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第4話 辛辣炎上絵師!? ダンジョンに現るっ!

 陽平、アゲハ、熊太郎の三人体制になってから、彼らのダンジョン配信はますますカオスな盛り上がりを見せていた。


 陽平のDIYシェルターは、どんどん巨大化していく。先日、とうとうゴブリンの巣穴を呑み込むに至った。

 熊太郎の筋力と小道具知識が合わさって、捗りつつも、そこにアゲハが無茶なリクエストを重ねる。


「もっとスモーク焚きたい、ミラーボールも欲しい」「シャンデリアがないとアガんない」「てか、あたしの部屋欲しい。衣裳部屋も」


 結果、もはやシェルターと言うより、謎のテーマパーク染みた様相を呈し始めている。


 竈やらキッチンをこさえた途端、熊太郎は筋肉料理にバリエーションが増えたと大盛り上がり。

 たまに事故るアゲハの食レポを添えながら、諦め混じりの陽平のフォロー。

 かみ合った結果、飯テロ&筋トレバラエティとして確固たる地位を築きつつあった。


「いや、なんだよそれ。どんなバラエティだよ」


 陽平が、筋肉美が幅広い神々に需要があると知ったのは、脳内に響くコメントのせいだ。別に知りたくもなかった。


 『陽平よ、わらわ滑り台がよいのじゃ! 高低差50メートルかの!』

 『アゲハちゃん、新衣装、防御力皆無ですぞwww 素晴らしい!』

 『おい。熊太郎、今日のプロテインスイーツ、レシピ公開はまだか!?』

 『なんだこのチャンネル。目が離せんのだが!?』

 『こいつらか、ダンジョン攻略しない連中ってのは。え、コメント欄変だぞ?』


 神々の要求まで入ると、完全に無茶苦茶だ。それぞれメンバーが、需要に応えようとする。

 結果的に負担が大きいのは、設備を拵える陽平だった。


「一応、ぼくも加護ポイントでスキルレベル上がってるけどさ! 無茶言わないでよっ! うわ、無言でポイント贈って圧掛けてきやがった!?」


 二人のチャンネルの神々からも、『はよ、設備造れ』とせっつかれる毎日。

 【創造の閃き (中)】【陽光の微笑み (弱)】【不屈の製作魂 (弱)】とスキルが成長や覚醒し、確実に捗っているのも確か。


「疲れにくくなった気はしてくるけど、手ごたえがあるんだかないんだか」


 そんな賑やかな三人の活動を、やや離れた岩陰から、冷めた目で見つめている人物がいた。

 サラサラの黒髪を一本に束ね、中性的な美しい顔立ち。一見すると可憐な美少女だが、口元には皮肉気な笑みが浮かんでいる。


 ――宮埜みやの 桔梗ききょうもまた、このゲームのプレイヤーだった。

 手にはスケッチブックとペン。仲間たちと馴れ合うこともなく、一人淡々と、ダンジョン風景やモンスター、他のプレイヤーたちの姿を、鋭利な筆致で描き続けていた。

 武器は、背負った大きな筆。


「駄作は塗りつぶす。……ふうん、キミ、芸術にはほど遠いね」


 大筆で一刀両断。リザードマンの群れを薙ぎ払い、最奥にいた大物すらもアートに仕立てた。


「臓物カーペット、ヘモグロビンのレッド。――結論、無個性」


 彼の配信スタイルは独特だ。戦闘すらもアートの一つ。

 一仕事終えた後に描かれる絵は、討伐モンスターや、神秘的なエリア。時に神々を面白おかしくカリカチュアライズしたものだったりする。

 さらに、たまにボソッと呟く言葉が、恐ろしく辛辣なのだ。


「今日の獲物サブジェクト。リザードマンキング。まぁ、雑魚より多少マシな造形だけど、王を名乗るには不足。……ウチがデザイナーなら、こうはしない」


 殺したモンスターをスケッチ、視聴者にすら毒を吐く。


「なに、顔は良いんだから恭しく振る舞え? ……またお花畑夢見て、コメント飛ばしてるカミサマがいる。あんたの理想郷は、こんな汚れたダンジョンには咲かないよ。快適な監獄へ帰りな」


 にも関わらず、配信は一部の変わり種や、美を愛でる芸術の神々に異様なほどウケていた。


「他人を従わせて悦に浸る前に、己の手で何かを為せよ。……こうやってね」


 凄みある画力と、時折見せる物憂げな表情。中性的な魅力が、ファンの心を鷲掴みする。

 ただ、ストレートすぎる物言いが原因で、他の配信者プレイヤー支持神ファンから猛抗議を受け、プチ炎上することも日常茶飯事だった。


 『桔梗様、今日も美しい。そして辛辣ゥ!』

 『はよ改宗しろ、死後は末永く飼ってやるから』

 『我がプレイヤーに喧嘩を売ったのは貴様か! 呪ってやるぞ!』

 『美しい少年は、我々にとっては宝です』


 脳内に響くコメントに溜息を吐く、桔梗。


「キキョ様、またカミサマ同士がコメント欄で喧嘩してるピヨ」

「ふん、別にいいよ。どーせ暇なんでしょ、アイツら。チッ、インクが切れた。ウチの配信は終わり。ばいばい」


 桔梗の妖精は、珍しくもヒヨコ型。名をピヨスケ。

 パートナーがオロオロするのを尻目に、桔梗は配信を一方的に打ち切る。

 神々が直接、罰を下せないのは理解している。何を恐れることがあるのか。


「ウチは媚びない。……絶対に」


 そんな桔梗が、拠点にふらり姿を現した。そう、この四人こそが志を同じくする仲間だった。

 いつもバラバラに配信しているが、必要な時はこうして合流してくる。


「やっほー、桔梗くーん。こっちこっち!」


 陽平が笑顔で手招きすると、桔梗は「はぁ」と面倒くさそうに近づいてきた。


「なに、このバカ騒ぎ。見てるこっちが恥ずかしいんだけど。てか、陽平。キミのセンス、相変わらず幼稚だね。このゴテゴテしたシェルター、もう少しどうにかならなかったの?」

「あはは、辛辣だなぁ、桔梗くんは。でも、見てよ! アゲハちゃんのリクエストで、ミラーボールもつけたんだよ!」


 乱反射しながら回る、手作りミラーボールを指差す陽平。


「また変なモノ作ってるし。前衛的すぎて理解不能。カラスでも集めるつもり?」

「おいコラ、桔梗っ! あたしのセンスに文句あんのかよ! これは最新のダンジョン映えだっての!」

「映えを語る前に、気品を学べよ。脳ミソ軽量型ギャル。キミのセンスは色彩と静寂を破壊する」


 アゲハと桔梗が火花を散らす。それを「まあまあ」と熊太郎がなだめようとするが。


「緋口熊太郎、キミもキミだよ。無駄に鍛え上げられた筋肉で、何を生産してるわけ? 二酸化炭素、それとも湿気? 破壊とカロリー消費しか能がなら、モンスターがお似合いだよ」

「なんだとー!? 我が筋肉への冒涜は許さんぞ、桔梗ォォッ!」

「二人合わせて、うるさいの二乗なんだよね。あー、やだやだ」


 いつもの光景だ。この三人が揃うと、大体こうなる。

 陽平は苦笑しながら、やり取りを見守る。これが彼らのコミュニケーションなのだ。


 『でた、いつもの修羅場。安心する(末期)』

 『アゲハ様と熊太郎さんがんばえー! この生意気野郎を潰せ!』

 『この四人組、仲良いのか悪いのか全くわからんwww』

 『え、誰この毒舌美少女? 美しい……』

 『おい、桔梗は男だぞ。いや、それがいいのだが』


 陽平は頭を抱える。

 やめろ、美少年に目がない、文化圏の知識を脳内に流すな。しかも、コメント体感的に、ほぼ大体のカミサマが美少年と筋肉好きだった。


「陽平。キミ、なに頭抱えてんの」

「脳に流されるコメントの感覚に慣れなくて。たまに具合悪くなるんだよね」

「ああ。……カミサマってどれも変態ばかりだよね、本当に気持ち悪い」


 桔梗は忌々し気に吐き捨てる。

 騒動のなかでも、桔梗は作業台に置かれた設計図(名ばかりの落書き)が気になっていた。


「これ、新しいトラップの図面? ふーん、発想は悪くないけど」

「あっ、うん。結構たくさん作るから、手間が見合うやつを考えたくって」

「構造的に無理があるよ。こうすれば、もっと効率よい魔力回路が作れる。あと、地形的に要求される強度が足りない。ゴーレムの破片の方がいい」


 スラスラと設計図に修正を加え、的確なアドバイスをする桔梗。洞察力と知識に、陽平も舌を巻く。


「わ、すごい! 桔梗くん、どうしてそんなことまで知ってるの?」

「別に。本ならたくさん読んでたし。ダンジョンもモンスターも神々も、ウチにはただの観察対象。どんな動きも、地形から生まれる」


 話しながらも、桔梗は完成したばかりのイラスト――陽平たちがコミカルなポーズで配信に勤しむキャラ絵――を見せてきた。


「そうだ。キミらには、これがお似合い」


 痛烈な皮肉が込められている絵のはずなのに、陽平は愛嬌を感じた。的確に自分たちの特徴を捉えていて、思わず笑ってしまうほどに。


「わわっ、かわいい! すごいね、これ」

「……かわいいだって? ふうん、なら……あげる。ウチにとってはゴミ箱行きだったけど、まぁ、キミらのアジトの肥やしにでもすれば?」

「え、いいの!? ありがとう! すごく、味がある絵だよね!」

「フン、お世辞はいいから」

「ううん、本当にうれしいよ。また描いてほしい」

「はあ。別に、頼まれれば描かないこともないけど。期待しないでよ。どうせ、キミたちじゃ、ウチの芸術の真価は理解できないだろうし。モチベがね」


 そこで反応するのは、さっきまで喧嘩してたはずの二人。


「えー、あたし描いてほしいものあったの! 部屋に飾りたいんだ、ちょうど良かった! コンサートしてる時のあたし!」

「おれの自画像でもいいぞ、桔梗よ! 我がマッスルを永遠に刻んでくれ!」


 首をかしげて、考えて見せる桔梗。


「まあ、少なくとも、そこの筋肉だるまの肉体。実際、モチーフとして悪くないかもね。肉体美って古典的だけど……いわば王道だから」

「本当か!?」

「キミは自分のパッションを全身で……肉体そのものと動きを使って表現してるわけでしょ。リビドーの発露って言うか。それもまた、美なんじゃないの」

「あたしよりも筋肉なのっ!?!」


 毒づきながらも、桔梗の口元は僅かに緩んでいるように見えた。

 なんだかんだ言いつつ、桔梗もこの仲間たちとの時間を、まんざらでもなく思っているのかもしれない。


 にぎやかな合同配信を終え、汗と心地よい疲労感と共に地上の施設に戻る。だが、冷ややかにアナウンスが響いた。


『プレイヤーの皆様にお知らせします。リミットまで、残り56日――』


 陽平は、ぐっと唇を噛みしめる。

 得られた加護のポイントや、スキルを確認。出るのはため息ばかり。胸に去来する想いは、配信で見せる顔とは全く別のものだ。


「まだ足りない。もっとだ。もっと、ぼくは強くならないと……みんなを守れるくらいに」


 誰に言うでもなく陽平は呟いた。配信で使うふざけた口調とは違い、絞り出すような切実な声。

 そこへ、ふわりと柔らかな声がかかる。


「陽平くん」

「あっ、ミヤビさん! ……また会いに来てくれたんだ」

「ええ、そう。会いに来ちゃいました♪」


 振り向くといつものように、儚げな美しさを持つミヤビが立っていた。

 このところ毎日、元気付けに来てくれる。この女の子が、だんだん陽平にとって心の支えになりつつあった。


「あなたはいつも、配信が終わると顔色が悪いわね」

「そう、かな?」

「そうよ。あんなに楽しそうにしているのに、本当は無理をしているんじゃないかしらって。……いつも心配になるの」

「……ありがとう、ミヤビさん。その言葉だけで、すごく救われる気がする」

「もし、辛いことがあるなら、わたしでよければ話を聞くわ。あなたは一人ではないのだから」


 少なくとも、この娘は陽平が頑張ってるのを、応援してくれている。

 だから、まだ心を折るには早いはずだった。

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