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第22話 鮮烈なデビュー

 元から美人ではあるが、ガデフラの衣装に身を包み、アイドルらしいメイクをした黒川は、すでに芸能人のオーラを纏っていた。

 風格、という言葉を使ってもいいかもしれない。

 コメント欄は「やっぱりあの子が採用されたか」というような書き込みが散見される。俺はまったく知らなかったが、最終オーディションは公開されていたらしく、追いかけていたファンたちからすれば納得の結果のようだ。

 たしかに顔だけはいいからな。顔“だけ”は……。

 しかし、俺が知る限りでは、黒川の性格はいわゆる“アイドルらしさ”とは対極に位置する。

 今のガデフラは初瀬をセンターにしているわけで、グループの色もそれに合わせたものになっているはずだ。黒川の加入は異物混入にならないだろうか?

 まぁ姉も初瀬も、プライベートと仕事で顔を使い分けてはいる。黒川もアイドルとしての顔を用意しているのかもしれない。


「じゃあ自己紹介をおねがいします」


 とスミレさんに振られ、黒川がマイクを手にする。


「みなさん、はじめましてっ! 鳴り物入りのスーパールーキー、ガデフラ期待の新星、黒川ユリ十八歳です。御覧のようにチャームポイントはこの顔! あとスタイルです!」


 胸を強調するポーズを取りながら、カメラに向かって決め顔をする。

 自分で褒め過ぎだろ。

 しかし、デビュー当日からこの堂々たる態度はなかなかすごいのではないだろうか。


「オーディションを見てくれてた人たちにはもうお馴染みかもしれないけど、そうじゃない視聴者も少なくないと思うから、アイドルになろうと思ったきっかけを教えてもらっていいかな?」

「高校中退してからフリーターだったんですけど」


 高校中退というパワーワードが出てきて、コメント欄がざわついている。

 飛ばしてるなぁ。

 心なしかスタジオも驚いてるみたいだし。

 すでに場は黒川のペースだ。

 はたしてそれは良い事なのか悪い事なのか……。


「でもフリーターって将来不安じゃないですか? だからって高校やり直すとかムリだし。やっぱ長所活かさないとな、って。で、あたしの長所って顔なんで。そしたらアイドルかなって」

「……なんかオーディションの時と全然違うこと言ってるんですけど」


 スミレさんの目が泳いでいる。もしかして、これ想定外の事態なのか?


「あたし、バイトいろいろしてきたので面接受かるコツしってるんですよね。相手が喜びそうなことを言うんです。アイドルの面接も同じ要領でいけました」


 たしかにうちの店の面接も割と適当言っていたらしく、「思ってたのと違った……」って店長が嘆いているのを聞いたことがある。


「なかなかおもしろい子ね。でも、アイドルは顔だけじゃ勤まらないわよ?」

「もちろんわかってます。顔で売ってるわけじゃなさそうなメンバーもいますもんね」

「えっと、それはどういう意味かな?」

「あたしの方が美人だなって程度の意味ですよ~。まぁさすがにセンターのりーりーさんはさすがの顔面偏差値かな。でもあたしとは系統が違うからまぁいっか。それで、えっと……ああ、そうだ。顔がいいからアイドルを目指したんですけど、なんでガデフラかっていったら、やっぱり前のセンターのあの人がやらかして人気が落ちてたからですね。なんかここなら入れそうって思って」

「そ、そうですか」


 カメラはさっきから黒川の顔だけを抜いている。スミレさんにも他のメンバーも映さない。もしかしたら、見せられない顔をしているのかもしれない。

 唯一の例外として、初瀬だけはたまにワンショットで映っている。禁忌であるはずの前のセンターの話が出ても、プロ根性で笑顔を作り続けている。


「じゃあ黒川さん、これからの意気込みとかってある?」

「まぁ歌もダンスも未経験なんでそこはあんまり期待しないでほしいですけど、ルックスだけは最強なんで。顔は裏切らないんでいくらでも期待してほしいですね。あ、あと、今のガデフラって水着の仕事やる人がいないらしいじゃないですか。あたし、おっぱいもすごいんで。なにせGカップ! グラビアとかもガンガンやってくつもりなんで、楽しみにしててほしいですね」

「水着の仕事はね……最近は担当がいないから」

「前のセンターの担当だったらしいですよね。あの人も巨乳だったらしくて。だから今は空席だって聞いてます。りーりーさんとか他の人たちも水着映えするおっぱいじゃないですし」

「ちょっと話題と言葉を選んでもらえるかな?」

「スミレさんでしたっけ?」

「私? そうだけど」

「スミレさんも前は水着やってたことあるって聞いたんですけど、なんでやめたんですか? アラサーだからですか? 最近って結構年増のグラドルいるし二十代のうちはセーフって思うんですけど、やっぱいろいろあるんですか?」

「ほぼ初対面なのに年齢弄りしないでもらえるかな……あ、えっとね、まぁいろいろあるのよ」

「そうなんですか? まぁとにかく、ガデフラ唯一のセクシー担当としてみんなのこと楽しませちゃうんで」


 黒川はカメラに向かってウインクし、再び胸を強調したポーズをとった。たしかにスタイルが良いのは否定しないが……いきなり谷間まで見せているのは、ちょっとサービス過剰過ぎないか?


「えっと次の質問は……これからの目標とか意気込みについて。グラビアに挑戦したいって話は聞いたから、他になにかあるかな?」

「やっぱセンターですね。アイドルになったからにはセンターになりたいなって。藤城花火さんみたいな絶対的センター。あたしのバイト先に花火さんの弟がいて、何度か花火さんが店に来たことあるんですけどね」


 あ……今一瞬初瀬の表情に揺らいだ。

 それでもすぐに立て直す辺りはさすがだ。


「花火さんってめっちゃオーラあるんですよ。あんな人になれたら人生最高に楽しいだろうな、って思うんです。だから、目指せ花火さんですね。そのために、ガデフラでセンターになりたいです。いきなりはさすがにムリだろうから、とりあえず次のランキングで五位以内に入って前列になるところですかね。次のランキングっていつ決まるんですか?」

「来月始まるのツアーで投票が行われて、千秋楽前日に発表されるわよ。それで最後の公演は最新のランキングを基に構成を変えることになってる」

「お、結構すぐですね。新人だからツアーだと四曲だけの参加ってプロデューサーに言われてるけど、前列になったらそうもいかないですよね。間に合うかな。ま、たぶん大丈夫かな、知らんけど」


 おそらくだが、ツアーで黒川が何曲参加するかって情報は、まだ正式に発表していないんじゃないだろうか? いいのか、さらっと口にしちゃって。


「そっか、がんばって……じゃあユリちゃんには一旦座ってもらって。あっちの端っこの末席に」


 なんかスミレさんの言葉に毒というか疲れが出てきている。

 気持ちはよくわかる。親近感沸くなぁ。


「ここからはユリちゃんのあだ名をみんなで考えましょうのコーナー。あ、ちなみに私はスミレ姐さんとか姐さんって呼ばれてるんだけど」

「あたしは本名が百合で芸名はそれをカタカナにしただけなんで、あだ名もそこを意識してほしいですね」

「それは難しいかな……」


 スミレさんや他のメンバーの顔は映っていないが、明らかに困っているはずだ。なにせセンターの名前が“リリ”で、あだ名がりーりーだ。明らかに百合の英語名の"Lily"を意識してつけられている。

 同じグループ内で、しかもセンターと新人のあだ名が被るのはダメだろう。

 しかし、メンバーたちの反応はともかく、視聴者からの反応は悪くない。

 さっきからの新人らしからぬ態度に「なんだこいつ」という反応もあるが「次になにをするのか?」という好奇心を刺激されている反応も少なくない。

 いや、どちらかと言えば、好意的なコメントの方が多いように見える。

 まだほんの数分しか話していないが、黒川はファンの心を掴んでしまっているようだ。


「あ、コメント欄に黒ユリって言うのがありましたよ。いいんじゃないですか、これ。りーりーさんが白ユリ的な感じで、あたしが黒? あははっ、おもしろいおもしろい。ダークヒーローみたいでカッコいいし、すごい気に入りました。あたしのあだ名、黒ユリでいいんじゃないですか? どうですか、白ユリさん」


 黒川が話を初瀬に振った。

 これまで初瀬はたびたび画面に映っていたが、笑顔を浮かべるだけで発言は控えていた。

 だが、こうなるとノーコメントは許されない。

 視聴者含め、全員が初瀬の反応を固唾を飲んで待つ。

 提案を受け入れるのか、拒否するのか。

 それは単にあだ名の話では済まないはずだ。これまでの黒川の態度を許すかどうかを含めての返事として受け取られるだろう。

 初瀬の対応ひとつで、黒川が今後どういう扱いになるのか決まると言っても過言ではない場面だ。


「どうぞご自由に」


 注目が集まる中、初瀬は余裕ある大人の態度でそう言った。

 まぁこういう時にもキレイなアイドルを貫くのが初瀬“リリ”だよな。


「でも、黒ユリちゃん、ひとつ覚えておいて」

「なんですか、白ユリさん」

「アイドル舐めんなよ」


 だけど、最後に少しだけ“莉莉”が出てきた。






 その後もハラハラとする場面はありながらも、誰かが怒りを露わにするような決定的なシーンはなく、一応は無事に番組は終わった。

 まぁ大人な対応が“無事”に終わらせてくれた……と言った方が正しいかもしれないが。

 はたしてどこまでが意図した演出であったのか? ネット上ではその話題で盛り上がっていた。


「――黒ユリヤバい。なんであんなのが合格なんだ?」

「――せっかく騒動から立ち直って来たのに黒ユリのせいでまた炎上しそう」

「――普通に考えて新人があんな態度とれるはずない。どう考えても演出」

「――たしかに。途中なんかほとんどりーりーと黒ユリしか映ってなかったし、意図的に対立構造作り出したって考えた方が自然かも」

「――プロレスってこと? それありそう」

「――りーりーが『アイドル舐めんなよ』って啖呵切ったところはぞくってしたけど、ちょっとキレイに決まりすぎてた感じする。全部台本通りってのは可能性は十分ある」

「――名前を出しちゃいけないあの人の騒動から回復してきたけど、全盛期と比べたら人気も話題性も落ちてるからな。今のガデフラって半分くらいりーりーじゃん。既存メンバーは安定はしてるけど伸びしろは“?”だから、覚醒剤になる新人がどうしても必要なのかもしれない」

「――覚醒剤じゃなくて起爆剤じゃね? どういう間違いだよw」

「――でも割とうまいw」


 という感じで黒川に批判的な声はあるものの、初瀬のヘイトコントロールがうまく機能しているようで、ガチ派とプロレス派は割と拮抗しているようだ。

 プロレスならプロレスでいいし、ガチならそれはそれでおもしろい……という意見も結構多い。

 総合すると、黒川はかなりウケている。

 この配信は炎上ギリギリで盛り上がっていて、SNSのトレンドでは“黒ユリ”、“黒川百合”、“ガデフラ”、“初瀬リリ”、“白ユリ”という順で上位を独占している。ド新人が初瀬よりも上になっているのだから、黒川の発言がプロレスであるならば最高という言葉では言い表せないほどうまくいったと言うべきだろう。

 ……プロレスであるならば。

 今日の仕事はこの番組で終わりだと初瀬が言っていた。番組は九時には終わって、十時前には帰宅できるはずだからそれからうちに来る……ということは事前に打ち合わせ済みだ。

 もし黒川の行動が台本でなくガチならば……荒れてるだろうなぁ。

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