マツバさんの小屋に着くと、ヒカリはドアをノックしました。


「どうぞ」

とかすれた声が聞こえました。


中に入ると、マツバさんは暖炉のそばで本を読んでいました。長い白いひげを持ち、優しい目をしていました。


「こんにちは、マツバさん」

ヒカリは礼儀正しく挨拶しました。


「おや、ヒカリじゃないか」マツバさんは笑顔で言いました。

「どうしたんだい?」


ヒカリは少し迷いましたが、すべてを話すことにしました。ホシノのこと、そして今ホシノが弱っていることを。


マツバさんは静かに聞いていました。話が終わると、彼は立ち上がり、古い本棚から一冊の大きな本を取り出しました。


「星の子が地上に落ちてくるのは珍しいことだよ」

マツバさんは言いました。

「でも、昔からそういう話はあるんだ」



マツバさんは本をめくりながら続けました。

「星の子を助ける方法は一つだけある。村の北にある『星見の丘』に連れていくんだ」


「星見の丘?」

ヒカリは尋ねました。


「そう」

マツバさんは頷きました。

「その丘は、天と地がもっとも近づく場所なんだ。そこなら、星の子は力を取り戻せるかもしれない」


「でも、その丘はどこにあるの?」

ヒカリは尋ねました。


マツバさんは古い地図を広げました。

「ここだよ。村から北に歩いて半日ほどの場所だ」


ヒカリは地図をじっと見つめました。

「遠いね...」


「しかも」

マツバさんは続けました。

「行くなら満月の夜がいい。その時が天と地が最も近づく時だからね」


「次の満月はいつですか?」

ヒカリは急いで尋ねました。


「明後日だよ」

マツバさんは答えました。


ヒカリは決心しました。

「ありがとう、マツバさん!行ってきます!」



家に帰ったヒカリは、急いで部屋に入り、ホシノに会いました。ホシノの光はさらに弱くなっていました。


「ホシノ、大丈夫?」

ヒカリは心配そうに尋ねました。


「ヒカリ...」

ホシノの声はかすかでした。

「ごめんね...もう、あまり話せないよ...」


「大丈夫だよ、ホシノ」

ヒカリは優しく言いました。

「助ける方法を見つけたよ。明後日の満月の夜、星見の丘に行けば、きっと元気になれるって」


ホシノは小さく瞬きました。それがうなずいているように見えました。


ヒカリは次の日、こっそりと旅の準備を始めました。小さなリュックサックに、水筒と少しの食べ物、そして地図を入れました。


夕食の時、ヒカリはお父さんとお母さんに向かって言いました。

「ねえ、明日ちょっと森で遊びたいんだけど、いい?」


「いいわよ」

お母さんは答えました。

「でも、あまり遠くに行かないでね」


「もちろん!」

ヒカリは約束しました。心の中で「ごめんなさい」と思いながら。


その夜、ヒカリはホシノに話しかけました。

「明日の夜、出発するよ。だから今はゆっくり休んで」


ホシノは弱く光りました。

「ありがとう...ヒカリ...」



満月の朝が来ました。ヒカリは早起きして、最後の準備をしました。


「いってきます!」

ヒカリは元気に言いました。


「気をつけてね」

お母さんは答えました。

「暗くなる前に帰ってくるのよ」


「はーい」

ヒカリは答えました。


ヒカリは村を出て、しばらく普通に歩いていました。そして誰も見ていないことを確認すると、地図を取り出し、北の方角に向かって歩き始めました。


小さな布の袋の中で、ホシノはほとんど光を失っていました。


「頑張って、ホシノ」

ヒカリは小さく囁きました。

「もうすぐだよ」


森の中を進むにつれ、道はだんだん険しくなりました。大きな木々が空を覆い、道はほとんど見えなくなっていました。


ヒカリは何度も地図を確認しながら、慎重に前に進みました。お昼頃、小さな川に出くわしました。


「ここを渡らなきゃいけないのかな...」

ヒカリは迷いました。


地図には川は描かれていませんでした。マツバさんの地図は古かったのでしょう。


ヒカリは川の浅そうな場所を探し、慎重に石の上を飛び石で渡りました。


「よかった」

ヒカリはほっとして言いました。でも、その瞬間、足元が滑り、ヒカリは川に落ちてしまいました。


「きゃあ!」


幸い川は浅く、すぐに立ち上がることができましたが、服はびしょ濡れになってしまいました。


「大丈夫だよ、ホシノ」

ヒカリは袋を確認しました。袋は防水だったので、中のホシノは無事でした。



太陽が西に傾き始めました。ヒカリは疲れていましたが、まだ星見の丘に着いていません。


「おかしいな...」

ヒカリは地図を見ながら呟きました。

「もう着いているはずなのに...」


周りを見渡すと、どこも同じように見える森ばかりです。


「迷子になっちゃったかも...」

ヒカリは不安になりました。


袋の中からかすかな光が見えました。ホシノが頑張って光っているのです。


「ホシノ、がんばって」

ヒカリは励ましました。

「必ず丘を見つけるから」


その時、遠くで「ホーホー」というフクロウの鳴き声が聞こえました。ヒカリはその音のする方向を見ました。




そこには大きなフクロウが木の枝にとまっていました。フクロウは黒い目でヒカリをじっと見つめていました。


「こんにちは、フクロウさん」

ヒカリは礼儀正しく言いました。

「星見の丘を探しているんだけど、知ってる?」


フクロウは「ホーホー」と鳴き、羽を広げて飛び立ちました。そして少し飛んだところで、また止まり、ヒカリの方を見ました。


「ついてきてほしいの?」ヒカリは尋ねました。


フクロウは再び「ホーホー」と鳴きました。


「わかった、行くよ!」

ヒカリはフクロウの後を追いかけ始めました。




フクロウに導かれて森の中を進むうちに、ヒカリは他の動物たちにも出会いました。小さなリスが木から木へと飛び移りながら、ヒカリの前を案内してくれます。


「みんな、どうしてわたしを助けてくれるの?」ヒカリは不思議に思いました。


小さな袋から弱い光が漏れていることに気づきました。


「もしかして...ホシノのおかげ?」


実は、動物たちは星の光に引き寄せられていたのです。星の子が地上にいるのは珍しいことで、彼らもホシノを助けたいと思っていました。


道は次第に上り坂になりました。ヒカリの足は疲れていましたが、諦めずに歩き続けました。


「もうすぐかな...」


ようやく木々が少なくなり、開けた場所に出ました。そこは小高い丘の上でした。


「ここが星見の丘?」

ヒカリは周りを見回しました。


丘の上からは、村全体が見渡せました。そして空を見上げると、満月が美しく輝いていました。


「綺麗...」

ヒカリは思わず言いました。


フクロウは丘の中央にある大きな平らな石の上に止まりました。


「あそこに行けばいいの?」

ヒカリは尋ねて、石に向かって歩きました。



丘の上の大きな石に着くと、ヒカリは小さな袋からホシノを取り出しました。ホシノの光はとても弱く、ほとんど見えないほどでした。


「ホシノ、ここが星見の丘だよ」

ヒカリは優しく言いました。

「もうすぐ満月が真上に来るから、ここで待とうね」


ヒカリはホシノを石の上に置き、そばに座りました。月は徐々に高く昇っていきます。


「ホシノ、大丈夫?」

ヒカリは心配そうに尋ねました。


返事はありませんでした。ホシノの光はさらに弱くなっているようでした。


「お願い、月さん」

ヒカリは空を見上げて祈りました。

「ホシノを助けて...」


時間がゆっくりと過ぎていきました。ヒカリは不安になってきました。

「本当にここで良かったのかな...」



しかし、ちょうどその時、月が丘の真上に来ました。月の光が石の上に注がれ、ホシノを包み込みました。


すると、驚くべきことが起こりました。月の光がホシノに当たると、ホシノは少しずつ明るく光り始めたのです。


「ホシノ!」

ヒカリは喜びました。


ホシノの光はどんどん強くなっていきました。やがて、ホシノは青白い光に包まれました。


「ヒカリ...」

ホシノの声が聞こえました。

「力が戻ってきたよ...」


「よかった!」

ヒカリは嬉しくて涙が出てきました。



ホシノの光は明るさを増し、やがて小さな人の形になりました。星の子の姿です。


「わあ!」

ヒカリは驚きました。

「ホシノ、人間みたいになったね!」


ホシノは微笑みました。彼は小さな男の子のような姿で、全身が青白い光で包まれていました。


「これが僕の本当の姿なんだ」

ホシノは言いました。声はもう弱くなく、明るく響きました。

「月の光のおかげで、力が戻ったよ」


「本当に良かった」

ヒカリは安心しました。

「これで空に帰れるね?」


ホシノは少し考えるように首を傾げました。

「うん、でも...まだ少し時間がかかるかも。もう少し力を集めないと」


「じゃあ、また明日の夜も来ようか?」

ヒカリは提案しました。


「うん、そうしよう」

ホシノは頷きました。

「でも、ヒカリ、もう遅いよ。家に帰らなきゃ」


ヒカリはハッとしました。

「あ!お父さんとお母さん、心配してるかも!」


「僕はここで待ってるよ」

ホシノは言いました。

「大丈夫、もう消えたりしないから」


「約束だよ?」

ヒカリは小指を立てました。


「約束」

ホシノも光る小指を立て、ヒカリと小指を絡ませました。



ヒカリは急いで丘を下り始めました。でも、すぐに問題にぶつかりました。暗い森の中で、道を見つけるのが難しかったのです。


「どっちに行けばいいんだろう...」

ヒカリは不安になりました。


ちょうどその時、青い光が空から降りてきました。それはホシノでした。


「ヒカリ、僕が道を照らすよ」

ホシノは明るく光りながら言いました。


「ホシノ!でも、丘を離れて大丈夫なの?」

ヒカリは心配しました。


「少しの間なら大丈夫」

ホシノは答えました。

「村まで送るよ」


ホシノの光に導かれ、ヒカリは迷わず森を抜けることができました。ホシノはヒカリの頭上を飛びながら、道を照らしてくれました。


「ホシノ、ありがとう」

ヒカリは言いました。

「本当に優しいね」


「ヒカリが僕を助けてくれたから」

ホシノは微笑みました。

「友達だもん」


村が見えてきたとき、ホシノは止まりました。

「ここまでにするね。人に見られちゃうと大変だから」


「うん、わかった」

ヒカリは頷きました。

「また明日、星見の丘で会おうね」


「約束だよ」

ホシノは光を強め、一瞬ヒカリを包み込みました。それは暖かい抱擁のようでした。


そして、ホシノは空高く飛び上がり、星のように小さくなって消えていきました。



家に着くと、ドアが勢いよく開き、お父さんが飛び出してきました。


「ヒカリ!」

お父さんの声は怒りと安堵が入り混じっていました。

「どこにいっていたの?心配したんだよ!」


お母さんも出てきて、ヒカリをぎゅっと抱きしめました。

「ああ、無事で良かった...」


「ごめんなさい...」

ヒカリは小さな声で言いました。

「森で遊んでいたら、道に迷っちゃって...」


「だから言ったでしょう、暗くなる前に帰ってくるようにって」

お母さんは厳しく言いました。


「もう二度と一人で遠くに行っちゃダメだよ」

お父さんも真剣な顔で言いました。

「何かあったらどうするの?」


「ごめんなさい...」

ヒカリは本当に申し訳なく思いました。でも、ホシノのことは言えませんでした。


「明日からしばらく、外で遊ぶのは禁止だからね」

お父さんは言いました。


「え!」

ヒカリは驚きました。

「でも...」


「でもじゃないよ」

お母さんはきっぱりと言いました。

「あなたが無事に帰ってこなかったら、どんなに心配したか分かる?」


ヒカリは黙ってうなずきました。でも心の中は混乱していました。

「ホシノと約束したのに...どうしよう...」



次の日、ヒカリは家の中で過ごさなければなりませんでした。窓から外を見ると、素晴らしい晴れの日でした。


「ホシノ、待ってるかな...」

ヒカリは心配していました。


お昼頃、マツバさんが訪ねてきました。


「こんにちは」

マツバさんはヒカリに微笑みかけました。

「調子はどうだい?」


ヒカリはマツバさんに話しかけたかったのですが、お父さんとお母さんがそばにいたので、何も言えませんでした。


「元気です...」

ヒカリは小さく答えました。


マツバさんはヒカリの表情を見て、何かを察したようでした。

「そうかい。ところで、今夜は満月だね。とても美しいはずだよ」


ヒカリはハッとしました。これはマツバさんからのメッセージかもしれません。



マツバさんが帰った後、ヒカリはお父さんとお母さんに近づきました。


「ねえ、ごめんなさい。昨日は本当に悪かったと思ってる」

ヒカリは真剣に言いました。

「でも、今日はとても大事な約束があるの」


「約束?」

お父さんは眉をひそめました。

「誰と?」


ヒカリは一瞬迷いましたが、本当のことを話すことにしました。もちろん、全部ではありませんが。


「星を見る約束なの。今日は特別な星が見えるって、マツバさんが教えてくれたの」


お父さんとお母さんは顔を見合わせました。


「それで昨日、星が良く見える場所を探していたの。それで迷子になっちゃったんだ」

ヒカリはできるだけ正直に話しました。


お母さんは心配そうな顔をしました。

「でも、また一人で行くつもりなの?」


「そうなの...」

ヒカリは小さな声で言いました。

「今日は満月で、特別なんだって」


お父さんは腕を組んで考えていました。

「ダメだよ、ヒカリ。昨日のことがあるんだから」


ヒカリの目に涙が浮かびました。

「でも、約束したの...」


そのとき、再びドアをノックする音がしました。


「はい」

お母さんがドアを開けると、マツバさんが立っていました。


「こんばんは」

マツバさんは微笑みました。

「実は、今夜の満月について話したくてね。村の子どもたちに星の話をしようと思っているんだ。ヒカリも来ないかい?」


ヒカリは驚いて目を見開きました。マツバさんは助けてくれているのです。


お父さんとお母さんは顔を見合わせました。


「マツバさんが一緒なら...」

お母さんは言いました。


「そうだな」

お父さんも頷きました。

「マツバさんと一緒なら安心だ」


「本当?行ってもいい?」

ヒカリは喜びました。


「ええ、でも9時までには帰ってくるのよ」

お母さんは念を押しました。


「約束する!」

ヒカリは嬉しそうに言いました。



マツバさんとヒカリは家を出ました。少し歩いたところで、ヒカリはマツバさんにお礼を言いました。


「ありがとう、マツバさん。どうして助けてくれたの?」


マツバさんは優しく微笑みました。

「星の子と友達になれるのは特別なことだからね。そんな機会は逃したくないだろう?」


「星見の丘まで一緒に行ってくれるの?」

ヒカリは尋ねました。


「いいえ」

マツバさんは頭を振りました。

「私はもう年だからね。村の外れまでしか行けないよ。でも、これを持っていくといい」


マツバさんは小さな光る石をヒカリに渡しました。


「これは月石だよ。道に迷ったら、これが光って道を示してくれる」


「わあ、すごい!ありがとう!」

ヒカリは石を大事そうに受け取りました。



マツバさんと別れた後、ヒカリは急いで星見の丘に向かいました。昨日よりも道がわかりやすくなっていました。月石の助けもあり、迷うことなく丘にたどり着きました。


丘の上に着くと、ホシノが待っていました。彼は昨日よりもさらに明るく光り、少年の姿がはっきりと見えました。


「ヒカリ!」

ホシノは嬉しそうに声をあげました。

「来てくれたんだね!」


「ごめんね、遅くなって」

ヒカリは息を切らしながら言いました。

「少し大変だったんだ」


「大丈夫だよ」

ホシノは微笑みました。

「僕も一日中ここで力をためていたんだ。見て!」


ホシノは手を上げると、小さな光の玉を作り出しました。それは美しく輝き、ゆっくりと空中を浮かんでいました。


「すごい!」

ヒカリは感嘆しました。

「もう元気になったの?」


「うん、だいぶ良くなったよ」

ホシノは嬉しそうに言いました。

「でも...」


ホシノの表情が少し曇りました。


「でも、何?」

ヒカリは尋ねました。


「僕、もうすぐ空に帰らなきゃいけないんだ」

ホシノは小さな声で言いました。

「明日の満月が最も明るい時に」


ヒカリは悲しくなりました。

「そっか...もう帰っちゃうんだね」

「うん...」

ホシノも悲しそうでした。

「でも、今日は一緒に遊ぼう!僕の力が戻ったから、色々できるんだ!」

ホシノは手を広げると、周りの空気が光り始めました。小さな光の粒子が舞い上がり、様々な形になっていきます。


「これは、星の力だよ」

ホシノは説明しました。

「僕たち星の子は、光を操ることができるんだ」


ホシノは手を動かすと、光の粒子が動物の形になりました。光のウサギ、光の鳥、光のキツネが丘の上を駆け回ります。



「わあ!きれい!」

ヒカリは歓声を上げました。


「触ってごらん」

ホシノは勧めました。


ヒカリが恐る恐る手を伸ばすと、光のウサギが近づいてきて、彼女の指先に鼻を寄せました。温かくて、くすぐったい感じがしました。


「これが星の世界なんだ」

ホシノは嬉しそうに言いました。

「いつも光と遊んでいるよ」


ヒカリとホシノは、光の生き物たちと一緒に丘の上を駆け回りました。ホシノは光の滑り台を作り、二人で滑ったり、光のブランコに乗ったりしました。


時間が経つのも忘れるほど、二人は楽しく遊びました。


やがて、ヒカリは石に腰掛けて休みました。


「ホシノ、星の世界はどんなところなの?」


ホシノは横に座り、空を見上げました。

「とっても広くて、明るくて、温かいところだよ。僕たち星の子はみんな仲良しで、宇宙の歌を歌ったり、光のダンスを踊ったりしているんだ」


「楽しそうだね」

ヒカリは微笑みました。



「うん」

ホシノは頷きました。

「でも...」


「でも?」



「でも、友達がいなかったんだ」

ホシノは静かに言いました。

「僕は小さな星で、あまり明るく光れなくて...みんなはいつも僕のことを見つけられなかったんだ」


ヒカリはホシノの手を取りました。

「でも、わたしは見つけたよ」


ホシノは明るく微笑みました。

「うん、ヒカリが見つけてくれた。だから僕、とっても幸せなんだ」


二人が話している間に、月はゆっくりと西に傾き始めていました。


「あ!」

ヒカリは突然思い出しました。

「9時までに帰らなきゃ!」


ホシノは少し寂しそうな顔をしました。

「もう行っちゃうの?」


「ごめんね」

ヒカリは申し訳なさそうに言いました。

「お父さんとお母さんと約束したから...でも、明日また来るよ!」


「約束だよ」

ホシノは小指を立てました。

「明日は...お別れの日だけど」


ヒカリは小指を絡ませました。

「うん...わかってる。必ず来るから」


ホシノは立ち上がり、光の粒子を集めました。それは美しいネックレスの形になりました。


「これ、プレゼント」

ホシノはネックレスをヒカリの首にかけました。

「いつでも僕のことを思い出せるように」


ネックレスは淡い青い光を放ち、触れるとほんのりと暖かかったです。


「ありがとう、ホシノ」

ヒカリは感動して言いました。

「わたしも何かあげたいな...」



ヒカリはポケットを探りましたが、何も持っていませんでした。そのとき、彼女の髪を結んでいたリボンが目に入りました。


「これ、持っていて」

ヒカリは髪からリボンを取り、ホシノに渡しました。

「わたしのこと、忘れないでね」


ホシノはリボンを受け取り、大事そうに胸に当てました。リボンは光に包まれ、ホシノの中に溶け込んでいきました。


「ありがとう、ヒカリ」

ホシノは優しく言いました。

「永遠に大切にするよ」



  次の日、ヒカリはお父さんとお母さんに正直に話しました。星の子のことは言いませんでしたが、特別な友達と最後の別れをしなければならないことを伝えました。


「その子、村を離れるの?」

お母さんは尋ねました。


「うん...遠くに行くんだ」

ヒカリは答えました。


お父さんとお母さんは顔を見合わせ、頷きました。


「わかったわ」

お母さんは言いました。

「でも、今日はマツバさんと一緒に行きなさい」


「ありがとう!」

ヒカリは二人を抱きしめました。


夕方、マツバさんがヒカリを迎えに来ました。二人は村を出て、星見の丘に向かいました。


「マツバさん、星の子は本当に空に帰っちゃうの?」

ヒカリは歩きながら尋ねました。


「そうだね」

マツバさんは優しく答えました。

「星の子は空にいるべき存在なんだ。地上にいると、だんだん力を失っていってしまう」


「でも...」

ヒカリの声が震えました。

「もう会えないの?」


マツバさんは空を見上げました。

「星は決して消えないよ。いつでも空にいて、見守ってくれている」


丘に着くと、ホシノが待っていました。彼は今までで一番明るく輝いていました。まるで小さな太陽のようでした。


「ヒカリ!」

ホシノは喜んで呼びかけました。


「ホシノ!」

ヒカリは駆け寄りました。


マツバさんは少し離れたところに立ち、二人を見守っていました。


「今日は、お別れの日だね」

ホシノは静かに言いました。


「うん...」

ヒカリは悲しそうに頷きました。

「本当に行っちゃうんだね」


「行かなきゃいけないんだ」

ホシノは説明しました。

「でも、ヒカリ、僕はいつもそこにいるよ」

彼は空を指さしました。

「夜になったら、北の空を見てごらん。一番小さくて、でも頑張って光っている星、それが僕だから」




月が丘の真上に来ました。ホシノの周りの光が強くなりました。


「もう時間だね」

ホシノは言いました。


「行かないで...」

ヒカリは涙を流しました。


ホシノはヒカリの頬に手を当てました。その手は温かく、優しい光に包まれていました。


「泣かないで、ヒカリ」

ホシノは優しく言いました。

「離れていても友達だよ」



ホシノの体が少しずつ透明になり始めました。


「ヒカリ、ありがとう」

ホシノは微笑みました。

「君が僕を見つけてくれなかったら、僕はずっと小さな弱い星のままだったよ。君のおかげで、強くなれたんだ」


「ホシノ...」

ヒカリは声を詰まらせました。


「さよなら、じゃないよ」

ホシノは明るく笑いました。

「また会おうね、約束だ」


ホシノの体が完全に光になり、空高く上がっていきました。光は月の光と混ざり合い、やがて北の空に小さな新しい星として輝き始めました。


ヒカリの首にかけられたネックレスが明るく光りました。それはホシノからの最後のメッセージでした。


マツバさんがヒカリのそばに来て、肩に手を置きました。


「見てごらん、ヒカリ。新しい星だよ」


空には確かに、小さいけれど明るい星が輝いていました。


「ホシノ...」

ヒカリは星に向かって手を振りました。


その夜以来、ヒカリは毎晩北の空を見上げるようになりました。そして、小さくても一生懸命に光る星を見つけると、「こんばんは、ホシノ」と挨拶するのでした。


星のネックレスはいつも彼女の胸に光り、温かさを感じさせてくれました。それは、どんなに離れていても、友情は永遠に続くという証だったのです。












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