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第7話 決戦前夜~みんなの想いと、神の“バズり”の意味

 ニュー・アクツシティ、ダンジョン発生から90日目が過ぎた。

 終わりへの、カウントダウンは迫る。


 『アストロ・ノーヴァ』の秘密基地で語られるのは、101日目突入時の戦略。

 きっと作ったステージも、キッチンも、ホールも、何もかもが戦場になる。そもそもそのために作ったのだ。楽しさで全てを覆い隠してきた。


「ねえ、陽ちゃん。本当に『解散』とか書いちゃってよかったわけ? なんか、縁起悪くない?」


 彼らは「100日記念!アストロ・ノーヴァ解散(!?)涙と爆笑のグランドフィナーレ・スペシャル!」と銘打った、最後の大型コラボ配信を神々に告知していた。


「解散って言いたくなかった?」

「……うん」

「負けることなんて、考えたくないけどさ。勝ったら勝ったで解散だよ」

「そりゃ、そうなんだけどさ……。え、寂しいの、あたしだけ?」


 アゲハは、配信で使う小道具を準備しながら呟く。

 いつもよりメイクは控えめ、瞳がうるんでいた。


「ううん。ぼくも寂しいな。でも、そうだなあ。……きっと一緒だよ、どうなったとしても」

「本当に? ……一緒かな~、だって日常に戻ったら」

「大丈夫だよ。ぼくらはアイドルグループじゃないんだからさ。スキャンダルなし、制限もなし! やっちゃいけないことはなにもない!」


 思い切り、大きな声で陽平は言い切った。

 アゲハは目をぱちくりさせている。


「だからさ。解散宣言して、あとからやっぱなし! とか、もしかしたらアリじゃないかな」

「うん? う、うん、そう、かなぁ?」

「アリだよ、なんでもアリ。だから、先のことは……また考えようよ」


 どこか陽平は、自分に言い聞かせるようだった。まだ先があるかも、と。


「だから、最後まで『アストロ・ノーヴァ』らしく、派手にいこうよ」

「そか、『アストロ・ノーヴァ』らしく、か。……その方が陽ちゃんは、嬉しいんだよね?」

「……そうだね。ぼくは……楽しく最後までやれたほうが嬉しいよ」

「うん、わかった。……ま、そーねっ! どうせやるなら、あたしらのラストステージ、伝説にしてやんないとね!」


 いつもと変わらぬ陽平の姿に、アゲハは強気な笑顔を取り戻した。


 裏で、着々と決戦の準備を進めていく。


 シェルターは既に、陽平のDIYスキルと桔梗の戦術眼によって、難攻不落の要塞へと変貌を遂げている。

 無数のトラップ、計算され尽くした防衛ライン、仲間たちの能力を最大限に引き出すための設備。


(序盤のエリアを面白おかしく掌握しながら、カミサマを楽しませる。はは、無茶苦茶なプランだと思ってたけど、やった出来たじゃないか)


 ただ、可能性の突破口を開かんがために。


 熊太郎は、これまでの配信で得た神々の加護を注ぎ込み、メンバー全員分の特注武器と防具を鍛え上げていた。

 槌音は、決戦の訪れを告げるゴングのように響く。


「うぉぉおおっ、神々よ! 我が、筋肉の脈動を照覧あれっ! マッスルパワーのご加護をっ!」


 仲間の装備を作る、という一点において。

 チームで最も優れていたのは、熊太郎だった。料理もそう。常に彼は、みんなのために何かを作ろうとしていた。それが性に合っていた。戦うことよりも。


「ふぅ、振りつけ。一緒に考えてくれてありがとうね。あ、歌詞と曲? アハハ、カミサマと新曲考えるとか激ヤバだよね~」


 アゲハは、歌声とダンスに込める「想い」を極限まで高めようと、何度もパフォーマンス練習を繰り返す。

 元気な歌声は、仲間たちを鼓舞し、敵を鈍らせる、強力な大魔法となりつつあった。


「わあ、すっごい。今、人生で一番歌えてるわ~。あー、何で終わっちゃうんだろ」


 汗を拭きながら、ぼうっとする。心地よい充実感。


「え、解散しないでって? うん、したくないな。お願い。誰か、叶えてよ、カミサマ」


 妖精に向かって、ウインクする。

 だが、向き直る寸前に、わずかに素の少女の顔が垣間見えた。目元に雫が光った。


 桔梗は、これまでのダンジョン情報と、神々から得た敵軍のデータを元に、寸分の狂いもない最終防衛戦術図を完成させようとしていた。

 ペン先から生み出される線は、まっすぐで迷いがない。


「ふうん。正直に言えば、軍勢をイラストにして見せてあげるよ。だから、言いなよ。ウチに白状しちゃえ」


 玩ぶような挑発的な口調、桔梗は妖精を流し目で見る。


「別にいいでしょ、ダンジョンの攻略情報を言えってんじゃない。101日目で見たことを語れって言ってんの。わかる? ルール違反じゃないんでしょ?」


 桔梗はカミサマたちの制約ぎりぎりまで、情報を搾り取る。どこまでが許されるか限りなく分析していた。


「フフ、いい子じゃん。あとでご褒美あげるから、せいぜい荒い息出してなよ。変態ちゃんたち」


 地図に書き加えられた作戦案、これが命運を分けるかもしれない。絵以外のものへの情熱が、桔梗の胸を焦した。


「ああ、そうさっ! ボスだ、現れるボスさえ倒せば無駄にはならないっ! ……これがウチが贈れる最後の芸術になる」


 神々からの加護も、これまでの面白い配信への『対価』として、かつてないほど注がれていた。

 新たに覚醒するスキル群によって、陽平たちは『戦う力』を得た。たとえ気まぐれな、神々の慈悲だとしても、使えるものはなんでも使うつもりだった。


 ここ数日間で変化も起きた。

 終末が近付き、攻略を諦めた他のプレイヤーたちが、協力を申し出始めたのだ。


「今までバカにして悪かったよ、確かに防衛コレしかねえかもしれない」

「オレは……あんたらのやり方が、正しかったとは今でも思えねえ。攻略で死んだ友達もいる。けどっ、どうせ死ぬなら、最後まで足掻きたい」

「俺たちにも、何か手伝わせてくれ!」


 最初は数人だった協力者も、次第に十数人へと増えてく。


 陽平の【陽光の微笑み】も、パワーが最強まで成長している。それが絶望しかけていた彼らの心を、前へと向かせる源となっていた。


(これじゃ、ますます笑顔をなくせないよなぁ。女神さまも厳しいことをするもんだなぁ)


 陽平は気付いていた。

 これは、ただ笑顔に力を持たせるスキルではない。『誰かの前で笑顔で在り続ける生き方』を強いる祝福。笑顔に意味を与える呪い。

 そのように生きなさい、と。本当に、悔いなく全力を尽くそうとするならば、楽しいを誰かに届けんとするならば。

 いついかなる時も、その想いを絶やしてはならないという……。


 いわば、『天地を沸かす神楽乙女』による試練だった。


 決戦前夜も、陽平は鍛錬をしていた。

 最近は、地上の施設にも帰っていない。そんな暇もないほどに、己を酷使していた。


「陽平、ダメピコよ。本番でへばったら元も子もないピコ~!」

「でも、まあ。100日目は、その時が来るまで身体を休められるから」


 手足に巻かれた包帯が、課した鍛錬の過酷さを物語る。


「さて、戻る前に笑顔だ。顔がね、なんかもう、たまによくわかんなくなるんだよね」

「……たまには、クヨクヨしてもいいと思うピコ」

「ダメでしょ、もう前日だもん。クヨクヨしていい時期過ぎちゃった」


 それに、と陽平は付け足す。


「やせ我慢の練習さ。死ぬ間際に、みんなの前で泣きごとなんて言わないように、ね」

「――『みんな』とは、仲間のことですか? それとも、神々の?」


 聞き慣れた、柔らかな声。

 振り返ると、そこには心の支えであった女の子――ミヤビが立っていた。

 しかし、今日の彼女はいつにも増して儚げで、瞳に深い悲しみの色が宿る。


「……え、なんで? ここは……ダンジョンなのに」


 陽平は驚きを隠せない。ミヤビはプレイヤーではないはずだ。

 プレイヤー以外の人間が、ダンジョンに入れるとは聞いていない。一方、妖精ピコは指摘もせず、恭しく一礼した。


「ごめんなさい、あなたの前では……普通の女の子でいたかったのだけど。でも、あなたが地上に来てくれなくなったから」

「え、え? ああ、うん。それは……ごめん?」


 わけがわからないまま、陽平は謝った。

 地上に戻らなかったのは、忙しかったからもある。でも、内心ではミヤビを避けていた。

 たまに、泣きそうになってしまったから。本当に弱音を何もかも、こぼしそうになってしまったから。


「わたしは、あなたに謝らねばならないの」

「……どうして?」

「あなたに力を与えた『天地を沸かす神楽乙女』とは、わたしだから」


 告げられた言葉。

 訪れた静寂のなかで、陽平はなぜかあまり驚けない自分に気付いた。

 理由もわかった。薄々わかっていたからだ。きっと、ミヤビは普通の人間ではないと。

 ずっと、誰かに見守られている実感のなかで、共通性を覚えていた。


 ただ、そう。気付いてしまいたくなかった。


「陽平くん。わたしが与えた力の本質、すでに気付いているのでしょう?」

「うん。ぼくが……自分が決めた生き様ライヴを貫き続ける限り、働く力。カミサマたちを楽しませ続け、仲間の前でも笑顔でいろって言う」

「そう。神の加護の本質とは、その者に与える試練さだめ。生き方を規定し、達成を見定めるもの」


 加護は便利な力ではなかった。思っていたものとは全然違った。


「きっとみんなもそうなんだね。アゲハちゃんは『アイドルでなければならない』し、熊太郎くんも『己を高め続けなければならない』んだ。……桔梗くんも『孤高で苛烈な芸術家』として生きる」

「神とはそういうものなの。こうあれかし、と定めることで力に形を与える」

「でも、なぜぼくだったの? えっと、ミヤビ……様?」

「うふふ、いつもみたいに呼んでいいわよ。……それはね、あなたがわたしの在り方に共鳴したから」


 暗き世界に、光明を取り戻す希望。

 愚かに身を投げ出して、恥を捨て、なりふり構わず、芸によって道を切り開かんとする。

 己がためではなく、ありとあらゆるすべてのために。


「無理だと思ったわ。絶対に途中で心が折れるって。でも、あなたはそうじゃなかったね」

「ぼくが折れたら……さすがに無責任すぎるよ」

「そう。責任感が強いのね。いえ、強すぎた、のね」


 感嘆に哀れみも浮かぶ。女神ミヤビは一つの提案をした。


「陽平くん。わたしと……逃げましょう」


 裏切りの誘い。今まで頑張ったすべてへの。


「まだ、間に合います。あなた一人ならば、この絶望の輪廻から救い出せる。他の誰にも知られずに、新しい世界へ――」

「ミヤビさん」


 陽平は優しく、きっぱりと遮った。


「ありがとう。その気持ちだけで、ぼくはもう十分に救われてる。でも、ぼくは行けないよ」

「なぜ……なぜなの? あなたが犠牲になったからといって、この街が救われる保証なんてどこにもない。あなたの優しさが、あなた自身を滅ぼすことになるのよ」


 ミヤビが、心の底から陽平の身を案じているのが伝わって来た。だからこそ、また決意が固まってしまった。


「ぼくが助かったとしても、仲間たち、街の人たち……ぼくを応援してくれたカミサマたちも、きっと笑えなくなる。そしたら、ぼくも笑えなくなっちゃうんだ」

「カミサマですか。神々はあなたたちを『おもちゃ』として弄んでいるだけかもしれないのに?」

「うん、そうかもしれないね。でも、ぼくたちのことを真剣に見てくれて、応援してくれたカミサマもいると思うよ」


 だって、あなたがそうだったから。

 陽平は揺らがない。瞳が、どこまでも澄んでいた。一点の曇りもなく。


「桔梗くんがね、前に言ってたんだ。カミサマたちは、きっとぼくらの鏡だと。ぶつけられた悪意や愚かさは、元々ぼくらが持っていたものだと」

「あの子がそんなことを……」

「そうかもしれないな、って思った。向き合えば、向き合うほど。だから、怖くもあったけど……とても愛おしいなとも思えた」

「わたしたちが、愛おし、い……?」


 立場が逆転していた。

 人の子が、神々を慈しむように語る。


「なぜ、このゲームが行われているかは、ぼくにはわからない。でも、頭のなかに響く色んな声は……良くも悪くも真っすぐだったよ」

「あなたは、神に許しを与えるとでも言うの? こんな残酷な扱いを受けて?」

「許しはしないよ。こんな……たくさんの犠牲が世界中で出たことはきっと許せない。でも、ミヤビさん。あなたがすべてを為したのかな?」


 女神ミヤビをして、答え難い問いかけだった。そうでもあり、そうでないのかもしれない。


「ほら、ぼくだってね。きっと、どこかで何かひどいことに加担してたのかも。見て見ぬ振りしたりさ。個人じゃ、どうにもできないことはあるんだ」

「……ひ、人の世の理屈で、神を語るなっ! わたしはっ! わたしはっ?!」


 思わず、動揺するミヤビに、陽平はやはり笑った。


「ぼくはミヤビさんに助けられた。心も含めて。だから、あなたを憎めない。それにね、ぼくがここで感じたあなたたちへの想いや、仲間たちとの絆は、絶対に本物だから。……カミサマ相手でも絶対に否定なんかさせないんだ」

「……っ」


 女神ミヤビは言葉を失う。なにか最も柔らかな部分に深く突き刺さった。


「だから、ぼくは最後まで、日向陽平として、仲間たちと一緒に戦う。それが、ぼくがぼくであるための、たった一つの答えライヴなんだ」


 ミヤビは静かに俯き、やがて顔を上げた。

 浮かんでいたのは、悲しみと諦め。そして、どこか誇らしげな眼差し。


「……わかりました。あなたの覚悟、しかと受け止めました。ならば、わたしも『天地を沸かす神楽乙女』として。いえ、『天宇受売命アメノウズメ』として、あなたの生き様ライヴを、最後まで見届けましょう。そして、その輝きを一瞬でも長く、わたしにせて?」


 今までのなかでも、最も過酷な神からの要求だった。

 あまりにも非情な約束の強制。


「うん、約束する」


 だが、陽平は頷いた。ためらうことなく。


「絶対にやり遂げなさい。わたしは、必ずや神々の誰よりも盛大な祝福をあなたに贈りましょう」

「ありがとう、ミヤビさん。……大好きだよ」

「――えっ」

「みんなを笑顔にする存在、誰かの為に全力になれる芸の女神様。あなたのお話を聞けて、ぼくは勇気を貰えました」


 ――ずっと、好きだったよ。


 そんな告白に、女神ミヤビはふわりと微笑むと、光の粒子となって消えた。

 もう、ミヤビは陽平を決して逃がすまい。その覚悟を、誰よりも理解したから。


 足取り軽く、陽平がシェルターへと戻る。

 仲間たちが最後の晩餐の準備をしていた。熊太郎が腕によりをかけた特製フルコース。アゲハと桔梗が、ぎこちない手つきでテーブルセッティングをしている。


「お、陽平。おかえり! 遅かったな、ちょうど料理ができたところだぞ!」

「陽ちゃん、マジでチョー遅いー! もう、お腹ペコペコなんだけど!」

「遅れて登場して、主役のつもりかい? ま、座んなよ。隣を許してあげるから」


 いつもと変わらない、賑やかで温かい光景。誰も明日のことを、口にしない。


 四人は食卓を囲み、これまでの思い出を語り合った。初めてダンジョンに来た日のこと、初めて配信した時の緊張。

 最初のコラボ配信、神々からの無茶振りがひどかったこと。一緒に笑い、時にはぶつかり合った日々。


 話は尽きることがないように思えたが、やがて言葉は途切れ、静寂が訪れる。……ああ、この宴も終わりだ。


「みんな。ありがとう。ぼくは、最高の仲間に巡り合えた。この100日間、本当に楽しかった」

「陽ちゃん……」

「明日、ぼくらは死ぬかもしれない。ううん、たぶん、死ぬだろうね。でも、ぼくは後悔してない。ぼくたちは、全力で生きたから」

「うおおお……陽平……っ!」

「最後まで、ぼくたちらしくいよう。そして、もし……もし、この戦いの先に何かがあるのなら、またみんなで、くだらないことで笑い合いたいな」


 アゲハの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。大声を上げて泣いている熊太郎。桔梗は顔を伏せ、肩を震わせていた。

 ただ、陽平だけがそんななかでも笑っている。


 ――決戦の時が来た。

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