日向陽平、音波アゲハ、緋口熊太郎、そして宮埜桔梗。
この四人こそが、ダンジョン攻略をしない異端の配信スタイルで、神々の支持と注目を集めようとする仲間たちだった。
「もー、だからさー、グループ名は『アストロ・ノーヴァ』だって言ってんじゃん! あたしらの輝きで、この薄暗いダンジョンすら照らし出す超新星ってこと! マジイケてない? ね、陽ちゃんもそう思うっしょ!?」
アゲハが胸を張って力説。
が、陽平は「あはは、そうだねー(棒読み)」と生返事。
熊太郎は「うおおお!アゲハ様が名付け親とあらば、それが我らの魂の名だ!」と全力で賛同。
桔梗はというと……。
「こんな薄暗いダンジョンに潜ってるウチらが、
「あれ、ご機嫌だね。桔梗くん」
「……そうかな。うん、そうかも。星屑になるのも悪くない」
桔梗は言いながら、サラサラと描く。
一本の茎に大きな八重の花が咲き誇る、たった四本の花束。ダンジョンの闇夜に煌めく星みたいだった。
「ふふ、こんなに綺麗じゃないけどね。……メラク、アンカー。アイツはカストル」
「なに、それ。花の名前?」
「さあね。……ああ、キミはさしずめリゲル、かな」
でも、どれも主役級の華やかさの花束は、ごちゃついて調和なんてものは何もなかった。
桔梗が描いた『いびつな花束、闇夜に華やぐ』は、シェルターの中央ホールの、一番目立つ壁に飾られた。
みんな当たり前みたいな顔をして、受け入れた。
「よーっし、みんな! 今日はぼくらの秘密基地、超大型アップデートの日だよ! カミサマたちのリクエストにも応えつつ、最強の快適空間を作り上げよう!」
陽平が元気いっぱいに宣言すると、それぞれが個性を爆発させながら、作業に取り掛かる。
「あたしのステージはもっとデカく! スポットライトはたくさん! あと、花道と迫り上がりも欲しいんだけど、陽ちゃん、いけるっしょ!?」
「うおおお! おれは調理場とトレーニングスペースの融合を目指す! 筋肉を鍛えながらプロテイン料理を振る舞う、それがおれのジャスティス!」
「……ふん、キミたちがどれだけ無駄な設備を、増やそうとも構わないけど。ウチはアトリエと図書スペースを確保するだけだから。騒音から隔離された、静謐でインスピレーションの湧く場所をね」
陽平の【創造の閃き (強)】と【不屈の製作魂(中)】は、仲間の無茶振りと神々の気まぐれな要求によって、日々その限界を試されている。
「このワイバーンの骨は軽くて丈夫。回路を組んで……ゴーストの霊魂で、自動昇降ステージとか作れるかなあ? 油圧ならぬ、霊圧? さすがに無理があるか。いや、でも!」
「ピコ~! 陽平のアイデア、今日も大爆発ピコ! ピコも全力で応援するピコ!」
どんなことを言われても、陽平は諦めようとしない。無理とは言わない。まずは考える。
『おい陽平、アゲハの要求、絶対無理だろwww でもやれwww』
『熊太郎のキッチンジム案、もはや拷問部屋だよ』
『そろそろダンジョンだってこと忘れそうなんだが。このチャンネル、中毒性がヤバい!』
『フム、素材なら、あの神に頼んでみるが良い。気まぐれだが、気に入られれば上等な加護をくれるかもしれぬ。今呼んできてやる』
『あ、俺もあれ見たい』『わらわも頼むぞよっ!』『我もっ!』
もはや、シェルターは原型を留めていない。
果たして、どこが最初だっただろうか。三人が手分けして持ち寄る建材を元に、新たな迷宮のようにすらなっている。
「ねえ、まだー!? 七色水晶とって来たんだよ!」
「なあ、陽平。よく考えたら、冷凍庫が手狭かと思ってな。あの冷たくなる石を集めて……」
「くく、もう、これ。ウィンチェスターミステリーハウス」
「すこし待ちなよ!? 順番だからねっ、みんなも自分の配信がんばって!」
大改造計画は数日に渡って配信され、過程はまさにダンジョンスローライフのバラエティ番組だった。
アゲハはステージが完成するまで、ダンジョンのあちこちでゲリラライブを敢行。歌声とダンスで、モンスターを魅了せんと最前線で披露する。
「観客が
新衣装は、桔梗から「布面積が減ると、歌唱力が負の比例に入る呪いでもかかってるの?」と辛辣なコメントをもらったが気にしない。
アゲハにとって可愛ければいいのだ。アイドル衣裳とは戦闘服。
「死ぬかもしれないなら、最後は可愛い服で死にたいじゃん。だからあたし、妥協はしないよ♪ 気分炎上、蒸発上等っ! 常軌を逸した情熱絶やさず、冗談抜きで波乱万丈っ! いいから、あたしのかんじょうを聴けぇえええっ!!」
魑魅魍魎の視線を集め、向かうは死線。戦闘でも、先頭を切って音波アゲハは己のアイドルを漸進邁進する。
熊太郎は強化されたキッチンで、モンスターを使った豪快かつ斬新料理を開発する。
『コカトリスパイ~マッスル汗風味~』や『スライムプリンアラモード~漢笑顔を添えて~』など、数えきれないメニューは独創的だ。
最近では、ダンジョン内で家庭菜園まで始めており、食材や
「この激重フライパン返しで上腕二頭筋を追い込む! うおおお! みんな食べて強くなれぇっ!」
「いや、普通に作りなよ」
味は基本的に好評だが、ネーミングセンスは壊滅的だ。さらに材料が材料なので、食感などをよく犠牲にする。
「おい熊っ。キミの筋肉飯、素材の組み合わせが化学兵器レベルだったよ。ウチは慰謝料請求したい気分」
「なにを言うか桔梗! これは味覚革命なのだ! フッフッフッ、筋肉が目覚めて来ただろう? 我がチャンネルの神々も大歓喜のあ・ら・し♡」
「確かに、目は覚めたともさ。ドロドロねちょねちょが取れなくて、歯磨きを三回した」
「そんな、褒めるな。さすがのおれも照れるぞ?」
「……これでなぜか有用バフがついてなかったら、さすがにウチもブチ切れてたからね?」
「おっ、有用だったか。まだあるぞ、いるか?」
「いらないってばっ!! 都合の良い所だけ、聞き取らないでっ!」
ダンジョンの食材料理は、食したプレイヤーの能力を引き上げる。
それも複数の質の良い食材と、熊太郎自身の成長によって、今では無視が出来ないほどの効果があった。
「はあ、もう。みんなバカばっかり。キミたちもだよ、
桔梗は、シェルターの最も静かな場所に陣取り、ひたすらイラストを描き続ける。
たまに無意識なのか、鬱っぽいオリジナルソングを口ずさむ。性別がわからぬ美声。慣れた常連は何もコメントせずに沈黙するが……。
「モンスターより、怖いのはまだ見ぬ明日~♪ ……はあ? 歌ってた? ウチが? チッ、そんなわけないでしょ。じゃ、よしんば歌ってたとしてさ、人が気分よかったのに、脳内にコメント流してきたわけ?」
他の常連神も『そうだそうだ』『おまっ、歌配信レアなんだぞっ!?』と一緒にガチギレする。
癖がありすぎる配信スタイルだったが、神々にはそもそも変人しかいない。
「でも、不思議だね。荒らしとか沸かないんだ。……へえ、そうなの。みんなコテハンだもんね。ふふ、面白い。キミ、センスあるね、一理あるよ、だとしたら神と人の差ってなんだろうね」
紡がれるのは、芸術家と神々の語り合い。時に、哲学や人生にまで話題が波及する。
「でも、ウチ。人間でいいや。なんでって? ……キミたち見てたら、今あるリビドーを失いそうな気がした。きっとそれはもう、宮埜桔梗じゃないから」
熱烈な誘いをあっさり躱す桔梗。そのまま合間に他のメンバー、特に陽平のDIY作業を観察する。
「ふうん、また変なことしてるね。キミ、本当に計算できないんだね、構造力学的に互いを支える重量分散が必要になる。計算式は、こう、だよ」
「えっと、ぼくは数学苦手で。棚とか椅子くらいならもともと作ってたんだけど、建築は経験ないから」
「ウチもないけどね。ほら、ここは三角関数を使うの、角度は……ん、なに?」
「ううん、なんでもないよ。……いつもありがとう」
「……礼なんかいうな、ばーか」
ダメ出しをしながら、構造的な設計に手を加えていく。意匠設計も面白がって参加するが、桔梗の才能は幅広いものだった。
そんななか、手がけられたシェルターの俯瞰図や、仲間たちの日常奇行録は、神々の間で『アストロ・ノーヴァ公式資料集』として噂になるほどだった。
賑やかでカオスな日々。彼らの配信は、ダンジョンという過酷な環境を忘れさせるほどに明るい。
「いやー、ついに完成したね! みんなのおかげだよ、ありがとう!」
「ちょーヤバくない!? もう、あたしたちの城じゃん! もう毎日ライブするし! 匠の粋な計らいってヤツ!?」
「うおおお! きっと、おれの筋肉はさらなる進化を遂げるだろうっ! ひたすらに感謝っ! これまでのすべてに感謝っ!」
「まあ、悪くないんじゃない? この秘密基地。……キミらのバカ騒ぎを観察するには、丁度いい環境かもね」
毒づきながらも、桔梗は珍しく無邪気に笑った。
神々からも、祝福コメントと大量の加護ポイントが贈られ、まさに最高のフィナーレに見えた。
――その時だった。
陽平の脳内に、明らかに異質な、冷たい事務的な音声が響いたのは。
それは妖精が中継しているものではなく、ダンジョン管理システムからの、不可避な公式アナウンス。
『――緊急広域情報。ハママツシティ・ダンジョン、攻略失敗。対象都市エリア、本日未明をもちまして、都市機能完全停止。生存者はゼロと推定。つづいて、北米エリア……』
一瞬にして、四人の笑顔が凍り付いた。
報じられた近隣都市の『結末』だった。これまでも何度も、至った結末は聞いて来たが、配信中に受けた衝撃に動揺を隠せない。
「う、そ……でしょ。ハママツって……隣の県じゃん。ともだち、いたのに」
一瞬にして、シェルター内の空気が凍り付いた。
アゲハの手からマイクが滑り落ち、カラン、と乾いた音を立てる。
熊太郎は目を剥き、言葉を失って立ち尽くす。
桔梗は、筆を握りしめたまま、美しい顔から一切の表情を消していた。
慌てて、陽平がみんなの前に飛び出す。無理やり笑顔を作った。声が裏返りそうになるのを必死でこらえる。
「みんな、今日の配信はここまでだね! うわー、拠点が出来て良かったなぁ♪ カミサマたち、最後まで見てくれてありがとう!」
そのままカメラ(ピコ)に向かって手を振る。アゲハも、熊太郎も、桔梗も、意図を察したように、黙ってそれに倣った。
「それじゃあ、また次の配信で会おうねー! ばいばーい!」
配信終了。
シェルター内に、死んだような静寂が訪れる。先ほどまでの賑やかさが嘘のようだ。
最初に沈黙を破ったのは、意外にも桔梗だった。
「ねえ、陽平。ウチら、あと何日だっけ?」
「……会議以外で数えるのは、やめようって言っただろ、桔梗くん」
「そうだったね。ごめん。……でも、さすがに、ちょっと、こたえるね、これは」
桔梗の声には、いつもの皮肉な響きは微塵もなかった。