さあ、ライヴ配信を始めよう。
「――へいっ、カミサマたち見てるー? 地球代表ダンジョンDIYer(仮)の
カメラ代わりの小さな妖精――ピコが、陽平の顔をアップで捉える。
背景には湿っぽく薄暗い、ダンジョンの岩肌が広がっていた。所どころ、発光する苔が生えており、意外と視界は良好ではあるが、おどろおどろしい。
陽平は、そんな陰鬱な雰囲気を吹き飛ばすように、ニカッとヒマワリみたいな笑顔を向けた。
「さあ、どんどん行くからねっ! チャンネル、そのままにしてね!」
背負ったリュックから、支給されたばかりの古びたツルハシとノコギリを取り出す。
明らかに、武器では……ない。
「記念すべき初配信は、この殺風景な洞窟を、ぼくらの秘密基地にしちゃいますっ! 目指すは、んー、五つ星リゾート……は無理でも、せめてぐっすり眠れる快適空間だね。それじゃあ、早速いってみよー!」
陽平の声に合わせて、ピコがクルクルと陽気に宙を舞う。
ピコからは、不思議な光の粒がキラキラと零れる。それが陽平の様子を天界と、そして地上へと中継しているらしい。
配信画面……ピコから送られる念波によって、神々からまばらな数のコメントが脳内に流れ始めた。
『お、始まったな、今回の“おもちゃ”は』
『また絶望に泣き叫ぶか、それとも虚勢を張って死ぬか』
『ん? DIY? 戦闘じゃなくてか?』
『地球代表とか言ってるけど、こいつ弱そうwww』
『ダンジョンで寝泊まり? 恐怖で狂ったか』
容赦ないコメントが散見されるが、陽平は気にするそぶりも見せない。
岩壁の強度を手で確かめ、地面も確認。真剣な表情で場所を選定している。
なんと選んだのは、ゴブリンの巣穴エリアだった。
「よし、ここに決めた! ピコ、ここの岩、掘れるかな?」
「ピコピコ~♪ 任せてピコ!』
ピコが魔法を使うと、陽平が示す岩壁が柔らかくなっていった。簡単にツルハシで、みるみるうちに穴が掘られる。
「妖精のサポート魔法は、わりと自由に選べるんだけど。ぼくはこういう方面に育成したいんだよね~」
次に、転がっている枯れ木や、ゴブリンが落としたボロボロの盾などを拾い集めていく。
「見て見てカミサマたち! この盾、意外と硬くていい木材が使われてるんですよー。上手く加工すれば、建材になりそうじゃないですか?」
汗を流しながらも、陽平は楽しそうだ。子供に戻って、秘密基地を作っているみたいに目が輝いている。
集められる素材は、限られている。でも、そこを工夫していこうとする。
『本当に作る気だぞ、こいつwww』
『ゴブリンの盾が建材w 発想が貧乏くさいけど面白いwww』
『つか、ゴブリン素通りしてったぞ今』
『陽平「ゴブリンさんお邪魔しまーす!素材ありがとうございまーす!」←天然かよ』
コメント通り没頭していると、ゴブリンが棍棒を振りかざし近づいてきた。しかし、陽平はにこやかに話しかけた。
「あ、ゴブリンさん、こんにちはー。ちょっとここ、作業中なんで、向こう行ってもらってもいいですか? あ、棍棒、よかったら譲ってください。屋根の梁に丁度良さそう!」
すると、ゴブリンはポカンとして、なぜかすごすごと引き返していった。ついでに棍棒を置いて。
「やったー! ゴブリンさん、ありがとうございまーす!」
棍棒を拾い上げ、また作業に戻る。
「うーん、次に欲しいのは紐とかだなあ。編む、か?」
もう別のことを考えていた。目の前で起きたことなど、気にも留めてないように見える。
『ゴブリンがドン引きして逃げたwww』
『まさかのコミュニケーション力(物理ではない方)』
『もしかして大物かもしれん』
『実は、こいつゴブリンだったりしてな』
陽平は、手際よく柱を立てる。壁を張り、枯れ葉やモンスターの毛皮を敷き詰め、寝床までこしらえた。
スライムの粘液を接着剤代わりに、隙間もしっかりと埋めている。
「粘液使いづらいっ! しかも、ぜんぜん足りないな。ピコ、魔法でなんとかならない?」
「サポート魔法は、時間切れがあるピコよ?」
「あー、そっか、永続なら、一度柔らかくされたら致命傷の呪いだもんな。意外と不便」
時折、モンスター討伐も挟むが、目的は素材調達だ。
岩石系や植物系のモンスターが出ると、大はしゃぎ。草地や水場を見つけても、叫びを上げて無防備に駆け寄る。
何度も痛い目を見た。それでも懲りない。骨、牙、苔、使えるものは何でも使う。
「よし、なんとか木材を切り出せそうだ!」
「うーん、ピコももっと成長すれば、エンチャントでお助けできるのにピコ~」
「十分助かってるよ。って、ああっ!? 壁が崩れる音がっ!?」
なんやかんや数時間後。
洞窟の一角が、横にはなれる程度のシェルターへと生まれ変わっていた。近所にゴブリンが住んでるが、なぜか馴染み始めている陽平には関係ない。
「どや! 今日の寝床は確保! カミサマたち、どうです? 我ながらなかなかの出来だと思うんですけど!」
陽平は額を拭い、達成感に溢れる表情で、カメラ(ピコ)に向かってピースサイン。
その時、陽平の頭上に、ふわりと柔らかな光が降り注いだ。
「ピコ!? 陽平、すごいピコ! 今、天界から『加護ポイント』が送られてきたピコ!」
ピコが興奮して、くるくると飛び回る。陽平も一緒に回って踊った。
「いえ~い♪ ハイタッチ!」
「ピコピコ~♪」
脳裏に好意的なコメントが流れると共に、加護ポイントが陽平に送られてくる。
『おー、初日からポイントゲットか! やるじゃん!(贈ったけど)』
『うん、見てて飽きなかったわ。合格点』
『これは期待の新人(DIYer)』
『よし、次も期待だ。せいぜい励めよ人間』
陽平は脳内に流れるコメントに、耳を傾けた。
表情は、配信開始時のような底抜けの明るさではなく、何かを決意したような、真摯な眼差しだった。
(よしっ。このやり方で間違ってない。少しずつでもいい、ポイントを貯めて、力をつけて……来るべき日に備えるんだ)
内心の覚悟を隠し、陽平は再び笑顔に戻る。
「カミサマたち、応援ありがとうございます♪ このポイントで、明日はもっとすごいもの作っちゃいますからね! ダンジョンの素材だけで、どこまで快適空間を作れるか、限界に挑戦しますよー!」
すると、ピコがさらに興奮したように声を上げた。
『陽平、陽平! すごいニュースピコ! 今、キミの活動を気に入って、
「え? ぱと、ろん?」
頭に直接、包み込むような女性の声が響いたような気がした。
――あなたの意気込み、実に心躍るものでした。わたしが、あなたの活動を見守りましょう。
『天地を沸かす神楽乙女』さんがチャンネル登録しました。
「これから陽平を、応援してくれるピコ! すごいピコ! 初配信で
「そう、なんだ。……そっか、見てくれるカミサマがいるんだ」
陽平は、天を仰ぐように目を細めた。
(ありがとうございます、『天地を沸かす神楽乙女』さん。あなたの期待に、応えられるように……いや、応えてみせる。応えなきゃ、ならないっ!)
陽平は、ぎゅっと拳を握りしめた。
そして、ピコに向かって、今日一番の笑み。
「そっか! 『天地を沸かす神楽乙女』さん、見ててくれるんだね! よーっし、がんばるぞー! 明日も、絶対おもしろくするから、カミサマたち、楽しみにしててねー! それじゃあ、今日はこのへんで! おやすみなさーい!」
陽平が手を振ると、配信は終了した。
洞窟に静寂が戻る。そのまま完成したばかりのシェルターに身を横たえ、目を閉じる。
「え、陽平~? ここで寝るピコ?」
「うん。地上の施設に戻る時間がもったいないし、仮眠したらまた動くよ。寝心地も確かめたいしなあ」
「……無理したらダメ、ピコよ? 先はながいピコ」
『天地を沸かす神楽乙女』がどんな女神様かはわからないが、きっと優しいカミサマだと思った。
(よかった、初日から成果が出た。なんだか安心した。……だって、上手く行かなかったら、みんなに合わせる顔がないもんね)
疲労困憊のはずなのに、陽平の心は不思議と穏やかだった。『楽しい配信』を届ける時間は、まだ始まったばかり。
……なお、モンスターの足音が響いて、あまり熟睡できなかった模様。