朝食を屋敷で食べた後、のろのろと動き屋敷内をぷらぷらするとすすすとメイドが寄ってくる。
「お坊ちゃま」
「ん?」
なじみのメイドは笑顔で口を開く。
「よかったら、新しい服を仕立てませんか。流行りの紳士服があるんですよ」
「んーいいや」
無駄遣いしたら怒られそうだし。
そんな心を見透かしたように小さな手を握られぶんぶん振られる。
「旦那様には許可をいただきました」
「え」
いいっていったの?
そんな無駄遣いを許す性格じゃないと思うけどなあ。
「さ、馬車に行ってください」
「うん」
馬車に向かっていき、中にはすでに護衛兵が2人いて、俺が座ると馬車は動き出す。
普通は向こうが来る物だが、今回は違うらしい。馬車に行けと言われたのだから、服屋、仕立て屋に向かうのだろう。
「別にどこに行くでもないのに」
ぶつぶつと呟くとなんとなく、ただ屋敷を追い出されただけな気がして来た。
「きっと素敵な服があるって」
「着たってしょうがないだろ」
「リカルド。我儘を言うんじゃない」
むすっとして声をかけて来た赤い髪の軍人に声をかける。
「ジベリン。俺は我儘で言っているんじゃなくて、単純に無駄遣いなんじゃないかって」
幼馴染のジベリン・フォーミダブル。とその双子の兄のルベリン・ファーミダブル。
ジベリンは赤髪緑目、ルベリンも同じ赤髪緑目。ガタイもよく、身長は200cm。
全く見分けがつかない二人だが、俺とグスタフは見分けがつく。父は見分けがついているのかどうか定かではない。
「お前に似合うなら何でもいいだろ」
「うーん?」
ルベリンにそう言われて首をかしげる。そんなもんかな?
ガタンとひと揺れして馬車が止まる。
ジベリンが扉を開けて外に出る。
「着いた」
「ん」
ルベリンと一緒に外に出るとそのまま仕立て屋に入り、品のいい室内に色とりどりの生地とボタン。
上質な黒檀のカウンターの向こうで上品な老紳士が微笑んでいた。
「ようこそおいでくださいました、リカルド・ロドニー様」
「久しぶりだな。どうだ商売の方は」
「良くまわせています。これも、ロドニー様のおかげかと」
「父にはそう言っておくよ」
「ありがとうございます。本日は新しい服を?」
「うん」
俺は26歳だが、外見年齢は13歳。子供である。
魔力が多いと外見年齢が止まってしまう。ただ、これは不老不死になるという訳ではない。普通に死ぬ。だが、魔力の多い人間を殺すにはより多くの魔力か鋭い攻撃が必要である。が、そんな魔術師は少ないし、強い軍人や冒険者がわざわざ高魔力者を相手にするわけない。となると自然と平均寿命は長くなる。父は21歳で外見年齢が止まったらしいが、実年齢は57歳。軍人としても大成している老兵である。
まあとにかく、だから俺の着る服は、子供の服が多い。
「これから暑くなってまいりますし、薄手の服などいかがでしょう」
「どれくらい買っていいかな」
ジベリンに聞くと真っ直ぐとした目とかち合う。
「俺は20着ほど買ってきていいと言われたが」
「無駄遣いじゃないか」
「服屋で服を買うことを無駄遣いと言い切る胆力は買うよ」
「……」
ルベリンの嫌味な言い方にむっとしてローキックを見舞いして仕立て部屋に店主自ら通される。
「どのようなものがいいですか」
「薄手なら何でもいい」
「リカルド」
「……赤色が好きだ」
「でしたらこの新しい生地がございます。肌触りも良い、優れた生地でございます」
「じゃあそれで」
すると横からルベリンが声を上げる。
「これで、5着作ってくれるか」
「はい」
文句を言う間もなく次々と着合わせを始められ、魔術で服が作られていく。
それが綺麗にたたまれて箱に積まれると、次とばかりに店主がこちらを見る。
「次は緑」
「初夏によろしいかと」
次々と作られていく服を眺めつつ箱に詰められ箱が積まれる。
店主がこちらを見るとジベリンが声を上げる。
「水色。夏用に」
「はい」
半袖や半ズボンがひょいひょい作られていき、それも箱に詰められる。箱が積まれ、残り5着。
「桃色」
「いや、黄色」
流石に男が桃色はちょっとなあ。
「……黄色かな」
「……」
ジベリンがむっとした顔を見せると店主に詰め寄る。
「桃色似合うよなあ!?」
「あ、はい」
「ええ?」
ジベリンの熱に押されて店主が返事をすると俺が不満を漏らす。
「似合う似合う!!」
「ええ……」
「じゃあ、桃色を2着、黄色を3着にしましょうか」
「うん。それで」
服が作られて桃色の服だけ残され、後は箱に詰められる。
「……これは?」
「今日着ていただこうかと」
「いや、うん……まあいいか」
ちゃっちゃと服を脱ぎ、新しい服を着る。
フリルとレースの多い白いシャツと桃色の半ズボン。
「靴はこっちの桃色にしましょうか」
「え、あ、うん」
ニーハイソックスに桃色のエナメル靴。
「……なんかちょっと女の子っぽくないか」
「そんなことないって。じゃ、支払いはロドニー家に」
「はい」
「荷物は俺たちが馬車に運んでおこう」
荷物が運ばれて行くのを眺めつつ店から出る。
晴れた日のいい空気。
そこに絹を裂くような悲鳴。
「誰か!!!」
血の臭いを嗅ぎ取って咄嗟にそこに走って行く。背後から呼び止める声がするが気にも留めず走る。
そこは血の海だった。
ぐったりしている男とそれを支える男、血に濡れた剣を持つ男と対峙する男。
「捕えてくれっ」
「ジベリン!」
「おう」
ジベリンが逃げようとする男を締め上げて地面に押し倒す。
俺は傷のある男に近づき、血の海で青褪める男が痛みにも呻かなくなって血に汚れるのも構わず横に近づいて急いで呪文を唱える。
「【光天】」
青褪めていた顔が血色良くなっていき驚いた様子の男はこちらを見てぎょっとした。
「え?天使?」
「天使ではない」
ふんと鼻を鳴らし、立ち上がる。
「待ってくれ、名前を」
「名乗るほどのものではない。それより、あいつを軍警に突き出してくれ」
「あ、ああ。ホウセ、頼めるか」
「はい、殿下」
殿下と呼ばれた男は刺された服の箇所を魔術で治し、血で濡れた服を魔術で清める。
俺はジベリンが戻って来たのを見て踵を返す。
背後で感嘆する声が響く。
「何と美しい」
なんだって?
歩きながら悶々とする。美しい?俺は性格は悪いし、外見だって弱々しい。
ああ、ジベリンか。ジベリンが美しい?どちらかと言うと美しいよりはカッコいいがあっていると思うが。
◆
「今のプログラムにあったか」
「ありますね。ええっと、『マギティニア帝国の皇太子が暴漢に襲われる』。ここにプレイヤーがいたら、プレイヤーがまあ治癒魔法を取っていればの話ですが、それで治癒して、マギティニア帝国に招かれる、というストーリープログラムが組まれています」
「あれ?リカルドが何でここにいる」
「元からいましたよ。プレイヤーがいない。もしくは、プレイヤーが治癒魔法を使えない場合はリカルド・ロドニーが治癒する係ですね」
職員は顎に手を当て考え込む。
「おかしいな。リカルドは……何してた?」
「服を買っていますね」
「前の周回では?」
「靴を買っています」
「その前」
「服です」
「さらにその前」
「靴」
頭をガリガリと掻き職員は呻く。
「なんかずれてるな」
「何故ですか?エラーは出ていません」
「勘だよ、勘」
「ええ?エラーはないけどなあ」