陽平はシェルターで、資材整理と今後の計画を練っていた。
「やっぱ倉庫がねえ、必要だと思うんだよ」
「ピコ? 収納魔法ならあるピコよ、サポート範囲だピコ」
「いや、もう。なんていうか。たぶん、それで収まる量じゃないから」
『天地を沸かす神楽乙女』が
【創造の閃き(弱)】と【陽光の微笑み(微弱)】の2つ。
前者はアイデアやアドリブ力の補助。後者は笑顔の力で誰かの気持ちを明るく支えたり、敵意を削ぐ力だ。
どちらもまだ最下級のパワーだが、間違いなく配信の手助けになっていた。
「アイデアがさー、ぼく止まらないんだよね。いや、もともとそういう気質ではあるんだけど」
「は~、陽平は楽しいことに貪欲ピコねえ」
結局のところ、スキルとは補助。本人の能力を掛け算的に、増幅させることしかできない。だが、逆を言えば、本人次第で微弱なスキルでも効果がある。
そんな話をしていた時、どこからか場違いな重低音と、甲高い歌声が響いたてきた。
「ん? なんだろう……モンスターの新しい鳴き声かな?」
「陽平、たまにナチュラルに失礼ピコね」
陽平はツルハシ片手に、興味津々で向かう。
妖精ピコも「何か新しい発見があるかもピコ!」と後を追った。
薄暗い通路を抜けた先は、空間が広がった。
中央にいたのは、ド派手な衣装をまとった少女。
蛍光ピンクと黒、フリルが幾重にも重なったミニドレス。飾られたリボン、足元は厚底ブーツ。ダンジョンには似つかわしくない格好で、岩場で踊った。
「いくよーっ! 地球生まれ、ダンジョン育ち!
手にマイク、耳をつんざく自作電波ソングを熱唱。妖精からは激しい音源。
「超っ! 超っ! 超ダンジョンマジで趣味悪い~♪ センスの欠片、ぜろ、ぜろ、ぜっろ~♪ すこしはあたしを見習いなさい、ねっ♪(ウインク♡)」
アイドルスマイルとキメポーズ。
しかし、情熱的なパフォーマンスを鑑賞しているのは、困惑顔で遠巻きに見ている数体のゴブリン、うねうねしているスライム、骨を咥えはしゃぐウルフ。転がるスケルトン。
さすがに、天界の
『いや、我らのハートどころか、お前の命がロックオンされてるが???』
『歌もダンスも気合入ってるけど場所っ! モンスターいるって!』
『ダンジョンでアイドルとか新しすぎるだろwww 無謀www』
『歌詞は斬新だな、ほどよく不敬』
『踊りのキレは悪くない。うちの信徒にならないか?』
一曲歌い、アゲハは肩で息をしながら、髪をかき上げた。
「はぁはぁ、どーよカミサマ! 今日のアゲハもサイコーにイケてたっしょ!? もっとコメントであたしを褒め称えなさいよー!」
自信満々に胸を張るアゲハ。だが、コメント欄は寂しいものだった。いや、一部熱烈な勧誘はあるが。
「はぁああああっ! 耳にゴミでも詰まってんの!? あたし、めっちゃ可愛かったでしょ!」
陽平が思わず「あのー」と声をかけると、アゲハはギロリと睨みつけた。
「ああん? ナニよ、てか、あたし配信中なんだけど」
「あっ、ごめんね。アゲハちゃん。たまたまモンスターの奇声が……じゃない。綺麗な歌声が聞こえたからさ」
「あたしの歌声、モンスターの奇声扱いした? あんた、ナチュラルに失礼ね?」
「そっちの調子どうかなって思って、ついね。配信の邪魔だったなら離れるけど」
アゲハは、別れて別行動をとっていた仲間の一人。
陽平が無意識に【陽光の微笑み】を発揮しながら話しかけると、態度が和らいでいく。
「はぁ? まあ、別に、邪魔とかそーゆーワケじゃないけどぉ? てか、そっちこそどうなの。陽ちゃんのDIY配信、ウケてんの?」
「うん、カミサマたちが面白がってくれてるみたいで。でも、アゲハちゃんこそ、歌もダンスもすごいね! プロみたいだ!」
「プロですけどぉっ! メイン収入がバイトでも、一応、プロですけどぉっ!」
陽平は素直に褒めたが、それはそれでプライドを傷つけたらしい。
「衣装も自作?」
「そうよ、決まってんじゃん。バリキュートでしょ? ちゃんとバイトで衣装代稼いで、なんとかコツコツ……あっ、今っ!? 今、加護ポイント入れるなっ! そういうタイミングじゃないっ!」
ジタバタ見苦しく暴れるアゲハ。相棒の妖精が呆れた目で見ている。
半ば同情でポイントが入ったことが、気に入らないとゴネていた。
(ポイントがもらえるなら理由はどうあれいいじゃん。とか、ぼくは思うけど、言ったら怒られそうだから黙っておくか)
陽平も、別に空気が読めないわけではない。
「はあ。あたし、歌も踊りもサイコーなんだけど。ぶっちゃけ全然バズんないわけ。あたしのカリスマ、カミサマには通用しないのかな、なんかもうヘコむっつーか」
「そんなことないよ! きっと、もっとたくさんのカミサマにアゲハちゃんのステージ見てもらえれば……あ、そうだ!」
陽平は思いついたアイデアに目を輝かせた。
「よかったらさ、今からぼくとコラボ配信しない? アゲハちゃんのために、即席でステージ作るから、そこで思いっきりパフォーマンスするの!」
「は? あんたとコラボ?」
ピコも「きっと楽しい配信になるピコ~!」と後押しする。
が、相棒でない妖精の声は聞こえないため、アゲハには飛び回っているようにしか見えない。
「な、なんか、あんたの妖精めっちゃ元気ね。うーん……ま、いっか。どうせこのままじゃジリ貧だし。あんたの腕前、見せてもらおーじゃん!」
話がまとまると、早速行動を開始した。
二人がかりで資材調達。モンスター討伐では、アゲハの歌は力をみなぎらせるバフとなる。さらに、あえて目立つことで標的となり、軽やかなステップで攻撃を避けまくった。
「ほら、あたしの華麗なステップっ!」
さらに、アゲハが敵を指さすと、真っ赤な炎が放たれる。
「あなたのハートもゲッチュぅ! 芯まで燃えなさいっ!」
二人は連携して、順調にモンスターが落とす素材や、ダンジョン内に転がっている岩や木を集めていった。
「そっか、妖精が二体いるってことは、収納素材も二倍だっ!」
「当たり前でしょ……え、こんなにパンパンに詰め込んだの、初めてなんだけど」
「いや、まだいけるよ。ほら」
妖精ピコが「く、くるぢぃ、も"うっ、入らないっ! 止めてピコっ!?」と悲鳴を上げる。気にせず、ぐいぐい詰め込もうとする辺り、容赦がない陽平だった。
材料が集まると、巧みに簡易ステージをくみ上げていく。
【創造の閃き】がDIYをさらに加速させた。発光する苔や鉱石を飾り付け、近くにいたゴブリンやスケルトンらを『お客さん役』として無理やり座らせていく。
「観客がいないと映えないからね。はい、ここに座ってね~。いい子だから」
「ええっ……? これ、あたしがおかしいの??」
「はい、お待たせ! アゲハちゃん専用、ダンジョン特設ステージの完成だよー!」
お世辞にも立派とは言えなかった。
だが、陽平の工夫と温かさが詰まったステージ。アゲハはしばらく眺めていたが、やがてニッと笑った。
「ふーん、まあまあじゃん? ちょっとあたしのセンスには及ばないけど……陽ちゃんの頑張りは認めてあげる」
アゲハはステージに上がると、纏う空気が変わった。
手にマイクを握り、イントロが流れ始める。すると、そこはもう薄暗いダンジョンではなく、熱狂的なライブ会場。
「Are you ready? ……Let's go」
明滅する光のなかで、アゲハは不敵に笑った。
陽平が手拍子で盛り上げる。ピコがカラフルな照明でステージを照らすと、ゴブリンがよく分からない奇声を発し、スケルトンがカラカラと唱和した。
「――ああ、これよ。これだわ。本当に、久しぶりっ! ほら、もっとアゲていくよ!」
かつて、ステージで全力で歌ったことを思い出す。
ああ、ここが己の
歌声が、湿ったダンジョンの空気を切り裂く。厚底ブーツが、リズミカルに床を叩くとアクセントが生まれた。
『うおお! ゴブリンがはしゃいでるように見えるwww』
『我らに歌と踊りを捧げるには、条件を満たしていると言える』
『アゲハちゃん、水を得た魚みたいにイキイキしてる!』
『歌の神もこれはニッコリ』
『はあ? 音楽舐めんな! こんなっ歌なんてっ……ビクンビクン!?』
(まだイケるわっ、あたし。まだ歌えるっ! さあ、今この一瞬にすべてを賭けるの! だって、アイドルだものっ!)
何曲か歌い終わる頃には、新たな支援を申し出る神々も現れ始めていた。
「はあ~~♪ マジ、最高っ! 生きてるっあたしっ、生きてるよっ! カミサマたち、見てくれた!? これが本気のアゲハの実力だし! てか、陽ちゃん! あんたのDIY、マジやるじゃん!」
興奮冷めやらぬ様子で、アゲハが陽平に駆け寄って抱き着いてきた。
陽平は勢いに揺られながら、にっこり笑って答える。
「アゲハちゃんのパフォーマンスこそ最高だったよ。ぼくも見てて楽しかった!」
「ふふん、でっしょー? ……ねえ、陽ちゃん。これからもさ、あたしの専属舞台装置係、やってくんない? もちろん、あたしもDIY企画、全力で応援するからさ!」
アゲハが照れくさそうに、でも真っ直ぐな目で陽平に言った。さっきの強気な姿からは想像もつかない、素朴で飾り気のない振る舞い。
陽平は、力強く頷いた。
「うん、もちろんだよ、アゲハちゃん! 一緒にダンジョン配信、盛り上げていこう! それでさ、思い切り楽しくやろう!」
「……うんっ! 約束ね、陽ちゃん!」
配信が終わり、陽平は地上に戻る。共同施設のカフェへ、息抜きをしにいくと見知らぬ女の子が陽平を待っていた。
腰まで届く艶やかな黒髪、涼しげな目元、どこか神秘的な雰囲気を纏っている。
「あなたが陽平くん、かな? 初めまして。ミヤビ、と呼んでください」
「ミヤビさん? えっと、君もプレイヤーなのかな」
「ふふ、違います。でも、あなたのDIY配信を、とても興味深く見てました。あの限られた環境で、あれだけのものを創造する力……素晴らしいなって思いました」
「あり、がとう。……地上でまっすぐ褒められたのは始めてかも」
おそらく、地上の空に映されていた配信を見ていた市民だろうか。この施設に入れるのは、関係者だけのはずだけど。
そう陽平は疑問に思うものの、今はただ認めてくれたことが嬉しい。
「わたし、今日は本当にただ顔を見に来ただけだから。でも、覚えておいて。あなたのことを応援してる誰かがいるって」
「うん、ありがとう。……ぼく、忘れないから」
ミヤビは、憂いを帯びた瞳で陽平を見つめると、そのまま踵を返して歩き去っていく。
陽平はその後ろ髪が見えなくなるまで、ずっとずっと立ち尽くしていた。