「あれ?」
転移で降り立った場所は目的の街からまだ数㎞以上離れた草原。どういうことだ?
「おい、カーズ、なんかえらく離れた場所じゃないか?」
不思議そうな顔をして俺、カーズに尋ねてきたこいつはエリック。この世界ニルヴァーナで最初に仲良くなった冒険者の友人だ。
「変だな……」
「何が? 転移に失敗したの?」
俺にそう訊いて来たハーフエルフの女性はユズリハ。エリックとは幼馴染で腐れ縁の冒険者だ。
「いや……、何かの干渉を受けたみたいだ。俺はギルド前に転移したはずなのに……」
無理矢理転移先を捻じ曲げられた様な、奇妙な感覚が残っている。どう考えても他者の介入があった。魔力の波長を変えられた様な感じだ。
「そのようですね……。それにもうそこまで来ているようです。姿を見せなさい!」
女神アリアが離れた空間に向けて叫ぶと、その虚空に黒い
この女神アリアから血と神格を受け継いだ俺は、彼女とは弟のような関係になっている。
「ククク……、さすがは腐っても神。よく気付いたものだ」
「テメーか、ナギストリア……。何の用だ?」
傷は癒えているが、やはり封印術の影響で大幅に力は落ちているな……。コイツは俺の過去の数千年に及ぶ心の中に存在し続けていた闇の部分の様な存在だ。
「アレが、過去のカーズ?! ……確かに前の姿に似てなくもない、かもだけど……」
彼女、アヤは以前の俺を知っている。でもあんなに陰険な見た目じゃなかったけどな。
「過去のお姿も素敵ですが……。禍々しすぎますね、あのオーラは……。やっぱり今の美女の様な美しいお姿の方が、わたくしは素敵だと思います!」
俺が新名を与えたエルフのディードが口を開く。しかしこいつは何を言ってるんだろうか? そして俺の見た目には触れないで欲しい。
ヤツが既に背から抜いている黒い大剣も元通りに修復されているし、漆黒の甲冑も同様だ。どうせあの三神のやったことだろう。
「力の大半を大神に奪われたのだ。それを補うため、貴様の神格を奪いに来てやったのだ。カーズ、俺の半身よ。他の奴らに用などない」
コイツ……、マジで舐めてるんだな……。天界での俺は儀式で弱っていた。実力など全く発揮できなかったとはいえ、そこまで舐め腐ってわざわざ出て来るとは。だがこれはいいチャンスだ。コイツ一人にこんな芸当が出来る訳がない、手引きした連中が必ず何処か近くにいるはずだ。
「テメー、舐めてんじゃねえぞ!!」
「一人で来るとはいい度胸ね。アンタ達の下らないお遊びに付き合わされたお礼をしてやるわ!」
エリックにユズリハはすぐに火が付くな……。だが危険だ。
「待て二人共、アイツは神気を操れる。悪いがこれは神格を持っていないお前達じゃどうしようもないんだ。アリア、みんなを神気結界で守ってくれ、こいつは俺がやる」
「そいつは、凄く嫌な感じがするの……。カーズ、気を付けて……」
心配そうにアヤが伝えて来た。
「ああ、大丈夫だから。アリアの後ろにいてくれ。アリア、任せたからな!」
「危険です! 一人でいくなんて!」
「そろそろ弟を信じろよなー、まあ見てろって」
「はあ、仕方ないですね……、言い出したら聞きませんし……。多重神気結界!!! これで此方は大丈夫です。気を付けていくのですよ!」
強靭な結界を幾重にも展開したアリアに手を振ってから、ナギストリアへと歩み寄る。
「俺の……、みんなが託してくれた大切な神格を奪う……? それで失った力を取り戻そうってか? ふざけるなよ、相当舐めてるんだな……!」
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心の奥底に眠る神格を解放、爆発させ、燃え上がった神気を全力で放つ。それと同時に体に装着される、銀に真紅のデザインが施された天上の神々が纏う神力の輝く鎧、
「アレが、神衣ってやつか…? とんでもない力を感じるぜ……」
「カーズ様が負けるなど、ありえません!」
エリックとディードの声が聞こえる。ああ、絶対に負けねえよ。
「フッ、天界での貴様は儀式の影響でお荷物だったな。今なら全力を出せると言いたいようだが、後悔するがいい!」
「いつまでもあの時のままだと思うな。俺はお前をぶった斬るのに最早何の躊躇もない。来い、神剣ニルヴァーナ!」
目の前に顕現される、輝く銀と真紅のオーラを纏う俺だけの神器。やはり凄まじい力を感じる。そしてその炎と冷気のリングに覆われた黄金の柄を左手でガシッと強く掴む。実戦では初めて使うというのに、これまでずっと使って来たかのように手に馴染む。さすがだよ、鍛冶の神ファーヌス。アンタの最高傑作、ありがたく使わせてもらうぜ!
「神器を手にしたところで貴様に何ができる、まずはこいつを受けろ!
ゴオオオゥッ!
天界で放った技か。奴を中心に黒い神気の衝撃波が放たれて来る。
「アストラリア流ソードスキル、クリムゾン・エッジ!」
ズヴァアン!!!
超高熱の刃で、目の前に迫り来るヤツが放った衝撃波を縦に地面ごと斬り裂き、破壊する!
「何ィ!?
「それはもう見たんだよ。全方位に地上と地下から神気を走らせ、その衝撃で上へと吹き飛ばす。多人数相手の不意打ちには有効だが、たった一人に放つには無駄が大き過ぎる。目の前の薄い衝撃波のみを破壊すれば事足りる。ならこちらから行かせてもらうぜ、あの時の借りをキッチリ返してやらあ! アストラリア流ソードスキル!」
ヤツに向け、加速スキルの
「アストラリア流など通用せんと言ったはずだ!!」
ズガガガシュッ!!! バキィン!!!
「
「ぐっ、何だ今の、は…!?」
上下からの神狼の牙、同時二連撃を二発、4連斬。既存の二連撃しか防げなかったヤツの左の肩鎧を砕き、肉体に斬撃が入った。鮮血が飛び散り、ナギストリアが片膝を着く。
「お前は既存の基本技を知っているだけに過ぎん。何もわかっちゃいない。俺も以前はそうだったけどな。アリアが生み出した、神の流派がそんなに浅い訳がないだろうが。それにお前が知っていると勘違いしているのは俺が放ったことがある技のみ。俺は大剣スキルを使っていない。見て知っているのは
「くっ、小癪なっ!!」
ドッ!! ズドドドドドシュッ!!!
「
「うぐっ、…がっ…!」
嵐の様な突きの6連打。数発は防御されたが、ヤツの甲冑を突き破り肉体へと刺突が突き刺さる! だが、まだこんなもんじゃ終わらないぜ!!
ズザンッ!!!! バキィイイイーン!!!
「ぐ、がはっ…、何だ…!? 今の連撃は……?」
「
こいつは俺のクソ親父の
「く…っ、いつの間にこんな力を……?!」
斬撃で体中は傷だらけ。鎧もまるで意味をなさない。それにヤツの大剣ではこの連撃スピードには対応出来はしない。
「テメーらが下らないことをやってる間に、こちとら神の試練に
ピキィイイン!!!
白く輝く鞘に、溜息が出るような美しい真紅の刀身が納められている刀へと変化した、俺の神器。手に取り前傾、利き手の左手を前に構え、抜刀術の体勢を取る。チキッ、右手の親指で剣の鍔を少しだけ持ち上げる。
「どうした? 抵抗しろよ、このままだと一方的だぜ」
「ぐ、おのれ……!」
「アストラリア流抜刀術」
ズドドドドドンッ!!!
ヤツの体へと次々に突き刺さるような衝撃波が叩き込まれる!
「がふっ……!?」
「
放った斬撃を更に神気と魔力で変化させ、銃の弾丸の様に相手に撃ち込む。俺のオリジナルだ。骨が砕けるほどの衝撃を撃ち込んだ。だがこいつはしぶとい、天界で目にしているからな。
「くそっ、ならば喰らえ! 黒の衝撃を!! ダーク・インパルス!!」
ドゴオオッ! パアーンッ!!!
ヤツの右掌から放たれた闇属性の衝撃・魔力撃を聖属性の魔力と神気を込めた左掌で叩き落す!
「な、あっ……?!」
「一度見たと言ったはずだ。対策してないとでも思ってるのか? 厨二野郎が。力が衰えているとはいえ、今迄の攻防でもう理解できた。お前は本来普通の人間。あの時は圧倒的な負の力でどうにかなっていたからわからなかったが……。お前と俺とじゃ戦闘経験の差が圧倒的に違うということがな。俺が神の試練でどんだけの数の魔物と闘ってきたと思ってるんだ? 神格が欲しいなら奪ってみせろよ。テメーはいつまでも過去の悲劇の主人公気取りのままなだけなんだよ!」
「ぐおおお!! おのれええええ!!!」
怒りに任せ暗黒剣で斬りかかって来る。だが上からの斬撃か、体勢から見え見えだ。
ガイィィーン!!
右手の鞘に納刀したニルヴァーナで受ける。
「バカめ! 刀を抜かずに防ぐとはな!」
「バカはテメーだよ、アストラリア流格闘スキル・奥義!」
ドゴオオオオオオオオオオオオオオンンッ!!!!
残った左手拳で、がら空きの胴体に風穴を空ける程の強烈なパワーを込めたアッパーカットで天高く撃ち上げる!!
「アルティメット・ヘヴン!」
「ぐはああああああっ!!!!」
ドゴォーーーーーン!!!
「がはあっ!!」
地面にクレーターが出来上がるほどの勢いで叩きつけられる。天高く撃ち上げた後に、一気に下界へと叩き落とされるかの様な凄まじい格闘スキル奥義。鎧はもう原型を留めていない。全身傷だらけで血塗れだ。だが執念で起き上がって来るナギストリア。そのタフさだけは称賛してやるよ。
「くっ、ならば…これを喰らうがいい……!」
大剣を突きを放つ様に構えた。アリア達の三位一体に破られたあの技か?
チキッ!
再び右手の親指で剣の鍔を少しだけ持ち上げ、抜刀の姿勢を取る!
「アストラリア流抜刀術・奥義……」
「
やはりか、突き出した大剣から極黒のエネルギー砲が放たれて来る!
「
ドンッ!! カッ!!!
そのエネルギーに向けて突進し、それを飲み込む程の巨大な斬撃痕を空間に刻む!!
キィーン!! グゴオオオオオオ――――ッ!!!!!
振り向き、納刀。その瞬間、刻んだ斬撃痕から吸い込まれたヤツの放った技、そして神龍の剣圧と魔力に神気の奔流が一気にナギストリアに向けて迸る!!
「うがあああああああっ!!!」
渦に巻き込まれ、吹き飛ぶナギストリア。最早ボロボロだ。こいつには邪神パズズから奪った神格しかない。他の力を大幅に封じられた以上、神格の差では全ての神々から少しずつ、大半をアリアから分け与えられた俺に勝てるはずなどない。
そして更に戦闘経験の差だ。俺もまだこの世界に戻って一ヶ月ほどだが、女神アリアとの稽古に邪神、魔人、神の試練に
「ぐっ、ハァ、ハァ……、おのれ……、カーズ……!」
「もうお前に勝ち目はねえよ。立ってるのもやっとだろ? いつまでも過去に縛られた亡霊はここで消してやる。俺もお前の持っている記憶は一通り追体験したが、はっきり言って飽きた! 前に進むためにも、下らん過去などさっさと忘れるに限る!」
「なんだ…、と、貴様はあれだけの悲劇を、経験しておきながら、下らない、だと……!」
「ああ、下らねえよ。ただの胸糞悪い黒歴史と同じだ。そしてそこをずっとぐるぐると回ってるテメーも下らねえ。惰弱なのはテメーの方だろ。戻れニルヴァーナ、ソードフォーム」
キィン!
片手剣の形状になった神剣の柄を両手で掴み、頭上高く掲げる。さあ正義の女神の奥義による断罪の一撃を受けて貰うぜ。
俺はほんの一月前は何の変哲もない、ただの病に苦しむ人間だった。有り体に言ってしまえば異世界転生ってやつだが、俺の物語は転生トラックや神の手違いで死んだとか、そんな単純なものじゃない。世界の因果や神々が関与した運命、一言じゃ言い表せないような複雑な事情が絡まり合って、俺は今この
これはそんな俺、カーズが紡ぎ、歩み始めることになった数奇な物語だ。
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「はぁ……」
面白くない、しんどい。なぜ毎日こんなに空虚なんだ。俺もう頑張ったよ、もう十分頑張って生きた。このクソゲーな世の中で、何とか惰性でも生活を送っている俺、
余りにも濃い、波瀾万丈過ぎる人生。最愛の人とは結ばれなかった、夢だったスポーツ選手も大怪我で断念した。女性関係はトラウマものばかり、忙し過ぎる生活や家族、親しい人達の死など不幸が幾重にも重なり、心身と精神のバランスが崩れ、鬱病を突然発症、そこからは毎日が地獄だ。教職に外国語が得意ってだけで就き、生活のため辞めるわけにもいかず何とか続けている、生徒は慕ってくれているが、とにかくしんどい。何がしんどいかって、全てがしんどいんだ。
心のバランスを保たなくてならないために安定剤を服用し、常に手放せない。他者ともある程度の距離を取って過ごしている。残りの人生を無気力に消化していく何とも言えない虚無感。何をやっても楽しくない、力が出ない。休んでもHPが回復しないようなもんだ。寝てもしっかり食べても全く回復しないんだ、むしろマイナス、所謂常時バッドステータス状態だ。
もう戻れないのに過去に常に後悔を感じ、悔しくて仕方ない。寝ても魘されるから自発的に寝れない。寝るのは睡眠薬を使って無理矢理だ。寝起きも最悪だ、悪夢に加え感情が不安定で体が重すぎて暫く動けないんだ。それでも日々は無常に過ぎていく、心身が常に重い、出口など何処にも見えない毎日。こんな風になってしまった弱者に世界は試練、いや地獄でしかない。それに中々理解もされない。
こんなはずじゃなかったのにな……。明るく、無邪気でスポーツも勉強も出来た。友人も沢山いていつも中心に自分がいた。どこからおかしくなってしまったのか……。わからない、だが何でもそつなくこなせていたそれなりのスペックがあった過去の自分と、今をどうしても比較してしまう。これも全部病気のせいだ。俺が何をしたって言うんだよ……。くそっ! 苦しい……。何で苦しい状態がずっと続くんだ、呼吸するのさえしんどいんだよ、どうやったら治るんだよ……。誰か助けてくれよ。神様なんざどんだけ祈ったって無駄だ。勝手に涙が滲む。
「あーあ、もし生まれ変われるなら、以前の元気な自分に戻りたい。それなら今出来ないことがたくさんできるのに……。それに過去に戻れたら、やり直したいこともたくさんだ……」
一人暮らしのマンションの部屋でそんなことを空想して過ごしたり、ゲームや本などのファンタジーな世界に思いを寄せる、それが終わらない現実からの、逃避の一番の方法だ。その日もいつものように空想に耽っていた、はずだった……。だがいつもと違った、突然ぐるりと視界が暗転して、いつの間にか意識を失ったのだ。
眩しい空間で目が覚めたとき目の前にいたのは、見たこともないような美しくも神々しい耀きを放つ女性。深紅の髪に目を奪われる、結ってもいないのにツインテールなくせ毛。にこにこと慈愛に満ちた笑顔で微笑みながらこちらを見つめている。どうやら此方が落ち着くのを待ってくれているようだ。なんだこの空間? ここがどこかは分からないが、とりあえず失礼だと思い、俺はむくりと起き上がった。切り替え、身についている社会人のサガだ。
「えーと、すみません。ここはどこですか? なぜ俺は一体こんなところに……。それにあなたは?」
「ようこそ私の空間へ! 私の名は正義と公平を司る女神アストラリアと申します。ずっと探し続けて、漸く見つけたあなたの願いを叶えるためにここへ案内しました。あなたがいつも焦がれていた、こことは異なる次元の世界に転生させて差し上げるためです。そこで心を病むことなどなく自由に生きてもらって構いませんよ。このサービスは天界でも初の試みなので、あなたしかその世界に転生はさせません。転生者が増えると世界が混乱しますしねー。あっ、もちろん病気は今すぐ完治させてあげますよ、はいっ、治しました! この世界であなたが負った身体的な傷跡は全て抹消して新しい肉体に特典もお付けしますよー。あとはちょっとしたサプライズもね! ブイブイ!」
ちょっと古臭いポーズでピースサインをする自称女神様。昭和かな? って、あの一瞬で治してくれたのか?? 一瞬手が光ったように見えただけだが。まあいいか。
だがそれなら! そんなの考えるまでもない。元気になって生まれ変われるなら、もう即答だ、一秒も迷わない! この世界なんてもう先が見えてるし、未練もない! そりゃあね、少々胡散臭いとは思うけどさ、ただの夢かも知れないし、ラノベとかでよくあるお約束的な展開だ。でも実際は俺が初めての転生者になるのか……。うん、悪くない。
「もし本当にそれが叶うのなら、迷いはありません。もう病気とかで苦しくて、生きるのも辛くて色々詰んでたので、新しく人生をやり直せるのならば是非お願いします!」
俺は深々と頭を下げた。胡散臭かろうが何だろうが、もう絶対にこれ以上病気で苦しみたくないし、もはや藁にも縋る思いだ。アストラリアは少し驚いた顔をしながらも笑顔で応えてくれた。
「わ~お、即答ですねー! 正直ですねー、そういう人、私は好きですよー!だからあなたの望む転生をお約束しましょう。ボーナス特典盛りだくさんで! あっ、ゲームは好きですか? 剣と魔法のファンタジー世界ですよー! 無双したくないですかー?」
段々とテンションが上がって崩れた喋りになっていく。多分これがこの女神様の素の口調なんだろう。軽い、何と言うかとってもノリが軽いんだわ。とても正義と公平を司るような女神様には見えない。しかもなぜ転生の仕事なんてしてるんだ? それに俺を探し続けてたとは? うーん謎だ。転生ってことは俺は死んだことになるのか? まあそれは今となってはどうでもいいか。もはやこんな世界にこれっぽっちの未練も全く微塵も更々ないのだから……。いや、教え子達のことは気にはなるか…、すまんなこんな先生で……。
「確かに、ファンタジー系のRPGは好きだなあ、ドラゴンのとか最後のファンタジーのとか。無双はどうかと思うけど。コツコツとレベリングも嫌いじゃないしなー」
少し考えながら顎に手をやって答える。
「新しい肉体ってことは容姿も変えられるんですよね?」
「もちろんですよー、ムフフー!」
自分の外見に対してそこまでのコンプレックスがあるわけではない。モテなかったというわけでもない、だけど老いていくのは嫌だな、体型が崩れるのも。常にベストな体型や状態を維持したい。せっかくだし新しく見た目も気分も変えてみたい。ちょっとワクワクしてきた。気分が高揚してくるし、本当に病気を治してくれたみたいだ、思考がクリアになって心も体も軽くなっている。
「なら歳を取りたくないので、不老不死で、そんで太らないとか、崩れない様な体質にしてください。見た目も新しく元気で自信も体力も漲っていた、18~20歳辺りで固定、今よりはちょいキレイ目にして、スラリとしたモデル体型でお願いします。それに折角のファンタジーなので赤い髪とか金髪とかにしてください」
こっちの要望にアストラリアはうんうんと、目をキラキラと輝かせて頷く。神様っていうか無邪気な女の子って感じだ。何だか親近感が湧く、不思議な方だな。
「なるほどなるほどー、いいですねーはっきりしてて。他にはありますかー? 何でも遠慮しないで言ってみてくださいねー」
うーん……、と頭を捻る。どうせならここでいい感じにスタート切りたいよな。後からやっぱこうでした、とかは嫌だしダサい。真面目に考えよう。と、暫く考え込む。
「そうですね、武器防具を度々買い替えたりするのも整備するのも面倒くさそうなので、ずっと使える武器防具で、でも重たい装備はしんどそうなので身軽な感じかな。同様に身軽ってことで、持ち物を収納できるような便利な機能があると助かります」
とりあえずはこんなとこかな、ラノベなんかじゃよくある展開だ。とアストラリアを見ると、彼女は満面の笑みで頷き、
「いいですねー、決断力もありますねー。これがあなたの生来の性格なんですねー。病気治ってよかったですね! ではでは抜けがあっても困りますし、装備も用意するのでー。どんな武器が使いたいですかー?」
そうか、そういう設定もあるな。でもそれならもう決めてある。
「やっぱファンタジーなんで剣ですね、カッコイイけど両手剣とかは扱いづらそうなんでオーソドックスな片手剣で。魔法も使えるなら使いたいし、
女神様なんだし、痛いデザインはさすがにないだろう。目の前にいるアストラリアは何とも形容し難い、白と赤を基調とした神々しいオシャレなドレスのような服を着ているんだし。
「OK、OK、じゃあ片手直剣で。それにやっぱり日本人と言えば刀ですよねー。なので日本刀もサービスしちゃいます! 更にサブウェポンとしてナイフもね」
「おぉう……、それは熱い! ありがとうございます。何だろう、久しぶりにワクワクしてきました!」
胸が高鳴る、ずっと忘れていた高揚感のある感情だ。
「アハハ、正直ですねー! あなたのことが本当に気に入っちゃいましたよ! あなたを見つけ出せて本当に良かったです。ではお任せください。前世での記憶からあなたが無意識に不都合と感じているものはきれいさっぱり封印しておきますから、新世界を目一杯楽しんで下さいね! それが神々の、そして私の願いでもありますから。それではいってらっしゃーい!」
その瞬間、急に目の前が点滅し始めた、更に目が眩むほど眩しい光に包まれる!
「うわっ! 何だこれっ?!」
ニコニコ笑顔で手を振るアストラリアがいる謎空間が消えていくのと同時に意識も遠のいていく。でも今の出来事が本当なら、目が覚めたときにはきっと新しい世界が広がっている。今回は病むことなく人生を楽しく明るく生きてやるんだ。そう願いながら、俺は意識を手放した。