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第21話 黒川百合

 最強寒波が東京を直撃したその日、俺は今年初のバイトに出ていた。

 なぜこんな日に働かなければいけないのか? 早く帰りたい。しかし、客足は少なく、ただ立っているだけで金がもらえることを考えれば、そう悪い事ばかりでもない。

 やることがなくあくびをしていると、いきなり後ろから抱き着かれた。


「先輩、今年も相変わらずイケメンですね!」


 いくら客がいないからといって、

 過剰なまでのスキンシップをして、そんなことを言ってくるやつはこの店に一人しかいない。

 黒川百合。

 俺より二歳年下のフリーターの女だ。

 顔は……まぁ客観的に見て、かなりの美人である。初瀬(ついでに姉)を見慣れている俺からしても、たまに見惚れてしまう程度には整っている。

 いくら初瀬一筋の俺とはいえ、それほどの美人に抱き着かれれば、さすがに思うところはある。

 黒川はやたらと胸がでかく、抱き着かれるとそれがよくわかってしまうのもあまりよろしくない。


「年が明けたくらいで顔は変わらん」


 黒川のペースに乗せられるわけにはいかないので塩対応を心がける。


「そう、顔面は安定ですからね。つまりあたしの顔面も安定ってことです」

「その自信はすごいな」

「そりゃ自信くらいありますよ。あたしのほぼ唯一の長所ですからね。あ、おっぱいも自慢ですけどね」


 そう言いながら、わざとらしく押し付けてくる。


「はいはい、それはすごいですね」


 少し流されそうになったが、もしこんなところを初瀬に見られたら……そう思うと自制心が働いた。黒川を振り払う。


「つれないですねぇ、先輩。そんなんじゃあたしの彼氏にしてあげないですよ?」

「別にしてほしくなんてないんだが?」

「あ、冗談で言ってると思ってますね? ガチですよ? ガチで先輩と付き合ってあげてもいいって言ってるんですけど?」

「冗談でもガチでも遠慮します」

「えー? あたし、先輩のことマジでめっちゃ好きなのに」

「どの辺が?」

「顔! 最強じゃないですか。あたしの好みそのものですよ。ねー、付き合いましょうよ~?」

「だから断りしますって」

「まったく……しかたない、今日のところは引いてあげます。でも、いつまでもあたしをフってると後悔することになりますよ。あたしは日本中の憧れの的になるんですから」

「へぇ? そりゃおめでとう」

「全然信じてないですね!? まぁいいです。どうせ明日にはわかりますから」

「明日? なにがあるんだ?」

「それは守秘義務ってやつで言えないんですけど」

「守秘義務? 黒川には似合わない言葉だな」

「ヒントくらいならいいかな。実は明日の夜八時からガデフラの公式チャンネルで生配信があるんですけど……あ、ガデフラって知ってますか?」


 当然知ってるが、黒川の口からその名が出るとは思っていなかった。

 別にアイドル好きってイメージはないんだが、ガデフラはこういう層にも人気があるのか?


「そのガデフラの生配信は絶対に見た方がいいかな~、って思うんですよ。実は明日って新メンバーのお披露目があるんですけど、そこに超美人でおっぱいも大きくて先輩みたいなイケメンが大好きな女の子が出るかもしれないっていうか……これ以上は言えないですけどね」

「いや、それもう答えだろ……」


 守秘義務どこいった?


「ま、とにかく時間があったら、なくても必ず、絶対に、見てくださいね。アーカイブもありますし、切り抜きがたくさん出回るようなすっごいことになる予定なんて」


 イヤな予感が……。

 違う、これは予感ではない。確信だ。

 とにかく明日その配信を見なければ。

 別に黒川が気になるとかじゃない。

 おそらく……ほぼ必ず、明日の夜は荒れた初瀬がうちに来るだろうから、その原因を知っておかなければいけない。





 そして次の日の夜八時。生配信が始まった。

 新年らしくメンバー全員が晴れ着を着ている。

 初瀬を中心に横一列に並んで座り、一番背の低い人をMCに番組が始まった。


「みなさーん、あけましておめでとうございまーす。去年はいろいろあったけど、長く生きてればひどい一年だってありますよね? 悪いことは全部忘れてこの一年が最高の年になるようにしましょう。今日の配信では、いよいよ新メンバーが登場しますので、ぜひ最後まで見てくださいね。でもまずは新年一発目ということで、書初めと今年の抱負の発表をしちゃいましょう。それぞれの前に習字道具を用意してあるので、書いた人から発表していく感じで」


 ちょっと毒を見せつつも、こなれた様子で番組をスムーズに進めていく。

 おそらくキャリアが長いのだろう。フレッシュさはないが、落ち着いた感じがMCに合っている。

 俺はガデフラに詳しくなく、メンバーたちの顔と名前が一致していない。なので挨拶を見てもあまり印象には残らなかった

 しかし、MCの人の挨拶は結構印象に残った。


「じゃあ次は私。ランキング七位、背は一番小さいけど年は一番上な芦屋スミレです。今年の目標は若い子の体力に負けないようについていくこととアンチエイジング……ってことで、まとめると“若返り”。あと、年々激しくなるダンスをそろそろおとなしいものに変えられないかプロデューサーと相談したいなぁって思ってます」


 という感じで終始自分で年齢弄りをしていた。

 それでいて他のメンバーは笑っていたし、動画サイトのコメント欄も好意的な反応があふれていた。アイドルにとって年齢はハンデにもなりかねないものだろうが、スミレさんは最年長というのをキャラとしてうまく昇華しているようだ。

 あと印象に残ったのは最下位の人だった。


「最後はわたし。去年は三位から十位まで転落した朝倉サクラです。抱負は……今年“は”スキャンダルを起こさないこと! あの人とはもう別れて今はちゃんとフリーですのでご安心を。ってことで、わたしの今年の字はこれ“彼氏募集中”」


 去年、ガデフラの当時のセンターが黒い交際発覚で解雇されるという事件があった。

 その発端となったのは、メンバーの恋愛スキャンダルだった。一人見つかったので、他にもいるかもしれないと探ったら、もっととんでもないのが出てきた……という流れだった。

 つまり、この朝倉サクラという人がすべての元凶ということになる。

 彼氏バレでファンを失望させただけでなく、もっと多くの人に迷惑をかけたはずだ。なのにそれを堂々とネタにできるメンタル……羨ましくはないが、ちょっと尊敬する。

 サクラさんの挨拶でスタジオの空気がピリピリしたものになったが、このくらいはたいしたことがないとばかりにスミレさんは話を次に進める。この人の安定感はなかなか頼りになる気がする。

「じゃあ全員の挨拶が終わったところで、いよいよ今日のメインに行きましょうか。新メンバーオーディション結果発表!!」


 それからVTRが流れる。去年の秋から冬にかけて行われたオーディションのダイジェスト映像だ。

 それが終わるとドラムロールが鳴り、終わると同時に新メンバーが登場した。

 ……やはりというかなんというか。

 黒川百合だった。

 そして、ここから伝説の夜が始まった。

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