少しして、俺たちは再び武蔵野ダンジョンにやって来た。相変わらず近くの監視センターは混乱している様子だったけど、ダンジョンへ再入場するのは可能だった。そういうわけで、今はどこまでも続く草原を眺めているが、見た感じ、おかしなところは無さそうだ。しっかり調査すれば、何か分かるかもだが、この広い空間を調べるのは大変そうだ。
「あの、おじさん」
「なんでしょうか? サナさん」
サナに呼ばれて振り返る。俺も、すっかり、おじさんと呼ばれるのに慣れてしまった。彼女にとっては叔父さんでもあるが、それは内緒だ。
「配信を再開してみようと思うんです。リスナーの皆の力も借りれば、何か分かるかもしれませんし」
「配信ですか……」
正直、それが良いのか悪いのかも、俺には判断がつかない。ネットの配信文化には、うといからな。おじさんが決めるより、サナたちが決めた方が良いと思う。専門的なことは専門家に任せるのが一番だ。
「その辺りの判断は……サナさんたちに一任します」
「了解です! それと、おじさんが漆黒の騎士団のメンバーであることは秘密にしておきますか?」
俺はその、漆黒のなんちゃらのメンバーではないんだが、違うと言っても信じてもらえないからな。その辺も含めて、一任する。
「お好きに、任せますよ」
俺の言葉をどう受け取ったのか。サナは真面目な顔をして「分かりました! ひとまず、秘密にしておきましょう!」と応えた。ああ、秘密にしてくれんの? なんとなくだが俺も、そうするのが良いと思う。
「では、諸々をハルカちゃんたちに説明して、配信を再開してきま~す!」
そう言ってすぐサナは少し離れた所へ、ぴゅーっと走って行ってしまった。鎧を着ているけど細かい動きが素早くて、小動物みたいな可愛さがある。ハリネズミとか? そんな感じだ。そう思うけど、サナには黙っていよう。にしても、なんか楽しくなってきた。冒険者としての血が騒ぐというか。ごめんよ姉さん。
なんて、考えているうちにサナたちの配信準備ができたらしい。サナが画面へ映るように俺を促す。俺も撮影機の前に立ち、だいたい一時間ぶりくらいの配信が始まる。
「やっほー。こんサナー」
「こんハルー。サナサナの配信にお邪魔してるぜ」
「こんカゼー。右に同じくですわ。サナさんの配信にお邪魔しています」
「あ、こ、こんにちは。同じくです」
※こんサナー
※こんにちは
※初見です
※こんサナー
※こんサナー
サナたち三人娘が当然のように挨拶をしていたので、俺も慌てて挨拶する。こ、こんな感じで良いのだろうか。というか、今更だが鎧のおじさんが配信に映ってて場違いではないだろうか?
※サナ姫。さっき配信を終了したはずでは!?
※今日の配信は終わりと言ったな。あれは嘘だ
※ていうかさっきのおじさんやないですか!
※鬼強黒騎士。私、そのおじさんの素顔が観たいわ!
※黒騎士おじさんレギュラー化来たな
リスナーたちから、受け入れられるかが心配ではあったけど、杞憂だったようだ。とりあえず、サナたちに合わせながら配信の様子にも気を付けよう。
「これからの目的は、武蔵野ダンジョンの調査です! 私たちは異変の起きたダンジョンに入り、調査をしてみるつもりです。私たちだけでは危険だと思い、助っ人に交渉をしていました。そして、交渉の結果、この配信に助っ人が来てくれましたよー!」
※おー助っ人
※さっきの黒騎士さん! 助っ人枠なのね
※俺たち黒騎士の代表というわけか
※黒騎士おじさんの強さは確認済みだ
※サナちゃんが信じた黒騎士を俺も信じるぜ
サナがリスナーたちに話している。姪っ子のこういう姿を近くで見ると、頑張ってるんだなと思えて、感動すらしてしまう。叔父さんは今、感動している! というか、助っ人って俺のことだよな? まあ、そうなるか。
「今日は配信終了の予定だったんだけど、どうしてもダンジョンの様子が気になって~。というわけで、さっきの強い黒騎士さんと協力しながら、ここの様子を調べてみようと思います!」
「はい。全力で皆さんを守る所存です」
「はい! と、いうわけで、がんばるぞー!」
※がんばれー
※強い冒険者がいれば安心だ
※実は鎧の中身はお姉さんだったりしない?
※全身鎧の人の声がおっさんだよ~
※おじさん、サナ姫たちをしっかり守ってくれよ!
そんな感じで配信のオープニングトークが終わり、俺たちは草原の探索を始める。この草原、広さだけはあるので、出入り口からは、あまり離れないようにしたい。ある程度の範囲を決めて調査をするのが現実的だろう。低ランクダンジョンとはいえ、一日中ダンジョンに潜るのは、新米冒険者には荷が重い。なるべく、彼女たちの疲労には、気をつけておこう。その辺は結構心配だからな。
「私たち武蔵野ダンジョンに異変が無いか調べてるんだけど、リスナーの皆も何か気づくことがあったら教えて欲しいな!」
「私たちも、なるべく周囲に注意を払ってますが、皆さんの協力も募りたいのですわ」
「そうなのです! 私たちは皆の協力も便りにしてますからねー」
※俺たち黒騎士の団結力が問われるな
※私、視力強化のスキル持ってます!
※僕たちも何かないか見てるからねー
※視聴は任せろー(バリバリ)
※やったるでぇ!
今は、俺の少し後ろを歩くサナとウイカゼさんが配信を見ている人たちに向けて話続けている。と、いうか、よくもまあ配信を気にしつつ、なめらかに舌が回るものだと、感心する。ああいうのは配信者の特殊技能だと思う。
「探索面では、ハルカちゃんを頼りにしてほしいぜ! ハルカちゃん、視力強化のスキルを持ってるからな~」
「視力強化、持ってるんですね」
「おう! ってか、今言ったじゃーん」
俺の言葉に横を歩くハルカさんは楽しそうに反応する。っていうか君は後衛職なんだから、もう少し後ろを歩くべきでは。そういう細かい差が冒険者の生死を分ける。ハルカさんは視力強化のスキルを持っていて、ここは開けた草原、そして……ぶっちゃけハルカさんは後方の二人より才能がある。その辺りから、ハルカさんは無意識に油断している。それは、早いうちに修正しておくべきだ。
後方の撮影機からの映りを気にしつつ、少し声を押さえて、ハルカさんに話を振る。リスナーたちからは俺がどう見えてるか、まだよく分からないので、何か教えるのも、おっかなびっくりだ。
「ハルカさん、あっちの方……あなたから見て右斜め後ろの側、さっきウェンディゴが出現した辺りですが分かりますか」
「お? まじか……おじおじ、そこまで記憶してんだな。流石というか、ハルカちゃんもそこまでは覚えてないぜ」
「おじおじ……まあ、良いでしょう。肌感覚ですが、魔力が濃くなっている場所は経験で分かるんです」
「まじかよ」
「そういうわけなので、あっちの方には意識を向けといてくれると助かります」
「おう、了解だぜ」
ハルカさんの意識が右斜め後方に向き、体も自然とその向きに引っ張られる。俺はそれとなく位置を変えながら、ハルカさんを斜め後ろに誘導した。そのまま言っても聞いてはもらえるだろうが、こういうのは、体に覚えさせて習慣にしてしまうのが良い。そうやって後輩の冒険者に後衛の動きを覚えさせた経験があるからね。そこは、自信があるよ。
後でそれとなくアドバイスもしておこう。今は、配信を見ている人たちも居る。新しく入ってきた奴が、偉そうにしているのは、視聴者からしても印象が良くないだろう。正直、今のハルカさんとのやり取りだって、後ろからどう見えているか内心はドキドキなのだ。
そんな時。
「四時の方向! 右斜め後方だ! 距離はあるが、なんか来てるぜ!」
ハルカさんが味方に警告を発する。確かに、魔物がこっちに向かってきてるな。あいつは、爆走するブタさん。ワイルドピッグ。魔物ランクはD。スライムよりは強い魔物。良いね。新米冒険者たちの、練習相手としては、ちょうど良い強さの魔物だよ。
というわけで、戦闘開始だ!