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第6話 EOEについて

 サナたちがある程度落ち着くのを待ち、話の本題に入る。つまり、EOEについてだ。この情報は冒険者としては知っておかないとまずい。サナだけではなく、彼女の友達のことだって心配だ。


「まず、前提として、この話で皆さんが俺から面倒に巻き込まれることはありません」


 俺の言葉に三人が揃って頷く。漆黒の騎士団と思われただけで信頼度がカンストしてるんだけど……怖さすら感じるぞ。


「皆さんは、EOEという存在を知らなかった。間違いありませんね?」


 俺の言葉にサナたちが揃って頷く。そうか、なら一から説明する必要があるな。とはいえ説明は簡潔にだ。分かりやすく伝えることを心がけたい。


「まず、EOEとはエマージェンシーオーバーヘッドエネミーズの略称です。訳すとそのまま、緊急的に頭上から出現する強敵。になります。ウェンディゴを初めとして、他にも数種類の魔物がEOEと呼ばれています」


 俺の言葉にウイカゼさんが「むむ?」と首をかしげた。俺の説明に引っ掛かるところがあれば、なんでも聞いて欲しい。


「なるほど? EOEって、言うほど訳すとそのままですの? なにか訳が変ではありませんか?」

「ま、まあ昔の冒険者たちにはEOEと、そう呼ばれていたので……」


 確かに、直訳すると何か変になっているかもしれない。ま、まあ、なんとなくでもニュアンスが伝わってくれると嬉しい。


「ふむ、さっきの状況だと、いきなり私たちの頭上に魔物が出現しましたけど、ああしてウェンディゴ以外の魔物も、頭上に出現するのですか?」

「はい、そうです。ウイカゼさん。ですから、ダンジョンで空気が震えた時には、空へと注意を向けてください。その時、空間に亀裂が入っていたら、強敵の出現する前兆です」

「つまり私たちは、その亀裂を見たのなら、その場から逃げるなどの行動をすぐに、とらなければならない。と、いうことですのね?」

「はい、そういうことです。俺としては、すぐ亀裂から離れることをお勧めします」

「そうですわね。私たちも、死にたくはありませんもの。ダンジョンで空気が震えた時は、空の様子に気をつけますわ」


 ウイカゼさんは理解が早いな。サナとハルカさんも、ちゃんと理解をしてくれているようだった。俺としても、説明がちゃんと伝わると安心できる。


「EOEは一度出現すると、同じダンジョンでは一定の期間出現しません」

「一定の期間、というのは? それは、どれくらいの期間ですの?」

「ケースバイケースですが、おおよそ一週間程度。です。どのダンジョンでもEOEの出現から、一週間程度は新たなEOEは現れないと言われていました」

「……かつてはそう言われていたのですね?」


 俺は頷く。そして、気になっていたこともある。そろそろ、彼女たちから、今のダンジョンと冒険者協会についての情報を仕入れたい。


「EOEについて詳しくは冒険者協会のホームページに記載されていたはずなのですが……少なくとも、今の協会は冒険者になるための研修からEOEの項目を失くしてしまっているようですね?」


 俺の問いにサナたちは顔を見合わせる。彼女たちの困ったような表情を見るに、まじで知らないことは明らかだ。なんで今の冒険者協会は、冒険者たちに必要な情報を教えないようなことをしている? 人の命がかかってるんだがな? さっきの監視センターの慌てた様子からしても、何かがおかしい。というか協会の仕事がいい加減すぎて怒りさえ感じるぞ。


 サナがスマホを出しながら「あの……良いですか?」と言う。それ、連絡先教えてとかじゃないよね? さっきの、なんちゃら騎士団と思われた時の反応からして、そういう可能性も考えてしまうんだが……叔父さんは正体を明かせないよ?


「……私だけじゃなくて、ハルカちゃんも、ウイカゼちゃんも冒険者協会のホームページはチェックしてました。だけど、そういう情報はなかったはず。今から少しチェックしてみます」


 あ、そういうことね。変な心配しちゃってたぞ。


「ええ、それは名案ですね。俺も一緒に今の協会のホームページを確認してみても良いですか?」

「もちろん! 一緒に確認しましょう!」


 というわけで、俺たち皆で、サナのスマホを覗き込むような形になる。なんか、姪っ子のスマホ画面を覗くのは悪いことしてる気がするな。本人に許可はとってるし、気にしすぎるのは良くないかもだが。よ、よし! 今はとにかく協会のホームページのチェックに集中!


 そうして十六年ぶりに見たホームページは、ずいぶんとシンプルになっていた。見やすくなったと言ってもいいけど、悪く言えば情報量が減っている。問題はEOEや、魔物災害などに対する情報が消されてしまっている点だ。魔物のダンジョン外への大量発生などの魔物災害は、十年以上前からか世界でも確認されなくなってはいるが。しかし……いや、待てよ。もしや。


「皆さんはEOEを知らなかった。で、気になるのは、皆さんがいつからダンジョンを知っているかということです。ダンジョン配信というものは皆さんが最初にやった訳じゃないですよね? 配信というもの自体は前からあった。そうですよね?」


 その問いにサナが頷く。


「それはそうですけど、あ……なるほど。えっと、逆に確認ですけど、EOEは昔は普通に居たんですよね?」

「ええ、十六年前は普通に出現していました」

「つまり、黒騎士のおじさんは、いつ頃からEOEが出現しなくなったか確認したい。そうでしょ?」

「その通りです!」


 流石サナだ。察しが良い! えらいぞお~! 凄いぞお~! と、叔父馬鹿を発揮してる時じゃないんだよ。そんなわけで。


「サナさんたちは、いつ頃からダンジョンの様子を知っていますか?」

「私たちがダンジョンの様子を知ってるのは、だいたい二年くらい前からです。その頃魔導ドローンが出回りだしたから。そうだよね? ハルカちゃん、ウイカゼちゃん」

「確かそうだったと記憶してるぜー」

「私もそのように記憶しています。私たちがダンジョン配信に興味を持ったのは、その頃ですわ」


 なるほど、少なくとも彼女たちが配信を見ている二年前には、EOEは存在していない。その情報が手に入っただけでも前進だ。そして、おそらく。


「EOEが出現しなくなったのは、もっと前。流石に二年前から現れなくなったものが配信の視聴者たちや監視センターの人間たちからも忘れられてるとは思いにくい」

「ですね。私もそう思います」

「サナさん、俺が思うに、魔物災害が確認されなくなった十年以上前、その前後にはEOEも出現しなくなったのではないか、と予想します。あくまで、俺の個人的な予想ですが」


 魔物災害の発生率が低下したように、合わせてEOEも現れなくなったんじゃないかと、俺は思っている。勝手に結びつけてるだけだが、どちらもダンジョン由来の問題だ。そして、そのどちらも冒険者協会のホームページから情報を消されている。怪しいな。とはいえ、疑問も残る。


「えっと、こんなことを皆さんに聞くのもどうかもではあるのですが、皆さんの配信を見に来てる方々ってどれくらいの年齢でしょうか?」

「ん、うちは十代から三十代くらいですかね」

「ハルカちゃんの枠もそれくらいだぜー」

「私のところは、もう少し年齢層は上がりますわね」

「なるほど」


 どうも腑に落ちないのは、たったの十数年で人々の記憶からダンジョンの驚異が忘れられるかということだ。何十年、何百年も経過しているならともかく、人の記憶というものはそう簡単に風化するものだろうか? うぅん……だめだな。今は情報が少なすぎる。


「さて、どうしたものかな……」


 正直なところ、俺はこれから、どうするべきかも迷っていた。姪っ子の様子を見に来ただけなのに、世の中が随分きな臭いことになっている。というか、ダンジョンから離れていたとはいえ、俺って凄く、世の中に鈍感だったんだな。その事実に、ちょっと落ち込む。


 そんな時。サナが俺にある提案をしてきた。その時サナの瞳には何か決意めいた感情が見てとれた。そういう目、俺は嫌いじゃないよ。でも無茶なことを考えてはいないだろうか?


「あの、黒騎士のおじさん。私から、頼みたいことがあるんです」

「……なんでしょうか? サナさん」

「私たちともう一度、武蔵野ダンジョンへと潜ってみません? もしかしたら、皆で探索すれば何か気づけることもあるかもしれないじゃないですか? だって、今のダンジョンって何か変なんでしょ?」

「そうですね。俺は、何か嫌な予感を感じてます」

「私たちじゃ足手まといかもしれないけど、でも何か手伝えるかもしれないなら、できる範囲で手伝いをしたいんです! 漆黒の騎士団の手伝いを!」

「そういうことなら、ハルカちゃんも手伝うぜー!」

「私も何かしたいですわ!」


 正直サナたちには、今日は大人しく帰ってもらいたかったけど、そう熱い目を向けられるとね。俺ってほんと押しに弱いわ。


「分かりました。協力して武蔵野ダンジョンを調査してみましょう」

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