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第5話 漆黒の騎士団

 俺たちは武蔵野ダンジョン近くにある井の頭公園へ移動した。ここでなら、落ち着いて話をすることができるだろう。ハルカさんが飲み物を買ってくると言って素早く自販機の方へ行ってしまった。じきに戻って来るだろう。ダンジョンではないし、心配は要らない。


 とりあえず、二つあるベンチの片方に座ってサナたちの様子を見る。サナは俺の隣に座ろうとしたが「あなたはこっち!」とウイカゼさんがもう一つのベンチに座らせた。そうだね。サナはもう少し男に対する警戒心を持った方が良いと思う。まさかとは思うけど、俺の正体がバレてるから気楽に接してるわけではないよな? そのはずはないと思いつつも、可能性を考えてしまうのは心臓に悪い。


 そんなことをしているうちにハルカさんが戻ってきた。彼女は、お茶のペットボトルを四本、抱えている。ハルカさんは俺の隣に座ってから「おじさんもどぞー」と言って一本のペットボトルを差し出してくれた。だが、俺には分かる。彼女たち三人の中で、俺に一番警戒しているのは、このハルカさんだ。彼女はあえて俺へ積極的に接することで探りを入れている。そのことを見破れないほど、俺も鈍っちゃいない。


 こういう時、俺がとるべき行動は、ただ誠実に接すること。だと思う。変に、良い人アピールとかは、かえって逆効果だろう。そもそも俺は人付き合いが得意な方ではない。そういう話術のようなものには自信がない。だから、できる限りのいつも通りに、かつ誠実に接するしかないのだ。


 ハルカさんは隣のベンチの二人にもお茶を渡すと、こちらを向いた。顔は笑っているけど、目は笑っていない。そういう感情を隠すのは、あまり得意な子ではないな。


「黒騎士のおじさんが正体を明かしたくないなら、ハルカちゃんもそれで良いと思う。今の時代プライバシーは大事だからな。でも、名乗ってくれたら、日を改めてお礼とかもできるし、教えてくれたら嬉しいぜ~」

「すいません。それに関してはプライバシーを優先させてください。その、シャイなので」

「ふぅん。そっか……残念だぜ~」


 ハルカさんはケラケラと笑い、そしてマジな顔になった。彼女は俺に恩義は感じているのだと思う。その表情から軽蔑は感じられない。むしろ、俺に対する恐れのようなものが感じられた。彼女は、俺を恐れている。そのうえで、俺に可能な限り接近している。俺の正体を知ろうとしている。それは、どのような感情からの行動か。どうあれ、彼女は相当な度胸を持ち合わせているな。


「黒騎士のおじさん。私たちはさ、あんたに感謝はしてるんだぜ? 命の恩人だからな。だが、伝説級の魔物を瞬殺して、正体は明かさない冒険者ってのは怪しすぎるぜ。あんた、まじに何者だよ?」

「それは……」

「シャイなので、とか言うなよな? それとも正体を明かすのは、何か、まずかったりするっての? なあ、今の私たちは虎の尾を踏んでいるんじゃないか? あんたの大事な情報とかいうものを聞いて、面倒なことには巻き込まれないよな?」


 ハルカさんが一番気になっているのは、そこか。正体不明で、彼女たちより圧倒的に格上の冒険者。そんな人物が大事な話があると切り出してきたわけだからな。話が気になりつつも、警戒をするのは、おかしくない。俺でも、彼女たちの立場なら、この状況を警戒するだろう。そういう意味では彼女たちを困らせてるな。悪い気がするけど、こっちもマジで大切な情報を伝えたいんだ。悪いね。


 俺とハルカさんのやり取りをウイカゼさんは不安そうに見守っている。サナもこの場の空気は感じ取ったようだ。オロオロし、キョロキョロしている。その姿には胸が痛む。


「なあ、どうなんだい? 黒騎士のおじさん」


 これは、俺もある程度の素性を明かす必要はありそうだ。正体が完全にバレない程度で、俺の素性を明かすには……ギルドカードを使うのはどうだ? 冴えた考えかもしれない。


「分かりました……それでは、素性を示す証になるかは分かりませんが、俺のギルドカードを皆さんに、お見せします」


 そう言いながら、俺はSランクのギルドカードを出して見せた。金色で手のひらサイズのギルドカードだ。かつてSランクの冒険者は、厳重な審査によって認められた十数人しか存在しなかった。時代は変わったが、今でも、俺の信頼性を証明するために強い力を発揮してくれるはず! そんな期待をしていたわけだが、状況は変な方向に進み出す。


「え、Sランク……だと?」

「Sランク……ですわね」

「凄い! Sランクのカードだ! 初めて見た」


 ハルカさんは手でTの字を作り「タイム!」と叫ぶ。彼女はサナとウイカゼさんを呼び、俺から少し離れたところで何やら相談しているようだ。そして彼女たちは、おじさんそっちのけで、はしゃぎだした。さっきまでの重い空気とかは消し飛び、代わりに彼女たちの凄まじい興奮が伝わってくる。えっと回りに人が居ないから良いけど、そんなにはしゃぐの?


「まじ!? まじのまじにSランク!? まじまじのまじ!?」

「……信じがたいですが、先程の彼の戦闘から考えても、彼が黒い鎧に身を包んでいることからも考えても、認めざるを得ませんわ! Sランクの冒険者なら確定ですわよ!」

「ほほほ、ほんとに存在したんだね!? Sランクの冒険者!」

「馬鹿! Sランク冒険者自体は複数存在するだろ! でないと、かつて国中の魔物災害で活躍したという冒険者たちの話に矛盾が起きるぜ!」

「そうです! 噂が残っているのですわ! 強力な魔物と戦う漆黒の一団の噂が!」

「い、いいやでも、その生きる伝説が私たちの前に存在するなんて信じられる!? ハルカちゃん!? ウイカゼちゃん!? 私たち、漆黒の騎士団の人と話をしてるんだよ!?」

「漆黒の騎士団は存在したんだぜ! ネットの都市伝説に語られる裏ギルドは実在した! 嘘じゃあ、なかったんだぜぇ!」

「「「やったやったやったやったやった!」」」


 こわいよお……サナたちがおかしくなってる。ただSランクのギルドカードを見せただけなのに、三人が壊れちゃった。姉さんごめん、おじさんは姪っ子とその友達を壊してしまいました。


 というか漆黒の騎士団ってなんだよ……状況から考えると、今の俺はサナたちに漆黒の騎士団のメンバーと思われているようだ。や、ちょっと恥ずかしいんだけど。


 それから、一番早く我に返ったのは、ハルカさんだった。彼女は恥ずかしそうにコホンと咳払いし、俺の元へ戻ってきた。彼女に続くようにサナとウイカゼさんも戻ってくる。彼女たちはまだ興奮が少し残っているようで、叔父さんは心配になる。


「ま、まさかあんたが……いや、あなたが漆黒の騎士団のメンバーだったとは、ハルカちゃんも思わな……いや、実はそうなんじゃないかと期待してた気持ちもあった。だから、正直に言うとおじさんの提案は怖かったけど、ついてきたんだぜ。おじさん、漆黒の騎士団のメンバーなんだろ?」


 何か勘違いされているようだが、ここで否定するのも事態をややこしくしそうだ。しかし、俺は彼女たちには誠実に話をすると決めたんだ。ここで都合が良いからと嘘を肯定するのは違う気がした。


「いえ、俺は漆黒の騎士団というグループには所属していません。そもそも、漆黒の騎士団というものを知りません」


 俺の言葉に三人はガッカリするかもしれないと思った。でも、嘘をつき続けると後でもっと酷いことになる。そう思ったのだが。


「ああ、分かってるぜ。そう言うよな。漆黒の騎士団なら」

「その謙虚な態度、まさに漆黒の騎士団ですわ」

「凄い。私たち……漆黒の騎士団と話してる」

「いえ、ですから……」

「ああ、大丈夫。分かってる」


 だから、漆黒の騎士団ってなんなんだよ!? というか、このまま彼女たちの誤解について話しても、らちが開かねえ! しょうがない、そこは彼女たちに話を合わせるぞ!


 そもそも、俺はEOEについて話がしたかっただけだ。さっさと話すか!

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