目が覚めると猛烈に腹が減っていた。時計を見ると深夜だった。体を起こすと、広都も目を覚ました。
「おなかへった……」
「何か食べましょうか」
冷蔵庫には黒光りした重箱が入っている。中身はおせちだ。年末、広都が冷凍の「豪華特選おせち」を持ってきたのだ。何でも、出演している昼の情報番組の料理コーナーの、曜日違いの出演者が監修したおせちだという。
ぴかぴかの重箱の蓋を開けると、なかにはぎっしりと料理が詰められていた。
黒豆、かまぼこ、数の子、田づくり、昆布巻き、紅白なます、栗きんとん。おせち料理といえばこれというものから、スモークサーモン、オマールエビのグラタン、合鴨の香草マリネ、牛肉の赤ワインソースなど、洋風おせち的なメニューも豊富だった。
「何か複雑な味だけど美味しいよ」
広都は、さっそく祝箸で合鴨の香草マリネを口に運んでいた。俺は黒豆から食べる。日本酒が合いそうだと思って飲んでいると、すぐに酔いがまわった。顔が熱い。
いつの間にかテレビがついていた。深夜だが新春なので、豪華な演者が画面には映っている。心地良い気分でそれを見た。酔っているので、頭に内容は入ってこない。ぼんやりした頭でいると、広都に水を手渡された。
飲み干してから、彼に抱き着く。「ん?」と微笑みながら後頭部を撫でられる。俺が覚えているのはそこまでだ。どうやら寝落ちしたらしい
おせちを食べて、寝て。ひたすらこの繰り返しで正月は終わった。新年早々、まったりとしながら数日を過ごした。
「おせち美味しかったね。みーくんの安心するずぼら飯が、俺はいちばん好きだけど」
正月休みが終わり、出勤しようとする俺に広都が俺に言った。会社に行きたくなくなるようなことを言わないで欲しい。このままベッドに連れて行って、また爛れた時間を過ごしたい。
「出勤したくないです」
「そんなこと言ってると、本当に遅れるよ」
歪んでいる俺のネクタイを、彼が整えてくれる。ふぅ、と息を漏らしながら玄関の扉を開ける。朝日がまぶしい。
「いってきます」
振り返って彼に告げると、微笑みながら「いってらっしゃい、あなた♡」と茶目っ気たっぷりの顔で言われた。
パタンと扉が閉まる。
(あぁっ!!)
本当に行きたくない。ベッドへ行きたい。でもダメだ。俺は真面目な社会人で、本当にこのままでは時間に遅れそうなのだ。
涙を飲んで、俺は駅に向かって走り出した。
<了>