陽平とアゲハは今後の配信ネタ会議に、花を咲かせていた。最近は、二人の対談も配信している。
覗いている神々まで、ネタ出しを始め茶化すので、一緒になって企画を作ってる雰囲気が出てきていた。
「アゲハちゃんのステージ、もっとライティングとか凝りたいよね。あの発光鉱石、もっと集められないかな?」
「マジヤバ! さすが陽ちゃん、わかってんじゃん! あたしの美貌をもっとキラキラに照らして、カミサマたちの目を釘付けにしちゃおーぜ!」
「ピコもピカピカの照明魔法、練習中ピコ!」と話に混じろうとする妖精ピコ。声はアゲハに届いていなくても、なんとかく気持ちは伝わる。
一方で、アゲハの妖精はちょっとクールなようで、たまに言い争いもしている。アゲハいわく、音楽の方向性が違うらしい。
(でも、それはコンビ解消のフラグなのでは?)
あえて、陽平はツッコミを入れなかった。なんでもツッコメば良い訳じゃない。
「ただ、食料がちょっと心もとないんだよね。干し肉も尽きそうだし、そろそろ本格的に食料調達しないと」
「げ、マジかー。うーん、あたし、狩りとかニガテなんだけど。食料くらい、地上から持ち込めば?」
「地上からの持ち込みは、制限が大きいからなあ。でも、うん、ぼくがなんとかするから大丈夫だよ」
「あっ! 芋虫は絶対、イヤだかんね!」
「うーん。虫は上質なたんぱく源なんだけどね」
「あんた、DIYerじゃなくて、実はサバイバルチャンネルの人なんじゃないの?」
陽平は、受けた指摘を完全無視。
これまでの食事は、発光キノコやゴブリンが落とす干し肉、ピコがたまに生成してくれる無味な栄養ゼリーが主だった。
あまり深く考えたくない食材ばかりだが、特に陽平に抵抗感はない。
『こいつのサバイバル飯、絵面が地味www しかも常に不味そう』
『アゲハちゃん、その格好で狩りとか無理ゲーすぎ』
『まあ、たまには美味いもん食いたいよなー(神の嘆き)』
『この人間のチャンネル、やけにコメント緩いな……?』
『なんだ、初見か? まあ、肩の力抜けよ』
陽平が握るのはツルハシ、アゲハはマイク。どちらも戦う気が本当にあるのか怪しい。
「この辺、強そうなモンスターが出るらしいよ。陽ちゃん、大丈夫なん?」
「うん。でも、周辺はだいたい探索しちゃったからさー」
期待と不安を胸に進んでいくと、突如、前方から大地を揺るがすような雄叫び。何かが激しくぶつかり合う轟音。
「きゃっ!?」
「うわっ、なんだっ!? あれ、なんか
そこには全長3メートルはあろうかという巨大イノシシモンスター『グレートボア』がいた。
対して大男が、猛烈な突進を真正面から受け止めている。
隆々とした筋肉に覆われた鋼のような肉体。身の丈ほどもある巨大な剣を軽々と振り回し、モンスターを圧倒した。
「うおおおおおっ! 我が筋肉に限界はなし! これぞダンジョンプロテインパワー!」
男は叫びながら、グレートボアの牙を素手で掴み、力任せに地面にねじ伏せた。さらにトドメとばかりに渾身のパンチを叩き込む。グレートボアは悲鳴を上げ、光の粒子となって消滅した。
男は満足げに「フンッ」と拳を突き上げる。腕には、逞しい筋肉がピクピクと浮き出ていた。
「「…………」」
大男の傍らで、屈強な筋肉質の妖精が「さすがですぞ、熊太郎様! 本日も素晴らしいマッスルでございます!」と熱狂的に称賛。
……いや、二人には聞こえないのだが。
『なんだこいつ、バーバリアンかよwww 妖精まで脳筋とかwww』
『あのグレートボアを素手で……ゴクリ』
『死後、うちで働かない? 福利厚生あるよ』
『ウホっ、いい筋肉じゃん! オラ、もっとポージングしろよ』
男――熊太郎は、陽平たちの視線に気づくと、ニカッと歯を見せて笑った。キラリと前歯が光る。
「おおっ? 陽平にアゲハ様っ! おっと、そちらも配信中か……では、挨拶を」
熊太郎は、おっほんと咳払いを一つ。カメラ(陽平とアゲハの妖精)に向かって、力強く名乗りを上げた。
「我が名は
「あ、うん……熊太郎くん、今日も絶好調だね。誰もそんな風に呼んでないとは思うけど」
「うむ! ダンジョンとはすなわち、究極の食材庫であり、至高のトレーニングジムなのだ。さあ、この戦利品『グレートボアの肉塊』を、秘伝の調理法で料理に変えてくれよう!」
早速、熊太郎はどこからともなく鉄板と、様々な謎スパイスを取り出し、手際よく調理を始めた。ラベルには、『歩きキノコの粉末』やら『オオサソリ出汁エキス』などの字面。
「見よ、我がチャンネルの神々! そして、そこのお二人さん! これぞ緋口熊太郎が誇る、究極の筋肉料理だぁぁああっ! ……あ、コレ、良かったら食べて行って欲しいな、なんて。待っててくれると嬉しい、です♡」
なぜか、急に語尾がしおらしくなる熊太郎。
熊太郎は、先ほどまでグレートボアをねじ伏せていた鋼の腕で、巨大な肉塊を豪快かつ繊細に捌き、熱した鉄板の上で焼き始めた。
ジューッという魅惑的な音と、スパイシーな食欲をそそる香りが辺りに立ち込める。
「血抜きとかはいらないのかなあ……下処理は?」
素朴な疑問を陽平がこぼすが、誰も気にも留めない。
ドロップアイテムという謎概念に置いて、現実的な指摘はすべて無視される!
料理中も「この引き締まった赤身! まさに天然のBCAAの宝庫!」「この良質な脂! 筋肉を成長させる燃料となること間違いなし!」「焼き加減は、筋肉との熱い対話で決めるのだ! ふんっ!」などと、熱すぎる筋肉トークが留まることを知らない。
アゲハは最初、暑苦しさに若干引いていた。
が、熊太郎が額に巻いた「アゲハ命」と書かれたハチマキや、腰に下げた手作りのアゲハ応援うちわ(蛍光ピンクのフリル付き)に気づくと、頬を赤らめつつも目を輝かせた。
「え、ちょ、そのハチマキとか自作? あたしのガチファンにしたってさ、持ち歩くなんて。てか、結構クオリティ高くない? これ、刺繍だよね?」
「む! よくぞ気づいてくれたな、アゲハ様っ! これぞ我が手芸スキル! 男たるもの、裁縫の一つや二つ、出来て当然だ! ……い、いや、これはその、日頃の感謝を形にしただけであってだな、決して他意は」
「他意アリアリにしか見えないんだけどぉ!? てか、そのスキル、マジでもっと活かせば良くない!?」
しどろもどろになる熊太郎に、アゲハがさらにグイグイと迫る。
『アゲハガチ勢か、この熊。うちわフリルの気合が半端ない件』
『てか、こいつのチャンネル。何気に視聴者多いwww』
『昨日、手作りぬいぐるみの配信してたけど、みんな知らんのか』
『筋肉と純情、情報量が我の脳を破壊しに来る。たすけて』
やがて、熊太郎の渾身の一作。『筋肉グレートボアステーキ~野生ハーブを添えて』が完成した。
山のように積み上げられたステーキは、見た目のインパクトも凄まじいが、香ばしい匂いをこれでもかと放っている。
「さあ、遠慮はいらん! 食えっ! そして、我が料理で更なる筋肉をその身に宿すがいい!」
陽平とアゲハは、若干気圧されながらも、フォークを手に取る。
まず一口。瞬間、二人に衝撃と感動が走った。
「「うっっっまーーーーーいっ!!!」」
なぜか始まる、唐突な食レポ。
「な、なんなのコレ!? 肉汁じゅわっじゅわで、ありえないくらい柔らかいんだけど! てか、このハーブとスパイスの調合、神ってる!」
「うん、焼き加減が完ぺきなんだ! 見た目のインパクトに負けないくらい、味がしっかりしてる! 素材の旨味も活きてるし、なのに後味が爽やかだ。熊太郎くん、きみ、本当にすごいよ!」
二人の絶賛に、熊太郎は「うおおお! そうだろうそうだろう!」と、さっきグレートボアを倒した時以上に興奮し、嬉し涙をボロボロと流し始めた
「やはり、料理にはリアクションが不可欠! 二人とも、実に良い味覚の持ち主だ! 何よりアゲハ様に喜んでいただけたのなら、ファン冥利に尽きるというものだぁぁ!」
「そ、そこまで、喜ばれちゃうと……あたしも嬉しくなっちゃうなあ。こんな熱烈なファン見たことないし」
アゲハは顔を赤くしてそっぽを向きながらも、フォークを動かす手は止まらない。
「うーむ、真面目な話なのだが、自分で作って食べるのは良いのだが。食レポとなるとな」
「え、熊太郎くん、食レポ苦手なの?」
「なんというか、語彙がある程度パターン化するではないか。それに作る料理も、自分で食べるとなると最適化されてしまってな」
「ああ。ダンジョン内だと、なおさらそうかもね」
手に入りやすい食材と、必要な栄養。味の好み。目的がなければ、同じような料理にはなりがちかもしれない。
手間を掛けるのも自分のためだけなら、張り合いが出ないのも当然と言えば当然だった。
「役に立てるなら、ぼくが食レポ役やろうか?」
「あっ。あたしも食べたい! 歌も魔法もお腹すくもん」
「おおおっ、それはありがたいっ! 願ってもないことだ」
保存食づくりも、何なら一緒にしてもいいのかもしれなかった。検討すればするほど、定期コラボで配信を伸ばせそうな気もしてくる。
「てか、熊っちのその裁縫スキルで、あたしの新しい衣装とか小物とか作ってほしいんだけど! あとライブコール! 熊っちの声量と熱なら、絶対盛り上がるっしょ!」
「よかろう! この緋口熊太郎。陽平のDIYライフ、アゲハ様の輝かしいステージを……我が筋肉と料理、魂の応援で全力サポートすることをここに誓おう!」
「「やったー!!」」
こうして、暑苦しくも頼りになる応援団長・兼・料理人。緋口熊太郎の立ち位置が確立した。
「ところで熊太郎くんは、どんなカミサマから加護を得てるの?」
「フム、あまり詳しくないのだが。『十三の試練を越えし半身半神』さんとか、『狂気に塗れし酒飲み』さんとか、『文武両道の手芸女子』さんとかが登録してくださっているな」
「「多くないっ!?」」
筋骨隆々の神々、美酒美食を司る神々、さらに乙女チックな手芸の女神たちから、熱烈なファンコールと祝福の加護ポイントが殺到しているという。
「う、あたし、負けた気がする……筋肉に」
なんだかんだ話はトントン拍子に進み、賑やかに拠点へと戻ろうとする。しかし、陽平はふと立ち止まり、表情を引き締め囁いた。
「その前に。配信を切ったら、ちょっとダンジョンで鍛えようか」
「「え?」」
「新しい技や連携も試しておきたいしね。それにカミサマたちには、笑顔で最高のパフォーマンスを見せたいから。裏でコソコソ努力してる姿なんて、見せるもんじゃないだろ?」
楽しく笑ってる姿だけを見せたい。目には、そんな決意が宿っていた。
アゲハと熊太郎も、深く頷いて同意する。
その後、彼らは配信を切り、過酷な連携訓練と戦闘に身を投じた。それぞれのスキルを組み合わせ、これまで以上に深くダンジョンに潜り、強大な敵と対峙する。
数時間後。泥と汗にまみれ、身体を血に染めながら、地上の施設に戻っていった。
――ひとり静かに窓から外を見ながら佇む、陽平。
「おかえりなさい、陽平くん。しばらくぶりね」
背後からの声に振り返った。そこにいたのは、ミステリアスな女の子ミヤビ。
「わたし、今日の配信も見ていましたよ」
「ミヤビさん。どうして、いつもここに? 君はプレイヤーじゃないって言ってたけど」
「ふふ、詮索はやめましょ? それより今日のあなたは、いつもよりずっと楽しそうだった。仲間と一緒になにかをするのは、やっぱり良いもの?」
「うん。すごくね。一人じゃできないことも、みんなとならできる気がするんだ」
「あの、音波アゲハさん、でしたっけ。とても情熱的な方。あなたと、とても息が合っているように見えました。それに熊太郎さんも、己をしっかりと持っててすごい人」
「そうだね、安心できるよ」
ミヤビは微かに微笑むと、ふと表情に影を落とした。
「すこし。羨ましくも思います。わたしは、そんなことをする仲間はいませんでした」
「……ミヤビさん?」
「陽平くん、でもあなたはなぜ、そこまでして『笑顔』を、そして『楽しむ姿』を見せ続けようとするの? 実際は大変なことの方が、たくさんあるでしょうに」
「難しいね、正直わからないかも。でも……たぶん、後悔したくないからかな。今、ぼくにできること、全部やりたいんだ。たとえ誰にも理解されなくてもね」
陽平は、どこか遠くを見るような目で言った。
ミヤビはその言葉を静かに受け止めると、そして、再び笑顔を見せた。
「あなたのその強さ、眩しいです。いつかのわたしに重なるようで。でも、無理だけはしないでね」
「ありがとう、ミヤビさん」
ミヤビは、また深くは告げずに去っていった。
陽平はその後ろ姿を見送りながら、新たなる決意を胸に刻むのだった。