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第12話 泣いている婚約者

 それから…ニルス様は私と学園ですれ違うこともなくなったし、靴箱で待っていることもしなくなったようだ。


 元々学年が一つ違うから会うことも早々ないのだ。休み時間や放課後の移動時間でも会うことはなく私は透明薬を使わずに真っ直ぐに家に帰れた。


 その代わりニルス様の祖父のアルトゥール様から手紙が届くようになった。

 内容はやはりお茶会の誘いだったがニルス様が喧嘩をしたと説明して会いに来れないと告げたらしい。


 それからアルトゥール様は寂しくてニルスはどうでも良いからわしと話をしようと書いてくるけど申し訳ありませんと謝罪の言葉を書き断り続けた。


 その間私は透明薬の研究を進めることができた。

 私さえこの世から消えて無くなれば他の人に迷惑をかけることもない。

 アンナ先輩を不快にさせることだってなくなるんだ。


 ニルス様は私がいなくなったらきっと他の人を見つけて公爵家を継ぐだろうし、カミラ姉様が結婚したらこのキルシュ侯爵家もやってけるだろう。サラは心配するだろうな。マリーも…。


 本当にそうなのかな?


 *

 次の日の昼休みに私はそっと階段を上がり2学年の教室を除く。そう言えば婚約者なのにクラスを聞いてなかった。


 階段の柱の影からそうっと覗いていると後ろからぼんと手を置かれ飛び上がる。


「きゃあ!!」


「おっと!」

 と言う人は金髪碧眼のニルス様に少し似たような美青年であり生徒会長でこの国の王子ヘルベルト・ヨーゼフ・ワイスその人であった。


 私は畏まり礼をする。


「どうかしたのかな?もしや…ニルスかい?」

 と見透かされあわあわとする。どう答えたらいいのだろう?


「あっ…あの…私…失礼なことを言ってしまってニルス様の機嫌を損ねたので…謝罪をと…」

 私何言ってるんだろう?悪いのは私の時間を拘束するニルス様だと言うのに。いつも謝ってしまう。


「ん?あいつ?だいたいいつも機嫌悪いから気にしなくてもいいのだよ!!?癖みたいなもんだよ!!…そういや今日は休んでるようだ!ああ、昨日からか?いや、その前からだったかな!?とにかくしばらく見ていないな!!」

 すると後ろから従者らしき人が耳打ちする。


「ヘルベルト様…ニルス様は1週間前から休んでおります」

 と言う。えっ?そんなに?


「ご病気なのですか?」

 と言うと


「仮病だろう!!」

 と言い切った!!


「なのであいつを引っ張って来てくれないか?今頃君に嫌われたとわんわん泣いていると思う」


「ええ!?」

 と困惑していると今度はアンナ先輩が前から現れる!!


「貴方…何してるの?こんなとこで?ここは2学年の教室があるのよ?1学年は下でしょ?それに私のヘルベルト様と親しげにしてどういうつもり?ニルス様に捨てられたからってヘルベルト様に乗り換えるなんて飛んだ悪女だわー!」

 と大声で言うから人がなんだとザワザワしてまずいと思った!


 このままじゃまた吐いてしまう!


「おお!我が愛しのアンナ!やきもちかい?仕方のない子だ!」


「ヘルベルト様!アンナはヘルベルト無しじゃ生きられなぁい!」

 と二人は目の前で熱い視線を交わし合っていたので私はささっと礼をしてから階段を駆け下り女子トイレに入り落ち着く。


「危なかった」

 人が集まる前に退散できて良かった。

 でも1週間も休んでるなんて。道理で接触が無いはずだ。


「………」

 私は覚悟を決め、ニルス様の所に行ってみようと思った。……でも正面から会いにくいしどうしようかな。


 あ!そうだ。透明薬があるじゃない!

 私はここ最近の研究の成果で透明薬の効果を3時間程引き延ばせられるようにはなっていた!


 *

 とりあえず放課後御者に公爵家に連れて行ってもらった。

 中へ通してもらい案内の人に


「ここでお待ちください!ニルス様や大旦那様に報告をして参ります!」

 と言われて応接間に通され私は薬を取り出して飲んだ。身体は5分で消え始める。

 そして暫くしたら大旦那様…アルトゥール様が従者とやってきたけど私がいないので


「おや?おらんではないか?」

 とキョロキョロとしている。


「あれ?お手洗いでしょうか?」

 と使用人も戸惑っている隙に扉からススッとしゃがんで這い出て私はニルス様のお部屋はどこかと彷徨う。するとお茶菓子を持ったメイドがいたので着いていくことにした。

 彼女は予想通り豪華な部屋の前に来るとノックした。


「ニルス様…お茶菓子をお持ちしました」

 と言い中から


「そこへ置いておけ…」

 と声がした。


「しかし、この前も一口も食べられていませんでした。夕飯もお残しになるしお医者様を呼んだ方が?」

 とメイドは焦るが


「うるさいな!!食べればいいんだろ!」

 ガチャっと扉が開いて不機嫌全開のニルス様がメイドを睨んでいる隙に私はまたしゃがんでお部屋に入り込んだ。


「とっとと行け!!」


「は、はい!申し訳ございません!!」

 とメイドは足早に去る。


 バタンと扉を閉め鍵を掛けるニルス様。しまった、どうやって出よう?


 ニルス様は怖い顔からすんと普通の表情になりどんどん眉が下がりとぼとぼと大きなベッドに座る。


「はぁーーーーーーーー………」

 と長いため息。

 暫くの沈黙の後、つっと涙が出て私は驚いた!!ええ!?なっ!泣いてる!!


「もうだめだ…死にたい。俺は最低だ。イサベルに合わせる顔がない!どうしたらいいかわからない!……マリアに相談に行ったらいないようだ。成仏でもしたのか?もうだめだ。ヘルベルトの馬鹿には絶対に相談したくないし…。


 大体あいつは俺が休んで生徒会の仕事が溜まって困るから学園に来させようとしている…。アンナもしつこいし…なんなんだ。


 …イサベルにもきっと嫌われた。俺は彼女が人混みが嫌いだとすら知らなかった!!入学式に遅刻したのも吐いたのもきっとそうだ」

 いや入学式はアンナ先輩のせいで遅れた。


「お祖父様はイサベルを茶会に呼べとうるさいし…シシリーは未だに俺を噛むし」

 まだ懐かれてないのか。


「……会えばまた俺はイサベルに酷いことを言ってしまう。もうだめだ。終わりだ!」

 と弱々しく涙を流している。

 これがニルス様だとは誰も思わないだろう!


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