「今日は機嫌が悪いです」
うちに来て開口一番、初瀬がそう言った。
プロレスじゃなかったか……まぁ予想はしていた。
「配信見たよ」
「いつもはガデフラのこと気にしないくせに、珍しい。やっぱバイト仲間が出てるから?」
そう言えば俺の話が少し出ていたっけ。
「いや、そういうわけじゃ……そういうわけで間違いないな。におわせというか、ほぼ答えみたいなことを言ってたんだ。だから黒川が初瀬に迷惑かけないか見守ってた」
「におわせ? オーディションの結果はお披露目まで極秘って言われてるはずなのに、バイト先でしゃべったってこと?」
「守秘義務があるからはっきりとは言えないけどガデフラの生配信を見てくれ、って」
「その言い方はアウトだよ……」
初瀬は深くため息を吐き、頭を抱える。
先が思いやられる……どころではないだろう。
「今日の配信、ネットでは一応好感触みたいだぞ。そうなったのは、ほとんど初瀬のおかげと言っていいと思う」
「アドリブだったけど、うまくいって良かったわ。まぁあの場ではあれ以外の方法はなかったけどね」
「一歩間違ってたら大惨事だった。何度もガデフラを救えるなんて、さすがだな」
「もっと褒めて褒めて。配信終了後にメンバーやプロデューサーからめっちゃ褒めてもらったけど、まだまだ足りないよ~」
それからしばらく初瀬を称えるコメントを続け、機嫌が良くなるのを待った。
初瀬がだいぶいつもの調子を取り戻したところで、話を黒川に戻す。
「こう言ったらアレだけどさ、なんで黒川が新メンバーなんだ? あいつ全然アイドルっぽくないぞ」
「私は選考に関わってないから知らない。前に一回顔合わせしただけで、まだあの人のこと全然知らないのよ」
「顔合わせでの第一印象は?」
「美人でおとなしい。ルックス担当になってくれそうだけど、それが精いっぱいかな……程度の印象? 私の目も節穴ね。まさかいきなりあんな牙を剝いてくるタイプとは思わなかった」
「面接とはだいぶ違うこと言ってる、みたいな発言があったけど、キャラも違ったのかな?」
「プロデューサーがとにかく驚いてたから、たぶん違ったんでしょうね。芸能界で一癖も二癖もある人を長年見てきたプロデューサーが騙されたんだから、相当うまくやったのね」
「素直なやつではあるんだが、なかなかしたたかな部分もあるやつだからなぁ。これから大変だと思うぞ、黒川と一緒にアイドルをしていくのは」
「でしょうね。でも新メンバーになった限りは、一緒にやっていかないといけないのよ。それがチームというものだから」
「初瀬と黒川の対立構造が話題になってるから、しばらくセット売りされるかもしれないぞ」
「なるでしょうね。ちょっと憂鬱。ま、お仕事だからやりますけど」
話を遮るように俺のスマホに電話がかかってきた。
相手は……黒川!?
初瀬の表情がまた険しくなった。
スマホがテーブルの上に置いてあったせいで、誰からかかってきたのか、初瀬からも見えてしまったようだ。
「出ないの?」
「別にいいかな……」
「出なさいよ。ただし、スピーカーモードでね。どんな話をするか聞かせて」
有無を言わせぬ圧力に押され、電話に出る。
「もしもし……」
「あ、先輩? どうでした、見ましたか、あたしのアイドルデビューの様子」
「ああ、見たよ……」
「白ユリさんとバチバチにやり合うところどうでした? カッコ良くなかったですか? 今SNSをチェックしてるんですけど、あたしの話でもちきりですよ」
「たしかに話題になってるようだな」
「スタートダッシュ大成功って感じですよね。だけどプロデューサーにめっちゃ怒られたんですよ。しかも、楽屋に戻ったら、他のメンバー誰もいないんですよ。もうみんな帰ったって。新人に対してこれどうなんですか?」
初瀬に視線を向けると、スマホを取り出し何か文字を打ち込みだした。それを俺に見せてくる。
――ガデフラは仲良しグループじゃない。スタンドプレイでお説教されてるやつを待ってられるかよ。
と、公にはできない発言が書かれていた。
どうやら黒川に怒っているのは初瀬だけではなく、他メンバーも同じらしい。
「お前のアドリブに他のメンバーだって思うところがあったんだろ」
「ちっちっち、アドリブじゃなくて計画通りですよ。オーディションは清楚な感じで振る舞って、顔面一点突破で合格する。デビューしたら強烈なキャラで一気に人気者になる。みたいな感じを思い描いてました」
「それお前が一人で考えた計画だろ?」
「そうですよ。今のご時世、セルフプロデュースは大事な能力ですからね。あたしはそっち方面もすごいってことですね」
「そういうのをスタンドプレイって言うんだよ。周りからイヤがられるぞ」
「でもファンから喜んでもらえてるみたいだからいいんじゃないですか? まだよく知らないですけど、きっとこの世界はファンからの人気こそが大正義ですよ」
初瀬の顔を観ると、しかめっ面になっていた。
なにか言いたいが、うまく言葉にできないという感じだ。
その表情をなんとか翻訳し、俺なりに言葉にする。
「たしかにファン人気は正義かもしれない。だが、それさえあればなんとかなるなんて軽く思わない方がいい。初瀬リリも言ってただろ、アイドル舐めんな、って」
「舐めてませんよ。まぁ百歩譲って、人気以外の部分もたしかにあるかもしれないですけど、そこも問題ないです。根拠はないですけど、これから証明します」
「そういうのが舐めてるってことなんじゃないか?」
「先輩は白ユリさん派ですか?」
「そうだな」
「えーっ! なんでですか? 顔? ああいう顔の方が先輩は好みなんですか?」
今の話の流れ、顔関係ないよな?
もしかして、お前は意見が正しいかどうかを言っている人の顔で判断しているのか?
「まぁ先輩は花火さんの弟とはいえ、芸能界のことは詳しくないでしょうから、わからなくてもしかたないです。見ててくださいよ、あたしが天下取って、人気こそがすべて、人気は顔とキャラの濃さ、ってことを証明しますから。白ユリさんも抜いちゃって、ガデフラの主役になる日は遠くないですね」
「そうか……まぁ門外漢の俺の言葉は別にいいんだが、業界内の周囲の言葉には耳を傾けておけよ」
「ん? よくわからないけど、わかりました」
「それわかってないってことだよな?」
「そんなことより先輩、あたしと付き合いたくなりました? 美人なだけじゃなく、ガデフラの次期センターってブランドもついたんだから考えも変わったんじゃないですか?」
「余計に付き合いたくなくなったな。そもそもアイドルは恋愛禁止だろ?」
「そう言われてますけど、別にいいじゃないですか。彼氏の一人くらいいたって。他のメンバーだって、きっと恋人いますよ。たとえば、白ユリさん。あんないかにも“みなさんが求める理想のアイドルです”みたいな顔してても、プライベートでは彼氏の家に入り浸ってエロいことばっかしててもおかしくないです」
断言できるが、それは絶対にない。
「まだほとんど話したこともないんだろ? 憶測でそういうことは言わない方がいい。たとえ適当な発言でも、ガデフラのメンバーが言ったとなると根拠があると世間には思われるぞ」
「あ~言われてみれば。その辺は気を付けないといけないですね。アドバイスありがとうございます。やっぱなんだかんだ先輩はあたしのこと考えてくれてますね」
「いや、そんなこと全然考えてないが」
「またまた~。で、なんでしたっけ? あたしがアイドルになってブランド品になったから付き合うってことでいいんでしたっけ?」
「逆だよ、逆」
「もったいないですよ。あたしがめっちゃ売れてハリウッドデビューとかしたら、先輩以上のイケメンと結婚しちゃうかもしれませんよ? その時後悔しますって。今だとちゃちゃっと付き合えるんで、将来自慢になりますよ。俺、昔あのセレブと付き合ってたんだぜ、フラれたけど。って」
「そんな悲しい自慢する気ないから。……はぁ、もう切っていいかな?」
「はーい。おやすみなさい、ダーリン」
電話を切り、恐る恐る初瀬を見ると、怒りのあまり逆に笑顔になっていた。
「ただのバイト仲間じゃなくて、ずいぶんと親しそうね」
……そういえば、ネットには初瀬が怒るイメージがないと書いてあったな。
こういう姿は徹底して隠しているわけか。さすがだな。
ファンが見られない姿を見られて役得……なのか?
「絡まれてるだけだよ」
「交際を申し込まれていたようだけど?」
「申し込みまでは自由だからな」
「今後お付き合いする可能性は?」
「絶対にない」
きっぱりそう言うと、
「そう、なら私から言うことはもうないわ」
怒り笑いが張り付いていた初瀬の表情が少し緩んだ。
「藤城との話はまぁいいとして、あの子は問題があるように見える……問題しかないように思えるわね」
「一般人という立場なら悪いやつではないけど、アイドルという立場で考えたら、たしかにそうだな」
「……排除した方がいいのかしら」
「おいおい」
「八割くらい冗談よ。現実的に考えて、入ったばかりの子を辞めさせるなんてできるはずないでしょ?」
「二割は本気?」
「まぁね。ちょっと運営と話くらいはしてみようかな、と思ってる」
「あまり過激なことはするなよ?」
「しないわよ。黒川さんと違って、私は大人ですから」
大人、か……。
たしかにそうだ。初瀬は黒川と違い、大局を見て長い視野で物事を考えることができる。
だからこそ黒川に脅威を感じているのだろう。
去年の黒い交際騒動から始まった激動の時期がようやく落ち着き、ガデフラは回復期に入ったところだ。
そこで加入した新戦力は、実はいつ爆発するかわからない時限爆弾かもしれない。
それがわかれば、センターとしては気が気でないだろう。
初瀬への負担が大きくなることも、今後あるかもしれない。
うちに遊びにではなく、グチを言いに来る頻度も増えるのだろう。気分転換になりそうな新しいゲームをまとめて買っておこう。
ここは初瀬が羽を休めるための場所なのだから。