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隷属者たちのレジサイド
隷属者たちのレジサイド
睦月稲荷
異世界ファンタジー戦記
2025年06月23日
公開日
1.1万字
連載中
アルファ歴2080年。世界は資源枯渇により血みどろの戦争が繰り広げていた。 ――そんな時、突如として空より半永久的エネルギーとなる物質「アストラダイト」が降り注ぐ。 これを牛耳る為、有用性をいち早く見出したヴィンザール帝国がアストラダイトを軍事転用させ、ヒト型戦術騎兵『ホプリテス』を開発。 圧倒的な力を誇るその巨大兵器は世界を次々と蹂躙。覇権国家となるのに時間はかからなかった。 しかしそれでも敵は多い。 そこで帝国が取った手段が、たとえ敵であっても与すれば自国民として受け入れ、功績次第で貴族として転用出来る政策。 これによって有能な人材ばかりが増えた帝国は世界征服を達成しようと試みた。 そんな中、帝国の最下層民【傷持ち】として最前線に送られていた少年兵器――アラヤは平和に生きられる場所を渇望していた。 理不尽ばかりが襲う人生。争いだけの日々。血と汗と土煙に塗れた体。 アラヤは果たして戦争のない世界に辿り着くことはできるのか…… ――絶望、逆境。平和を求めた友との願いを果たす為、彼は戦い続ける。

prologue

『――我らが敵を浄化せよ』


 辺り一面に命令が下る。

 もう嫌だ。

 首元に四本の線が刻印された十歳ほどの黒髪の少年兵器――ナインファイブ――が紅蓮の炎が街を焼く中を駆けながら心の中でそう呟く。

 白を基調としたヴィンザール帝国の軍服は煤で黒く染まり、銃を胸の前で抱える様に持つ手には血と汗が沁みついていた。ナインファイブが敵国の国民を殺していっているのだ。

 隣には、小隊である同じ少年兵器の少年――ナインスリーと少女――ナインフォーがいる。二人とも、ナインファイブと同様に苦悶の表情を浮かべていた。彼らの小隊長は既に死んでいる。

 リーダー亡き今、彼らはいつ死んでもおかしくない。


「きゃあッ!!」


 爆音が衝撃を伴いながら辺り一面に響き渡り、ナインフォーが倒れる。

 それに気を取られ、二人の少年が足を止めた瞬間、目の前に何かがぐちゃりと落ちてきた。足元を見ると、そこにはナインファイブと同じ、少年兵器が血みどろになって息絶えていた。もはや何度見たか分からない凄惨な死体。それでも一寸先はこうなっているかもしれないと考えると、ナインファイブの胸にせり上がってくるものがある。


 そしてその死体を作り出したのは、正面にいる四メートルほどの丸い体型をした兵士が操る敵国の旧型ヒト型戦術騎兵ホプリテスだ。

 四肢は太く、筋肉が幾重にも巻かれたような両腕の先には、超口径の銃口が手の部分に四つず付いている。動きはひどく鈍重。それでも、ずしん、ずしんと地面に罅が入るほどの足踏みは何物をも踏み潰す固い意志を感じさせる。

 コアであるアストラダイトは人の意志に感応して動くのだから、あながち間違いではないだろう。

 巨体なソレを見て、怯えぬ心は存在しない。煙の中でホプリテスの一ツ眼が赤く光るのが分かる。ホプリテスがナインファイブの姿を捉えたのだ。


「――隠れろッ!!」


 それを察知したと同時に、ナインファイブが指示を出す。そして、倒れていたナインフォーも含め、彼らは横の壊れた建物の陰にバッと身を隠した。

 数瞬遅れて、先程いた場所を大雨の様に弾丸が埋め尽くす。人を蹂躙し、都市を破壊し、国を落とす為の兵器がホプリテス。弾丸一つだけでも破壊力は甚大で、建物を次々と瓦礫に変えていく。

 ただの人の身、しかも子供でホプリテスを破壊せしめることなんて不可能に近い。


「くそ……!! ナインファイブどうする!?」

「わ、私たちここで死ぬのかな……」


 ホプリテスの駆動音が聞こえてくる。戦力差が分かっているからか、ゆっくり嬲るように近づいてきていた。


『さぁ出て来い、卑怯者が集まる帝国の少年兵器共! この街を荒らした貴様らを、無慈悲に無惨に殺してやろう! 矮小な貴様の身でも、我の溜飲が下がるモノよ!』


 搭乗しているホプリテスのオープンチャンネルから、怒り狂っている敵国兵士の言葉がビリビリと響き渡る。


「……俺が先行する。機会を見つけたら手助けしてくれ」

「そんな!? 死んじゃうよ!」

「どの道、このままここにいても死を待つだけだ。――なら、戦うしかない」


 ナインファイブは腰から手のひらサイズの筒状の機械を取り出してホプリテスの方へと投げる。筒はコロコロと転がり、ホプリテスの目の前で止まった。


『なんだ?』

「目を塞げ!」


 ナインファイブの声が響くと同時に、筒から電撃が飛び出し辺りを照らす。ホプリテスに認識と駆動の阻害を引き起こすのだ。


『チッ、小賢しいマネを!』


 一つしかないその武器。効果は数秒。今が最初で最後の機会となる。


「うおおおおお!」


 勢いよく飛び出し、ホプリテスに向かって走りながら銃弾を放つ。ホプリテスの弾幕と比べたら小雨ほどでしかない。効果も弱く、全て装甲に弾かれている。

 そしてホプリテスの眼前に来た時、ホプリテスの停止時間が終了した。ホプリテスは巨大な右手銃を鈍器と扱うべく、振り上げ勢いよく振り下ろす。


『くはははははは! くたばれゴミが――ッ!?』


 振り下ろしを、股下に滑り込むことで回避するナインファイブ。通り過ぎる際に、前に出ているホプリテスの左脚を右手で掴んで軸として回転。一瞬で後ろを取ったナインファイブは、腰から接着型爆弾を取り出し、ホプリテスの背面にある搭乗出入り口に貼り付けた。


『この……! 帝国の虫けら風情が!』


 ホプリテスが思いっきり体を捻り、ナインファイブを引き剥がす。宙に浮いたナインファイブを何も持っていない左腕で殴りつけた。

 ギリギリとの所で銃を挟んで盾としたが、衝撃の軽減は微々たるモノ。風を切り、ナインファイブは壁に叩きつけられた。


「カハッ!」


 壁は崩壊し、地面に身体を打ち付けるとナインファイブは喀血。顔面に自分の血が降り注ぐ。身体には木造家屋の破片が突き刺さり、全身が血で濡れていく。それでも骨は完全に折れてはおらず、致命的な負傷は無かった。軍服に備えられた衝撃拡散機構が働いた証拠だった。


「はぁはぁ……」

『まだ生きているとはな……。その服のおかげか? まぁ良い、すぐさま殺してやろう――』


 ホプリテスが大きな銃口をナインファイブに向ける。数秒後にはナインファイブは欠片しか残らないだろう。しかし今、生きているのならこの勝負はナインファイブの勝ちだ。


「やれ――」


 そう呟いた瞬間、ホプリテスの背後でナインスリーとナインフォーの銃弾が注がれた。そして貼り付けられた爆弾に着弾。大きな衝撃と爆炎がホプリテスを包み込んだ。


『ぐおおおおお!!』


 爆発によりホプリテスの動きが鈍くなる。搭乗入り口には穴が開き、ナインスリーたちの目にボロボロの敵国兵士が映った。


「貴様らァァァァ!」


 素の憤怒の声を上げ、かろうじて動く騎体を動かし、ナインスリーたちに向け左腕で薙ぐ。それをかろうじて躱すも、薙ぎ払った先の壁が壊れ破片がナインスリーたちに降り注いだ。それによりナインスリーたちが倒れる。


「はぁはぁ……! よくも我をコケにしてくれたな……!」


 倒れたナインスリーたちを見て、無残に散らしてやろうと考える敵国兵士。

 しかし、敵国兵士は忘れていた。最初に誰と争っていたのを。


「やらせるか!」

「――ッ!」


 血に染まったナインファイブがホプリテスに向かって駆ける。それに敵国兵士も気付くも、ダメージを負った騎体では兵士の反応に追いつけない。その隙を狙い、開いた搭乗口に飛び込んだ。

 右腰から拳銃を抜き、相手に突き付ける。


「き、貴様……!」


 無数の破片が身体に突き刺さった敵国兵士と、銃と瓦礫の破片が突き刺さったナインファイブ。お互い死に体だが、死ぬのは敵国兵士だけだった。


「……さようなら」


 一筋の涙を流しながら、ナインファイブが引き金を引く。乾いた音が鳴り響き、敵国兵士の額に穴が開いた。後頭部から血を流し、敵国兵士は力なく横たわった。

 それを見届けると、力尽きたのかナインファイブはホプリテスから落ちた。


「ナインファイブ!」

「大丈夫か!?」


 頭に血を流しながらナインスリーとナインフォーが駆け寄ってくる。


「……かろうじてなんとか。お前たちは……?」

「私は問題ないよ。ただのかすり傷」

「オレもだ」

「そっか……良かった」


 そうして、彼らはお互いに応急処置を行う。身体に包帯を巻かれながらナインファイブが見た景色は、爆炎と煙が立ち込める瓦礫の塊と化した街並み。散乱した敵味方の死体たち。

 浄化の名の下に行われる戦争と殲滅戦。それが、彼ら少年兵器が生きる場所だった。

 そんな中、ポツリとナインフォーが涙をにじませながら呟いた。


「……ねぇ私もう、戦いたくない。誰も殺したくない。死にたく、ない……!」

「……」

「ナインフォー……」


 ナインフォーの言葉に同意するように、ナインスリーも顔を悲痛に歪ませ、悲しそうにナインファイブが名前を呼ぶ。

 物心ついた時から戦場にいた彼ら。今日は生き延びられたが、次はどうか分からない。むしろ死ぬ確率の方が高い。しかし、それでも彼らは戦い続けなければならない。でないと、彼らに居場所はないのだ。

 誰も言葉を発せぬ中、サイレンが鳴り響いた。


『――浄化完了。我が帝国兵は直ちに帰投せよ』

「戻る、か……」

「うん……」


 命令が下り、涙をぬぐいながらのっそりとナインスリーとナインフォーが立ち上がる。その顔は無と化し、未来に絶望している様相だった。それを見て、ナインファイブが思わず叫んだ。


「戦わなくても生きていける場所がないなら、作ればいい!」

「え?」


 思わぬ叫びに二人が呆気にとられた様子になる。そして、ナインファイブの叫びを飲み込めたのか、ナインスリーの表情が怒りに染まっていく。


「そんなの無理に決まっているだろ! オレたち【傷持ちホープレス】に何が出来るって言うんだ!」

「……確かに、力もない俺たちじゃ無理な話かもしれない。でも、望まない限り絶対に見えない未来だ! 俺は必ず戦争のない世界で生きる!」

「そうなれる根拠は!?」

「ない!」


 声を荒げて疑問を叫ぶナインスリーが、ナインファイブの断言に言葉が出なくなる。

 根拠のない自信とはまさにこのこと。しかし、ナインスリーは不思議と納得してしまった。


「はぁ……、お前って奴は……」

「私も戦争のない世界見たい! その夢、私も乗っかるよ!」


 先程とは打って変わって、笑顔になったナインフォー。それにつられ、ナインスリーも笑う。


「いいよ分かった、オレも乗った」

「よし、じゃあ俺たちで戦争のない世界を作るぞ! それまで死ぬなよ!」

『了解!』


 絶望しかない戦火が舞う中、たった三人の子供たちの希望が生まれた。少年兵器であり、人間として認められていない彼ら。何かを成そうとするだけでも、不可能に近しい。それでも、彼らは希望を抱く。

 争いのない世界を望んで。


 ――アルファ歴二一一〇年。ヴィンザール帝国は、十二個目の敵対国家サルドーレを殲滅。都市部を破壊し、その国を手中に収めた。

 世界征服を目指すヴィンザール帝国の侵攻は、未だ止まらない。

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