目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第八話 公爵令嬢はただ穏やかに過ごしたい



「クロエ、調子はどうだ?」


 スティーブは、あれから度々、クロエの見舞いに訪れていた。

 悪魔の呪いは、かけられた本人に気取られると、解けなくなる。だから、クロエは自身の身体を蝕むものが呪いだとは、知らない。


 スティーブが呪いを解く方法を調べ、準備を始めてから、ひと月近くが経過していた。


「殿下……」


 クロエは、前回会った時よりも痩せ細っていた。

 それでも仮面を外さないクロエの微笑みに、スティーブの心は、ぎゅっと締め付けられる。


「今日は君の好きな花を持ってきたよ」

「……覚えていてくださったのですか」

「もちろんだ」


 クロエとスティーブが婚約を結んだときのこと。

 スティーブは、このエンゼルランプの花をクロエに渡し、こう言ったのだ。


 ――これから一生、命を賭して君を守ると約束する。


「……私は、君を守ると約束したのに。結局、自らの心の弱さにつけ込まれて、君をこんな目に。君を、ひどく傷つけて……全て私のせいだ」

「殿下。私の病気は、殿下のせいではありませんわ」


 スティーブは、悲しげに首を横に振るだけ。

 クロエは、浮かべていた微笑みを消すと、スティーブにひとつ、お願いをした。


「殿下。お願いがございます」

「何だ?」


 クロエの真剣な表情に、スティーブの心臓は、どくどくと嫌な音を立てる。


「もう……ここには来ないでください」


 隠すこともなくつらそうな表情をして、クロエは、静かにそう言った。

 スティーブは、焦って彼女に問う。


「……っ、何故だ?」

「殿下には、アメリア様がいらっしゃいます。想い人が、別の女性の元に通うなど……彼女には耐えられませんでしょう」

「クロエ、アメリアとは何もないんだ。私は、あの悪女に騙されて――」

「殿下。一度でも好いた女性のことを、悪く言うものではございませんよ」


 クロエは、どこまでも高潔で優しく、気丈だった。

 スティーブは、そんな彼女を裏切ってしまったことを、ただただ悔やむ。


「……それに。わたくし自身、殿下のお顔を見ていると、つらいのです。幸せだった時のことを思い出してしまって」


 クロエは目を瞑ると、愛おしいものを抱くように、しかし悲しそうに微笑んだ。

 スティーブは、クロエの微笑みに、彼女が素直に露わにし続けている感情の波に、胸をぎゅっと掴まれる。


「わたくしは……残された時間を、できるだけ穏やかに過ごしたいのです」

「……そうか。わかった」


 スティーブは、珍しく自分に感情を見せてくれたクロエの願いに、応えてあげたかった。

 それに、どのみち、しばらくここには来られなくなる。


「だが……あと一回。もう一度だけ、君に会いに来ても、いいだろうか」

「ええ。もう一度、殿下にお会いできる日を、楽しみにしております」


 スティーブは、公爵邸を後にした。

 時間がない。急がなくては、全てが手遅れになってしまう。


◇◆◇


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?