出会ったその日にいきなりシャツを開いて体を確認し、わざわざ上司と寝てまでヘイデンの所属先を自分の所に変え、「気に入っているから」とかいう理由で班の移動も受け入れなかったのだ。
(つまりは俺の容姿がド好みで、俺に抱かれたいって思ってるってことなんだろ?)
認めよう。自分はこのイーサンという男にひどく惹かれている。それこそ自分のアイデンティティをひっくり返して、男を抱いてもいいと思えるくらいには。
(それに、いつも他人のためにばかり体を張っているこの人だって、少しは報われるべきなんじゃないだろうか?)
「お前……」
月明かりの下で、イーサンが驚愕したような表情で紫色の目を見開いている。
(分かるよ。今まで他人にしてやるばっかりで、自分が何かしてもらう機会なんて全くなかったんだろ? だったら俺がお前の願いを叶える最初の男に……)
「すまない。俺には男色の趣味って無いんだ」
「俺が最初の……はああぁ!?」
あまりにも予想外の返答に、ヘイデンは夜中にも関わらず思わず大声を上げてしまっていた。
「いやいや、あんた毎晩毎晩……ていうかゲイだって聞いたんですけど!?」
「え? あぁ、もしかしたら誰かにそんなこと言ったかも。その方が色々と都合が良かったもんでね」
「え、じゃあ別に男に抱かれたいとかは……?」
「ないない! なんか俺昔から男に言い寄られることが多くてさ、もしかして枕営業いけんじゃね? とか思いついてやってみたらこれが面白いくらいに上手くいっちゃって。利用できるもんは何でも利用するべきってんで、毎晩あんな感じになってたわけよ」
「え、でも……」
ひどく気持ち良さげなイーサンの声が耳に蘇り、ヘイデンは赤面しながらモジモジと視線をシーツの上に落とした。
「すごく良さそうな感じでしたけど……」
「あんなの演技に決まってるだろ? その方が相手も喜ぶし、俺のわがままも通りやすくなるってもんだからな。あいつら自分本位に腰振るばっかりで、ちっとも良くなんかなかったぜ」
イーサンはよっこらしょっとヘイデンの横をすり抜けてベッドから降りると、引き出しから何か取り出してヘイデンの右手に握らせた。
「……え、何ですかこれ?」
「この前俺が倒した食人植物の体にくっついてたんだ。あいつら地中を移動する際に稀にお宝を体に引っ掛けて来ることがあってさ。これは結構価値のある宝物のはずだ」
イーサンに握らされた金色に輝く装飾品のような宝物を興味深げにしげしげと眺めていたヘイデンだったが、ふと疑問に思って訝しげな表情でイーサンに視線を戻した。
「どうしてこれを俺に?」
「お前金が必要だったからここに来たんだろ? だったらさっさとそれを持って故郷に帰るんだ。本当は貴重な男手だったから一ヶ月ギリギリまで働いてもらうつもりだったんだが、俺のことが好きってんなら話は別だ。むしろここにいるのはお前がしんどいだろ? ノーマル相手に片想い状態なんてさ」
(あれ? なんか違うぞ? 思ってたのとなんか違う……)
なんとなく違和感を覚えてはいたのだが、ヘイデンはどうしても聞いておきたいことがあったため、自分の心に蓋をして質問を続けた。
「じゃあ、俺のことを気に入ったっていうのも、目的のための嘘……」
「いや、それは本当だ」
再び想定外の返答が返って来て、ヘイデンの心臓がドクンと跳ねた。
「それって……」
「体を見たのは男好き設定を裏付けるためのフェイクだったけど。非犯罪者の男がここに来るのは珍しいから、最初から好感度は高かったよ。あんまり純粋そうな雰囲気だったから、騙されて連れてこられたんじゃないかって心配になってさ。俺の側にいれば五体満足で帰れる保証はしてやれるし、その方がいいんじゃないかって思ったんだよ」
イーサンは貴重な宝物を握りしめて呆然としているヘイデンの肩を優しく押して、寝袋に戻るようそっと促した。
「良かったな、ちょうどいい宝物が見つかって。明日の臨時便でちゃんと帰るんだぞ」
ヘイデンが寝袋に潜り込んで少ししてから、隣ですやすやと安らかな寝息が聞こえ始めた。それと同時に先ほど蓋をした心の声がようやく聞こえる状態になって、ヘイデンは全身の血が沸騰しながら一気に顔まで逆流して来るのを感じた。
(なんってこった!!!)
イーサンがゲイだというのはただのフェイクで、自分のことを好きなんじゃないかというのもただのヘイデンの勘違いだった上、逆にゲイだと誤解される結果となってしまった!
(しかもなにが最悪って、俺自身は既にあいつに……)
どうしようもなく惹かれてしまっていた。肉体的にも精神的にも。
(なんて恐ろしい魔物なんだ! ノーマルのくせに数多のノーマルたちをそっちの道に引きずり込んでおいて、自分は涼しい顔で「男色の趣味は無い」だって?)
抱き合って触れ合いたいと切に願っても、こんなにこっぴどく振られた自分は、夜な夜な訪れる上司たちのようには彼を抱く権限を持たない、ただの一人の下っ端でしかなかった。
(おのれダンジョン外の魔物め。このままで済まされるだなんて思うなよ!)
◇
「犯罪歴はありません! 貧しい故郷を救うため、一攫千金を狙って来ました!」
「おお、三年ぶりの天然記念物じゃないか」
「天然記念物?」
「以前にもいたんだよ。お前みたいに犯罪者でないのに自ら志願してここに来た奴が。確かもう三年も前の話になるよな?」
「ヘイデンのことか?」
コルクのバインダーで顔を煽ぎながら、気だるげな様子で近付いて来る色男の言葉を聞いて、その新入りの若者はぱっと顔を輝かせた。
「あの方のことをご存知なのですか?」
「知ってるも何も、三年前にうちの班にいた若者で……そんな有名人だったの?」
「僕たちの故郷の英雄なんですよ! 税金が納められなくて追い出されそうになっていた街の人々を救って下さった恩人なんです」
「へぇ、金がいるんだってここに来ていたのはそういう訳があってのことだったんだな」
「とはいえ一難は逃れたものの、故郷が貧しいことには変わりなく、僕たちもヘイデン様の崇高な理念に従って故郷の復興のために立ち上がったというわけです。この後も僕に続いてたくさんの同志たちがここを訪れる予定です」
「ちょ、ちょっと待て! あいつが宝物を手に入れられたのはほんの偶然に過ぎなかったんだ。手軽に掘り出せる金鉱脈みたいな感覚で押し寄せられたら困るんだが……」
焦った様子のイーサンを見て、新入りの若者は不審げな表情をした。
「あれ、これからどんどん人がやって来ること、ご存知なかったんですか?」
「え?」
「ダンジョン開発機構は僕たちの会社が国から買い取って、民営化されることになったんですよ」
「ええっ!? そんな話一切聞いてないんですけど?」
「……組織に混乱を招くといけないと思ったんで、ギリギリまでトップシークレット扱いとさせて頂いていたんですよ」
なんだか聞き覚えのある声にイーサンがはっとして振り返ると、カーキ色の作業着の肩に金色の紋章を幾つもぶら下げて、背の高い金短髪の男が笑顔でこちらに近付いて来る所だった。
「ダンジョン開発機構新所長のヘイデンです。採掘現場の労働環境の改善を行い、より多くの人が安心してダンジョンに潜れる環境を整えることによって、結果的に貴重な宝物をより多く得られる組織を構築するという理念のもと、本日よりこちらに就任致しました。さっそくですがイーサン殿、今晩私の部屋に御足労願えますでしょうか?」
終わり。