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知らない彼女を知りたい欲求 -1-

「とらー! かったねー!」

「いや、なんにも勝ってないよ、僕」

「でも、『どっちがおことわりするか』たいけつ、でしょ?」

「う……っ、それ、どっちに転んでも破談してるから、ね?」

「ご、ごごごごめんなさいね、トラ君。ウチの娘、強いか弱いでしか物事判断できないところがあって……!」


 ミューラさんとのお見合いの翌日、朝一でチロルちゃんに祝勝の言葉を贈られた。……僕的には連敗記録更新なんですが。

 昨晩、お見合いの顛末を師匠とセリスさんに伝えて、その後なんだか満たされた気分のまま眠りについて、何かいい夢を見たような気がして……朝、たった今現実を突きつけられた。


 そうだ。

 僕はこれで百二連敗なんだ……


 いや、でもまぁ、こっちの『世界』に来て初めて友人と呼べる人が出来たわけで、僕にとっては得るものが多いお見合いだったと言えるだろう。

 いつか、休みの日にでもミューラさんを誘って買い物に出かけてみようかな。

 この『世界』の女性として、女性の立場で僕に足りないものや気を付けるべきことなんかをアドバイスしてもらいたい。

 私服のセンスも、たぶん僕は壊滅的だろうし。……ある物を着ているって感じだから、現状。


 そういうことを聞いたり相談したり出来る友達というのは、やっぱり尊い。


 エリアナさんは、友達という感じじゃないし。カサネさんも、少し違う。

 たとえば、カサネさんと一緒に服を見に行ったとして、コーディネートについて相談しても、きっと何を着ても「似合いますよ」という回答が返ってくるだろう。

 なんというか、カサネさんは自分の好みを誰かに押しつけたり、イマドキ女子の間で話題沸騰中のモテ男ファッションを推薦したりはしそうにない。

 TPOを弁えず、礼節と清潔感を欠く衣装であれば指摘をしてくるだろうけど、それ以上のことは「ご自分で似合う服をお選びください」とか言いそうだ。


 少なくとも「こっちの方が似合うよ~」とか、「こーゆーの着た方がいいって、絶対」とか、そういった発言はしないだろう。


 カサネさんは、僕に期待などしないだろう。

 僕に『こうあってほしい』などという意見は持たないだろう。


 彼女が僕に望むものがあるとすれば、お見合いに相応しい身なりと立ち居振る舞い、そして、早々に結婚すること。それくらいなのだ、きっと。


 それはそうだろう。

 カサネさんにとって僕は、数いる相談者の一人。



『相談員が相談者様と必要以上に親密な関係になることはあり得ません』



 公私をきちっと分けるカサネさんにとって、僕は仕事上の付き合いがあるだけの、ただの相談者なのだから。



 ……なぜだろう。

 そう思うと、なんだか少し寂しいような?

 僕は、カサネさんとも友達になりたいと思っているのだろうか。


 もちろん、なれるものならそうなりたい。

 けれど、カサネさんと友達になるという状況が、なんというか、想像できない。

 というか。


「僕、カサネさんのこと、何も知らないんだなぁ……」


 何が好きで、何が嫌いなのか。

 どんな趣味を持ち、どんな休日を過ごしているのか。

 最近一番笑った出来事や、感動した物語など、僕は何も知らないのだ。


 僕が知っていることといえば……

 寡黙で、真面目で、礼儀正しく、常識的であり気遣いの出来る女性。

 あまり表情が豊かな方ではなく、一見すると気難しそうに見えなくもないけれど、実は結構天然でおっちょこちょいな部分もあって、何より優しい。


 あと、ハーブティーが好きなんだと思う。

 ハーブティーを飲む時はいつも幸せそうな顔をしているから。特に一口目。ハーブティーを口に含んで、香りが鼻から抜けていく時に、カサネさんはまぶたを閉じて幸せそうに微笑む。


 それから、これはついでに――カサネさんがいれてくれるハーブティーは美味しい。


 これらはカサネさんが職務中に見せてくれた一面でしかない。

 けれど、それ以上を望むのはわがままというものだ。

 僕とカサネさんは、友人というわけでは、ないのだから。


「友人……か」


 僕は、カサネさんのことをもっと知りたいと、思っている。

 けれど、……なぜ?


 日本でお世話とご迷惑をかけっぱなしだった佐藤さんと重ねて、勝手に申し訳ない気持ちになっている部分も、少なからずある。だからなのか。

 それとも……



『相談員が相談者様と必要以上に親密な関係になることはあり得ません』



 …………まぁ、カサネさんのことを知ろうにも、連絡先すら知らないし、会うのは相談所かお見合いの席だけだし……


「ないよね。うん。……ないな」


 僕の一方的な希望を押しつけることで、カサネさんの職務に対する考えや想いを邪魔したり否定したりすることは出来ない。

 これまで通り、信頼の置ける相談員さんと世話の焼ける相談者っていう関係でいるのが一番だ。そうに違いない。


「ふふ……。何考えてんだろ、僕」

「ねぇ、おかーしゃん。とら、わらってるよ? どうしちゃったのかな? なんかずっと、ひとりでしゃべってるし」

「え……あぁ、えっと……きっと、疲れちゃったのよ、いろいろと。ね、ねぇ、あなた?」

「お? ん~。けど、『カサネ』ってのは、あの相談員のねーちゃんのことだろ? ……ヤバイかもな」

「とら、やばいの?」

「あっ、私も聞いたことがあるわ。破談が続くと、その……心がすり切れちゃって、身近にいる相談員さんに恋しちゃうことがあるって……」

「あぁ。俺も聞いたことがあるぜ。その安易な心移りが……かなり危険だってこともな」

「きけん? とら、きけんなの?」

「そうねぇ……相談員と相談者の恋愛って、不成立率98%って噂だものねぇ……」

「とら、かわいそう? とら、なく?」

「二回連続ってのが……」

「こたえたのかしらねぇ……」


 ……はっ!?

 なんだか一家全員にこっそりと心配されている!?


 どうやら、思考の一部が口に出てしまっていたらしい。

 そんな深い意味合いはなかったのだけれど……何より、カサネさんがそういうつもりはないとはっきり言っているのを見ていたので、そんな気は起こしようがないのだけれど……


「チロル、とらをげんきづけてあげるー!」

「そうね。チロルなら、トラ君のこと、元気にしてあげられるわね、きっと」

「おう! 世界一可愛い俺たちの娘だからな!」

「「「ねー!」」」


 本当に仲のいい一家だなぁ……

 羨ましい。


 トテトテトっと、チロルちゃんが階段を駆け上がって師匠一家の寝室がある三階へと向かい、五分ほどして駆け戻ってきた。


「とらー! みてみてー! わんちゃんのみみー!」

「どこから漏洩しました、その情報!?」


 戻ってきたチロルちゃんは、犬耳カチューシャのようなものを頭につけていた。

 カサネさんあたりから、僕が犬耳で大はしゃぎしていたという情報が漏れたのか?

 いや、カサネさんに限ってそんなことあり得ないし……


「漏洩? 何言ってんだ、トラ。これはな、この『世界』の仮装祭りの衣装だ」

「仮装祭り?」

「そうよ。『世界』には、いろいろな風貌の人種が共存しているでしょう。そんな彼らともっと仲良くなろうと、お互いがお互いの仮装をして、真似し合って互いの理解を深めましょうっていうお祭りなの」


 つまりは、ハロウィンみたいなもの……なのだろうか。

 意味や目的は異なるものの、やることは似ているような……


「とら~」

「なぁに、チロルちゃん?」

「わんわんっ」



 きゅんっ!



 ……いけない。思わずときめいてしまった。

 犬耳チロルちゃん、ものすごく可愛いっ!


「とらが、だぁ~~~~~~~~~~~~~れっともけっこんできなかったら、チロルがおよめさんになってあげるね!」

「…………あぁ、うん。ありがと」


 だぁ~れっともって……はは。笑えない。


「なぁ、トラ。俺ぁお前のことは高く評価してる。職人としてはまだまだだが、お前はいいヤツだ。だがな……」


 師匠のクマのような大きな手が、僕の肩に食い込む。


「……チロルに手ぇ出しやがったら、そん時ゃあ……な? 分かるよな?」

「だ、大丈夫です……チロルちゃんが成人するまでに、なんとしても結婚してみせますから……」


 子煩悩……いや、親バカがここにいた。

 チロルちゃんが大きくなって、本当に結婚したい相手が出来た時は……血の雨が降りそうだなぁ。……くわばらくわばら。



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