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第8話 輝け! ぼくらのラストライヴ配信!

 101日目の午前零時。約束の時は、来た。

 ニュー・アクツシティを覆う紫色の空が、さらに深く、禍々しい色へと変わる。

 ダンジョンの最奥、今まで誰も到達できなかった場所から、地鳴りと共に、絶望的な数の魔物の軍勢が溢れ出し始めた。


「――さあ、カミサマたち、見てるー? 今日はぼくら『アストロ・ノーヴァ』の、100日記念!そして、グランドフィナーレ・スペシャルだ! 笑っても、泣いても、今日が最後っ!」


 今や、最終決戦要塞となった拠点の中心部。陽平はいつもの笑顔で配信を開始した。


「見逃したらダメだよ……いいね、ぼくらを見てて」


 陽平の背後には、同じように覚悟を決めた者たち。

 アゲハ、熊太郎、桔梗、協力を申し出てくれたプレイヤーたちが続く。


 ゆっくりとステージへ、アゲハが登壇した。思い切り息を吸う。


「いくぜ、テメーらぁぁああっ! 今宵、伝説の幕開けだ! 魂燃やして、あたしらの歴史を刻んでやんよぉおおッ!」


 アゲハが、天に向かってマイクを突き上げる。

 七色の発光鉱石を散りばめた特製ミラーボールが、天上から輝きを宝石のように散りばめた。


 周囲に、熊太郎が情熱を込めて縫い上げた『決死の応援旗』がはためく。

 重低音が、淀んだダンジョンに響き渡る。始まりを告げるファンファーレ。


「聴け、終幕フィナーレ飾る最ッ高の楽曲を! ラストは、思い残すことないように、おもいっきり暴れるからっ! 限定スキル解放……『アストロ・ノヴァ――星屑賛歌スターアンセム』!!!」


 アゲハは、拠点の一番高い場所。

 『アゲハちゃん専用展望ライブステージ』に立ち、溢れ出す魔物の軍勢に向かって歌い始めた。この100日間で仲間たちと共に感じたすべてを込めた、切なくも激しい旋律。

 隣に立つ神々と編まれた、アゲハ作詞作曲のオリジナルソング。


 派手な手製花火が打ち鳴らされ、光と音が共鳴し脈動する。


「ユアウェルカムっ、あたしらの城へようこそっ! チケット代は、テメーらの命で払ってもらうぜっ!」


 魔物の群れが、怒涛の勢いでアゲハのステージ目掛けて殺到。アゲハの役割は決死の囮。

 ただひたすらに、モンスターたちに命を晒す。


 しかし、それは陽平と桔梗が仕掛けた、殺しの空間――キルゾーンへと足を踏み入れることを意味していた。


「今だ! スペシャル・トラップコンボ、発動っ!!」


 陽平の合図と同時に、地面が陥没。壁から無数の槍が飛び出し、天井から溶解液の雨が降り注ぐ!

 これまで作り上げてきたギミックが、一斉に牙を剥いた。


「「「グギャアアアアアアアッ!!」」」


 先陣を切っていたゴブリンやオークの軍勢が、阿鼻叫喚と蹴散らされていく。

 繋ぎにプレイヤーたちがボウガンを構えると、特製ボルトを惜しみなく放った。


「効果確認っ! 初手は潰した。桔梗、次のパターンは?」

「左翼後方、大型のミノタウロス混成部隊、三十秒後に第二防衛ライン到達と予測。右翼の防衛ラインには、物理抵抗の高いゴーレムが出現。チッ、予定より一分早い」


 思案に回せる時間は、ほぼない。即座に桔梗は答えを出した。


「限定スキル『森羅万象図解絵巻アーカーシャ・クロニクル』を今、ウチに使わせろ。あいつらの属性弱点を解析して、効率よくリソースを撃つ。あの石頭どもが張り付いてくる前に、突き崩す!」


 いつもと違う厳しい口調、本気の顔つきだった。


「了解だ、桔梗くん! 解析終わるまで、アゲハちゃん、右のゴーレムお願いできる!? 熊太郎くんはミノタウロス部隊を!」

「っしゃあ! 任せな、陽ちゃん! あいつら、あたしの美声シャワーで骨抜きにしてやんよ! 燃え上がれっ、フレイムバウト!」

「うおおおお! 我が筋肉の全てをここに捧げる! 神々よ、我に力をォォォ!! カモン、マッスルゥゥゥ!!!」


 熊太郎が最前線に躍り出る。巨体は、まさに鉄壁豪風。特製肉斬包丁がミノタウロスの突撃をはじき返した。

 陽平も漆黒のウォーハンマーを振るい、トラップをくぐり抜けてくる魔物を次々と打ち砕く。プレイヤーたちも、必死に応戦。


「くっ……戦場に芸術性を呼び起こしてやるよ、ウチがね」


 解析の反動で、頭に激痛が走る桔梗。それでも眼はギラついていた。

 一定時間の解析能力を、徹底的に活かす。


「いいかい、ボスが来るまで殺しまくる。殺して、殺して……最期の夜を、奴らの血で赤く染めるんだ」


 それこそが桔梗の策。城で守るのではない。

 城を使い、いかに敵を殺すか。


 神々からのコメントも、戦場報告と応援と絶叫の嵐。


 『行けぇアストロ・ノーヴァ! 我らを失望させるなっ!』

 『アゲハちゃん素敵だよ、マジでバフ効果エグいから! うちらの加護、もっと送るからがんばって!』

 『熊太郎、お前の筋肉こそ至高! その背中に続け!』

 『桔梗、神掛かってるぜ。いいか、出し惜しみするな! 一度崩れたら早いぞ』

 『陽平! 笑え! 最後まで、お前らしく輝け! やばい後ろだ!』


 だが、その時――ダンジョンの空気が一変した。

 それまでの魔物とは明らかに格の違う、巨大な影が、死骸の山を踏み越えて現れる。


 漆黒の鎧めいた甲殻に身を包み、鋭い爪と牙を持つ、まさに悪夢の具現。ダンジョンボス――『終焉を告げる獣帝ザ・ビースト』。


 見た瞬間、誰もが理解した。勝てるはずがない、と。


「嘘……でしょ……あんなの……」


 アゲハの歌声が、一瞬途切れる。

 獣帝ザ・ビーストの一薙ぎで、築き上げた防衛壁が、紙細工のように消し飛んだ。

 敵軍に突入されると拠点は炎に包まれ始め、アゲハのステージも、熊太郎のキッチンも、桔梗の描いた絵も、次々と破壊されていく。


「――総員、地下へ退避。最終作戦に移行する」


 桔梗の判断に、陽平はあらんかぎり喉を酷使した。


「みんなぁああ! プランFだぁああっ!」


 聞いたプレイヤーたちが、我に返り動き出す。幸いにも、指示が通りさえすれば、みんな身体が動いた。


「陽平、先に行きなよ」

「桔梗くん、ダメだ。一緒に逃げてくれ!」

「フン、一手読み間違えた。どうせ、切り札はさっき使ったから、ウチが残るのが最適解」

「いやだ! 頼む、ぼくと来いっ!」

「時間がないんだ。ああ、クソ、なんで笑う? ……キミのその笑顔、崩せなかったのが心残り」


 言い合いながらも、桔梗は大きな筆を振るい、次々に怪物たちを仕留めていく。最も早く強いのは、いつだって彼だった。


「さっき倒したゴーレムのコア、アレを誘爆させる。城に入る前にやらないとさ、意味ないんだ。ま、先に逝ってるよ」


 にやりと桔梗は、シニカルに笑った。


「今までの芸術代に――あとで、ウチのためだけに泣いてよね」


 桔梗は駆け抜けて、姿を消す。すぐに強烈な爆発が起きた。

 視界を遮る粉塵、凄まじい閃光が、獣帝ザ・ビーストを足止めする。流入してくる怪物の群れの波が和らいだ。


「そん、な……」

「なにをぼうっとしている、陽平っ! こっちへ来い! 仕掛けを起動できるのは、きみだけだぞ!」


 熊太郎は、殿を務めながらプレイヤーたちを逃がそうとする。


「おお、そうだ。陽平、一つ謝らねばならない」

「こんな時にやめてよ!」

「実はおれは――専属支援の神パトロンに逃げるよう誘われていた」


 陽平は絶句した。誘いを受けたのは、自分だけではなかった。


「恥ずかしながら、おれは迷ったのだ。あれだけ仲間のためと言っておきながら、迷った。おれを罵れ、怒れ、殴れ」

「そんなのっ……そうだ、ぼくだって実は誘われたんだ! すごく迷ったよ!」

「フハハッ……嘘をつくなッ! 陽平、きみは迷わないだろうが! きみはそんな男ではないのだ!」


 はっきりと熊太郎は断言した。逞しい背中が、筋肉が躍動していた。


「だから、おれはこれから償いをしようと思う。いいか、あくまで償いだぞ。限定スキル解放『揺るがぬ不退転の誓約テスタメント・オブ・アンブレイカル』ッ!」


 熊太郎の肉体から蒸気が立ち上る。決して退かぬという覚悟が、今までの積み上げた努力を昇華させた。


「フハハハハハッ、いいぞぉっ! 我は筋肉と共にここにありぃぃっ!! 神々よ、照覧あれっ! 我は殺し合いではなく、友のために逝くっ!」


 肉斬包丁を両手で握りしめて、咆哮を上げるとミノタウロスを見事解体。敵軍のなかへと駆け抜けて行った。


「くっ……ああ、笑顔だ! 笑え、笑え、笑え!」


 陽平は首を振る。形作る笑顔が、わずかに敵勢の猛攻を鈍らせる。

 そう、今や笑顔だけが彼の盾。


 アゲハも、満身創痍だった。

 高見台で歌い続けていたが、壁を這い上がる怪物や、飛翔してくる怪鳥までもが現れている。

 それでもなお、諦めようとしなかった。ボロボロの身体に鞭打ち、立ち上がる。


「あたしを、なめんじゃない! こちとら、空前絶後の超絶伝説級アイドルよ! ライブの途中で倒れてたまるかぁぁああ!」


 最後の叫びと同時に、全身全霊の魔力を炎に変えて打ち出した。

 火焔は群れを呑み込むと、獣帝ザ・ビーストに直撃する。だが、わずかに歩みが鈍くなっただけだった。


「ああ、もう……ごめんね。陽ちゃん、最後までって言ったのに」


 崩れ落ちるアゲハ。ステージの残骸に横たわり、もうマイクを握る力も残っていない。それでも唇は微かに動き、最期の歌を口ずさんでいた。


 ――大好きだった、陽ちゃん。ずっと一緒に、いたかったな。


 もう誰にも届かない。陽平にも。


「アゲハちゃんっ!!!」


 陽平は絶叫し、獣帝ザ・ビーストに向かって駆け出そうとする。

 そこを他のプレイヤーたちに羽交い締めにされ、地下へと引きずり込まれた。


「やめろ、離せ! アゲハちゃんが! 熊太郎くんも、桔梗くんもっ! みんな……みんながっ!!」

「陽平、しっかりしろ! お前じゃなければ、作戦が決行できないだろうがっ!」


 仲間の死を乗り越えろと?

 酷すぎる、どれだけ惨いことを要求するつもりなんだ。無理だ。こんな気持ちで笑顔を作ることなんて、到底――。


「いいか、ここは俺たちが守っておいてやる」

「ふざけた配信ばかりしやがったくせに、今更なんだ。責任取って走れっ!」


 ぶつけられた声。自分でなければならない理由。

 本命の罠は、トラップ製作者の陽平でなければ起動できない。


「くそ、くそ、くそぉ……っ!」


 悪態をつきながら駆け出した。城の地下には秘策が埋蔵されていた。

 これまで陽平たちが集めてきた、ありとあらゆる魔法素材。そこから、生み出された膨大なエネルギーを凝縮した、巨大な魔力爆弾。


 獣帝ザ・ビーストが城の中央に入り込んだ時。

 撤退ラインから起爆することで、致命的なダメージを与える。合図を出す観測は、空を飛ぶ妖精ピコ。


「今だピコ! 陽平っ!」

「お前なんかに……お前なんかに、みんなの想いを……壊されてたまるかぁぁぁ!!」


 レバーを下ろすと、城が大爆発を起こした。轟音と閃光の奔流が、獣帝の巨体を吹き飛ばす。ダンジョン全体が揺れたかと思うほどの衝撃。

 もうもうと立ち込める煙。誰もが息をのんで、爆心地を見つめた。


 遅れて、陽介も避難先の地下穴から顔を出した。


 だが――粉塵が晴れた先に立っていたのは、甲殻の数カ所が砕け、黒煙を上げながらも、未だ絶命には至らない獣帝ザ・ビーストの姿だった。


「――嘘、だろ」


 プレイヤーたちから漏れた絶望。

 陽平もまた、失意のまま膝から崩れ落ちた。


(……そんな。もう、何も残っていない。仲間も、希望も、何もかも)


 頬を伝う熱い雫。それはこの100日間で、初めて流した涙だった。


「ああ……カミサマ、どうか助けて。もう、ぼくには何も。ぼくのすべてを引き換えにしてもいいから……どうか、みんなをっ!」


 ただ純粋な、魂からの祈り。

 そこにコメントが、脳内に打たれた。


 『まだ、終わってない』


 それは、天宇受売命アメノウズメ――ミヤビの声だった。

 呼応するように、陽平を応援してきたであろう神々からも、途切れ途切れの、しかし熱い声援が届く。


 『そうだ! まだキミの“芸”は終わってないだろ!』

 『笑え、陽平! 我らに見せたあの太陽のような笑顔を!』

 『あんたの道のりは、なにひとつ無駄じゃなかった。そうでしょ!』


 陽平はカミサマたちの言葉に、耳を傾ける。

 こんな時だからこそ、笑え。お前の笑顔が、最後の希望になるかもしれない。


「みんな、頼む! ぼくがあそこに行くまで。なんとか時間を稼いでくれっ!」


 士気喪失していたプレイヤーたちが、一斉に陽平を見る。

 涙でぐしゃぐしゃになった顔だった。しかし、無理やり、不格好に、それでもわずかに口角を上げた。

 間違いなく、笑ったのだ。


 浮かぶ笑み、執念の【陽光の微笑み(最強)】が明確な意思を持って発動。残る全員を死地に送る。その決断を、陽平がした瞬間でもあった。


 起きたのは、最後の猛攻。獣帝ザ・ビーストに一斉に襲い掛かるプレイヤーたちの姿。

 彼らもまた、自分たちの神々にたくさんの加護を受け、輝きに満ちていた。


「うおおおおおっ! 行けぇ、陽平ェェェッ!!」

「俺たちの想い、無駄にすんじゃねえぞ!!」


 捨て身の突撃が、陽平にわずかな時間を与える。

 向かったのは、爆心地であるかつての『城』の、まだ崩れずに残っていた一番高い尖塔だった。


 そこには、陽平が作り上げた『究極の無駄作品DIY』が鎮座していた。

 アゲハのステージを支える、骨組みやギミックノウハウ。熊太郎が鍛え上げた金属。桔梗の教えてくれた計算。

 ――材料は、裏で仲間たちと協力して討伐した、ドラゴンの強靭な骨。


 神々の加護【創造の閃き】を限界まで使って鍛え上げた、巨大な一本槍。

 ステージ昇降の仕掛けを応用した、原始的ながらも、一点集中の破壊力を持つ……一発限りの射出装置しゅみのさくひんだった。


「これが……ぼくたちの……100日間の、全てだぁぁぁああああっ!!!」


 妖精ピコが、最後の力を振り絞る。巨大槍の切っ先一点だけに残る魔力エンチャントを極限集中して施した。


「陽平の工夫、ピコも学んだピコ!!」


 槍の照準を、傷つき、黒煙を上げる獣帝の甲殻の亀裂――あの巨大な魔力爆弾が生み出した、唯一の弱点へと定める。

 そして、トリガーを引いた。


 ――巨大なドラゴンの骨槍は、衝撃と同時に放たれ、ダンジョンの闇を切り裂き。一直線に、獣帝ザ・ビーストへと突き刺さった。


 甲殻をぶち破り、奥深くへと侵入し――心臓を抉り抜く。


「グォォオオオオオオッ!!?」


 断末魔の叫びともとれる震え、『終焉を告げる獣帝ザ・ビースト』の巨体が、ゆっくりと、確実に崩れ落ちていく。

 やがて、光の粒子となって霧散した。


 ――静寂。


 生き残ったプレイヤーたちは、ただ呆然と、その光景を見つめていた。

 実感と共に歓喜が広がっていく。


「…………やった……のか?」

「勝った……勝ったんだ、俺たち……」

「うそ? え、ほんとうに?」


 陽平は崩れ落ちそうになるのを、必死でこらえた。

 視界が霞む。もう、立っているのがやっとだった。


 街の紫色の空が、ゆっくりと晴れていく。住人たちは、100日ぶりに星々が光る空アストロを眺めていた。


 配信は、まだ続いている。

 妖精ピコは、ボロボロになりながらも、一部始終を捉えていた。


 陽平は、ピコに向かって、最後の力を振り絞って笑った。


「カミサマたち……ぼくたち、勝ったよ……。みんなの、おかげだ……ありがとう……」


 とうとう陽平の意識は、闇へと沈んでいった。


 『アストロ・ノーヴァ』最後のライヴ配信は、確かに伝説として語り継がれる。

 絶望的な状況下、最後のその瞬間まで笑顔と希望を捨てずに戦い抜いた、四人の異端児たちの物語として。

 世界の、人々の心の闇を打ち払う先駆け。人の時代に、神話が生まれた。

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