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第十一話 大切なものは、いつもすぐそばに


 そうしてスティーブは、ついにクロエに全てを話した。

 アメリアが悪魔だったこと。クロエに呪いをかけたこと。

 そして、この十ヶ月間のこと。


「呪いを解くために、不死鳥の涙が必要だったんだ」

「不死鳥の涙?」

「そう。呪いや毒、瀕死の重傷までも癒やすという、伝説の不死鳥」


 呪いについては、王宮の禁書庫ですぐに調べることができた。そして、人間や悪霊程度のかける弱い呪いなら、浄化したり跳ね返す手段も確立されている。

 しかし、アメリアほどの強力な悪魔がかけた呪いは、簡単には解けそうになかった。術者本人が解くか、もしくは、伝説にある不死鳥の涙を使うしかない。


「不死鳥の居場所は、王族にしか辿ることが出来ない。ようやく辿り着いたとしても、その巣はドラゴンに守られている」


 伝説は、真実だった。


 スティーブは、王族固有の魔力を頼りに、一人で不死鳥の巣を探し出した。

 何度もドラゴンに挑んでは負け、半年以上もその巣に通い続け、満身創痍になるまで一人で戦った。


 そして、彼はついにドラゴンに認められ、不死鳥に貴重な涙を分けてもらったのだ。

 こうして伝説を辿り、不死鳥に会うことができた勇者は、数百年ぶり――建国王以来だったという。


「私は……君が笑ってくれなくなったことを、ずっと寂しく思っていたんだ。だから、心の隙間から悪魔に侵入され、魅入られてしまった」

「申し訳ございません……わたくしが、殿下のお気持ちを察して差し上げられなかったせいで」

「いや、誓って君のせいではない。私自身の心の弱さが招いたことだ。けれど、もう迷わない」


 スティーブは、ベッドに身を起こしたクロエの髪に優しく触れ、ひと房すくいあげる。


「君が、私のために努力してくれていたことを知っている。君が、私を大切に思ってくれていたことを知っている。君が、つらくても人に甘えられない性分であることも、知っている」


 スティーブは、すくい上げたクロエの髪に、そっと口づけを落とした。

 クロエの瞳が、揺れる。感情を、隠すことなく。


「だから、もう一度――改めて約束するよ。これから一生、命を賭して君を守ると。そして、君がつらいときは……どうか私に、遠慮なく甘えてほしい」

「殿下……」

「君を失いかけて、ようやく気がついた。私は、クロエを、ずっと愛していたんだ。燃えるようにではなく、静かに、穏やかに。凪いだ心に染み渡るように――時間をかけて、ずっと」


 スティーブは、クロエの髪を、彼女の耳にかけた。

 クロエのルビーの瞳には、みるみるうちに涙が溜まってゆく。

 ずっとこらえていたものが、縁から溢れ出すように。


「そして、それは今もだ。クロエ……愛している。私と、結婚してくれ」


 こらえきれず、クロエの瞳から、大粒の涙がこぼれた。


「はい……! よろしく、お願い、致します……っ」


 スティーブが拭っても拭っても、その瞳からはあたたかな涙がどんどん溢れてくる。

 クロエは、泣きながら笑った。

 スティーブも、微笑んだまま、何故だか涙が出てきそうになる。


「スティーブ殿下……。わたくしも、ずっと、ずっと、貴方をお慕いしております」


 ――あの時の自分は、なんて愚かだったのだろう。こんなにも深く心地よい愛情が、いつもそばにあったのに。

 もう二度と、迷わない。

 クロエの潤んだ瞳を見つめて、スティーブは、心に固く誓ったのだった。


「クロエ……」


 スティーブは、クロエの頬に手を添える。

 クロエが目を閉じると、二人の唇が、再び近づいていった。


◇◆◇


 こうして。


 時が経ち、スティーブとクロエは、賢王、賢妃と呼ばれることとなった。

 二人は仲睦まじく寄り添い、子宝にも恵まれて、その治世を穏やかに終えたという。


 もう二度と、約束を違えることなく――。



(完)


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