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第5話 ダンジョン秘密基地大改造計画!

 日向陽平、音波アゲハ、緋口熊太郎、そして宮埜桔梗。

 この四人こそが、ダンジョン攻略をしない異端の配信スタイルで、神々の支持と注目を集めようとする仲間たちだった。


「もー、だからさー、グループ名は『アストロ・ノーヴァ』だって言ってんじゃん! あたしらの輝きで、この薄暗いダンジョンすら照らし出す超新星ってこと! マジイケてない? ね、陽ちゃんもそう思うっしょ!?」


 アゲハが胸を張って力説。

 が、陽平は「あはは、そうだねー(棒読み)」と生返事。

 熊太郎は「うおおお!アゲハ様が名付け親とあらば、それが我らの魂の名だ!」と全力で賛同。


 桔梗はというと……。


「こんな薄暗いダンジョンに潜ってるウチらが、天高い新星アストロノヴァとは皮肉だね。一周、回ってありかも」

「あれ、ご機嫌だね。桔梗くん」

「……そうかな。うん、そうかも。星屑になるのも悪くない」


 桔梗は言いながら、サラサラと描く。

 一本の茎に大きな八重の花が咲き誇る、たった四本の花束。ダンジョンの闇夜に煌めく星みたいだった。


「ふふ、こんなに綺麗じゃないけどね。……メラク、アンカー。アイツはカストル」

「なに、それ。花の名前?」

「さあね。……ああ、キミはさしずめリゲル、かな」


 でも、どれも主役級の華やかさの花束は、ごちゃついて調和なんてものは何もなかった。

 桔梗が描いた『いびつな花束、闇夜に華やぐ』は、シェルターの中央ホールの、一番目立つ壁に飾られた。

 みんな当たり前みたいな顔をして、受け入れた。


「よーっし、みんな! 今日はぼくらの秘密基地、超大型アップデートの日だよ! カミサマたちのリクエストにも応えつつ、最強の快適空間を作り上げよう!」


 陽平が元気いっぱいに宣言すると、それぞれが個性を爆発させながら、作業に取り掛かる。


「あたしのステージはもっとデカく! スポットライトはたくさん! あと、花道と迫り上がりも欲しいんだけど、陽ちゃん、いけるっしょ!?」

「うおおお! おれは調理場とトレーニングスペースの融合を目指す! 筋肉を鍛えながらプロテイン料理を振る舞う、それがおれのジャスティス!」

「……ふん、キミたちがどれだけ無駄な設備を、増やそうとも構わないけど。ウチはアトリエと図書スペースを確保するだけだから。騒音から隔離された、静謐でインスピレーションの湧く場所をね」


 陽平の【創造の閃き (強)】と【不屈の製作魂(中)】は、仲間の無茶振りと神々の気まぐれな要求によって、日々その限界を試されている。


「このワイバーンの骨は軽くて丈夫。回路を組んで……ゴーストの霊魂で、自動昇降ステージとか作れるかなあ? 油圧ならぬ、霊圧? さすがに無理があるか。いや、でも!」

「ピコ~! 陽平のアイデア、今日も大爆発ピコ! ピコも全力で応援するピコ!」


 どんなことを言われても、陽平は諦めようとしない。無理とは言わない。まずは考える。

 視聴者カミサマからのコメントも、もはやお祭り騒ぎだ。


 『おい陽平、アゲハの要求、絶対無理だろwww でもやれwww』

 『熊太郎のキッチンジム案、もはや拷問部屋だよ』

 『そろそろダンジョンだってこと忘れそうなんだが。このチャンネル、中毒性がヤバい!』

 『フム、素材なら、あの神に頼んでみるが良い。気まぐれだが、気に入られれば上等な加護をくれるかもしれぬ。今呼んできてやる』

 『あ、俺もあれ見たい』『わらわも頼むぞよっ!』『我もっ!』


 もはや、シェルターは原型を留めていない。

 果たして、どこが最初だっただろうか。三人が手分けして持ち寄る建材を元に、新たな迷宮のようにすらなっている。


「ねえ、まだー!? 七色水晶とって来たんだよ!」

「なあ、陽平。よく考えたら、冷凍庫が手狭かと思ってな。あの冷たくなる石を集めて……」

「くく、もう、これ。ウィンチェスターミステリーハウス」

「すこし待ちなよ!? 順番だからねっ、みんなも自分の配信がんばって!」


 大改造計画は数日に渡って配信され、過程はまさにダンジョンスローライフのバラエティ番組だった。


 アゲハはステージが完成するまで、ダンジョンのあちこちでゲリラライブを敢行。歌声とダンスで、モンスターを魅了せんと最前線で披露する。


「観客がアンタたちモンスターしかいないならさ……なにがなんでもファンにしてやんよぉっ! アゲアゲー♪」


 新衣装は、桔梗から「布面積が減ると、歌唱力が負の比例に入る呪いでもかかってるの?」と辛辣なコメントをもらったが気にしない。

 アゲハにとって可愛ければいいのだ。アイドル衣裳とは戦闘服。


「死ぬかもしれないなら、最後は可愛い服で死にたいじゃん。だからあたし、妥協はしないよ♪ 気分炎上、蒸発上等っ! 常軌を逸した情熱絶やさず、冗談抜きで波乱万丈っ! いいから、あたしのかんじょうを聴けぇえええっ!!」


 魑魅魍魎の視線を集め、向かうは死線。戦闘でも、先頭を切って音波アゲハは己のアイドルを漸進邁進する。


 熊太郎は強化されたキッチンで、モンスターを使った豪快かつ斬新料理を開発する。

 『コカトリスパイ~マッスル汗風味~』や『スライムプリンアラモード~漢笑顔を添えて~』など、数えきれないメニューは独創的だ。

 最近では、ダンジョン内で家庭菜園まで始めており、食材や調味料スパイスの安定入手にも余念がない。


「この激重フライパン返しで上腕二頭筋を追い込む! うおおお! みんな食べて強くなれぇっ!」

「いや、普通に作りなよ」


 味は基本的に好評だが、ネーミングセンスは壊滅的だ。さらに材料が材料なので、食感などをよく犠牲にする。


「おい熊っ。キミの筋肉飯、素材の組み合わせが化学兵器レベルだったよ。ウチは慰謝料請求したい気分」

「なにを言うか桔梗! これは味覚革命なのだ! フッフッフッ、筋肉が目覚めて来ただろう? 我がチャンネルの神々も大歓喜のあ・ら・し♡」

「確かに、目は覚めたともさ。ドロドロねちょねちょが取れなくて、歯磨きを三回した」

「そんな、褒めるな。さすがのおれも照れるぞ?」

「……これでなぜか有用バフがついてなかったら、さすがにウチもブチ切れてたからね?」

「おっ、有用だったか。まだあるぞ、いるか?」

「いらないってばっ!! 都合の良い所だけ、聞き取らないでっ!」


 ダンジョンの食材料理は、食したプレイヤーの能力を引き上げる。

 それも複数の質の良い食材と、熊太郎自身の成長によって、今では無視が出来ないほどの効果があった。


「はあ、もう。みんなバカばっかり。キミたちもだよ、視聴者カミサマ。……人間を見てる暇あるなら、己の表現を追求しなよ。もっと必死に」


 桔梗は、シェルターの最も静かな場所に陣取り、ひたすらイラストを描き続ける。

 たまに無意識なのか、鬱っぽいオリジナルソングを口ずさむ。性別がわからぬ美声。慣れた常連は何もコメントせずに沈黙するが……。


「モンスターより、怖いのはまだ見ぬ明日~♪ ……はあ? 歌ってた? ウチが? チッ、そんなわけないでしょ。じゃ、よしんば歌ってたとしてさ、人が気分よかったのに、脳内にコメント流してきたわけ?」


 他の常連神も『そうだそうだ』『おまっ、歌配信レアなんだぞっ!?』と一緒にガチギレする。

 癖がありすぎる配信スタイルだったが、神々にはそもそも変人しかいない。


「でも、不思議だね。荒らしとか沸かないんだ。……へえ、そうなの。みんなコテハンだもんね。ふふ、面白い。キミ、センスあるね、一理あるよ、だとしたら神と人の差ってなんだろうね」


 紡がれるのは、芸術家と神々の語り合い。時に、哲学や人生にまで話題が波及する。


「でも、ウチ。人間でいいや。なんでって? ……キミたち見てたら、今あるリビドーを失いそうな気がした。きっとそれはもう、宮埜桔梗じゃないから」


 熱烈な誘いをあっさり躱す桔梗。そのまま合間に他のメンバー、特に陽平のDIY作業を観察する。


「ふうん、また変なことしてるね。キミ、本当に計算できないんだね、構造力学的に互いを支える重量分散が必要になる。計算式は、こう、だよ」

「えっと、ぼくは数学苦手で。棚とか椅子くらいならもともと作ってたんだけど、建築は経験ないから」

「ウチもないけどね。ほら、ここは三角関数を使うの、角度は……ん、なに?」

「ううん、なんでもないよ。……いつもありがとう」

「……礼なんかいうな、ばーか」


 ダメ出しをしながら、構造的な設計に手を加えていく。意匠設計も面白がって参加するが、桔梗の才能は幅広いものだった。

 そんななか、手がけられたシェルターの俯瞰図や、仲間たちの日常奇行録は、神々の間で『アストロ・ノーヴァ公式資料集』として噂になるほどだった。


 賑やかでカオスな日々。彼らの配信は、ダンジョンという過酷な環境を忘れさせるほどに明るい。


「いやー、ついに完成したね! みんなのおかげだよ、ありがとう!」

「ちょーヤバくない!? もう、あたしたちの城じゃん! もう毎日ライブするし! 匠の粋な計らいってヤツ!?」

「うおおお! きっと、おれの筋肉はさらなる進化を遂げるだろうっ! ひたすらに感謝っ! これまでのすべてに感謝っ!」

「まあ、悪くないんじゃない? この秘密基地。……キミらのバカ騒ぎを観察するには、丁度いい環境かもね」


 毒づきながらも、桔梗は珍しく無邪気に笑った。

 神々からも、祝福コメントと大量の加護ポイントが贈られ、まさに最高のフィナーレに見えた。


 ――その時だった。

 陽平の脳内に、明らかに異質な、冷たい事務的な音声が響いたのは。

 それは妖精が中継しているものではなく、ダンジョン管理システムからの、不可避な公式アナウンス。


『――緊急広域情報。ハママツシティ・ダンジョン、攻略失敗。対象都市エリア、本日未明をもちまして、都市機能完全停止。生存者はゼロと推定。つづいて、北米エリア……』


 一瞬にして、四人の笑顔が凍り付いた。

 報じられた近隣都市の『結末』だった。これまでも何度も、至った結末は聞いて来たが、配信中に受けた衝撃に動揺を隠せない。


「う、そ……でしょ。ハママツって……隣の県じゃん。ともだち、いたのに」


 一瞬にして、シェルター内の空気が凍り付いた。


 アゲハの手からマイクが滑り落ち、カラン、と乾いた音を立てる。

 熊太郎は目を剥き、言葉を失って立ち尽くす。

 桔梗は、筆を握りしめたまま、美しい顔から一切の表情を消していた。


 慌てて、陽平がみんなの前に飛び出す。無理やり笑顔を作った。声が裏返りそうになるのを必死でこらえる。


「みんな、今日の配信はここまでだね! うわー、拠点が出来て良かったなぁ♪ カミサマたち、最後まで見てくれてありがとう!」


 そのままカメラ(ピコ)に向かって手を振る。アゲハも、熊太郎も、桔梗も、意図を察したように、黙ってそれに倣った。


「それじゃあ、また次の配信で会おうねー! ばいばーい!」


 配信終了。

 シェルター内に、死んだような静寂が訪れる。先ほどまでの賑やかさが嘘のようだ。

 最初に沈黙を破ったのは、意外にも桔梗だった。


「ねえ、陽平。ウチら、あと何日だっけ?」

「……会議以外で数えるのは、やめようって言っただろ、桔梗くん」

「そうだったね。ごめん。……でも、さすがに、ちょっと、こたえるね、これは」


 桔梗の声には、いつもの皮肉な響きは微塵もなかった。

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