(ああ、なんて……)
俺は初めて知った。
涙があんなにも綺麗だなんて。
「二次会行くヤツー! オレにーついてこいッ!」
(あーあ……。主任てば、幹事頼まれているのにあんな酔っぱらっちゃって……。でも、まあ……たしかに酒が進む良い式だったしな)
ここはハイブランドのショップやブティックが建ち並ぶ、都内の一等地にある結婚式場。
俺、大和直樹は、新卒で幅広い事業を展開する総合商社に就職して早五年。
営業課に配属され、入社当時から直属の上司としてお世話になっている、今年四十歳を迎えた高木課長の結婚式に参列した。
今の時代、上司の結婚式に参列するなんてパワハラかと友人に言われたが、俺は参列できたことが嬉しかった。
それは高木課長のことを、本当に尊敬しているからだ。
(配属ガチャ、上司ガチャなんて世の中で言われているけど、俺は恵まれていたと思う)
営業課に配属と言われ、俺は多大なノルマと孤独に戦わなければいけないと思っていたが、高木課長は仕事をチームで取り組もうとする考えの人だった。
足りない部分は全員で補い、目標に全員で取り組む。
みんなが仕事を楽しいと思え、離職者もいないうちの課が営業成績トップなのも、高木課長の手腕と人徳のおかげだろう。
披露宴中の祝電も、他部署や取引先だけでも後を絶たず、高木課長の人望が伺えた。
お互い、パートナーに先立たれてしまった同士だというのは今日初めて知って驚いたが、ステンドグラスの光が差し込むチャペルで永遠の愛を誓って、温かそうな家族に囲まれての披露宴は本当に幸せそうだった。
「ふー……」
披露宴が終わり、少し時間を開けて行われる予定の二次会まで時間を潰すように、結婚式場のロビーでは、参列者が集まって談笑していた。
俺はそんな輪から一人離れて、きっちり閉めていたネクタイを少しばかり首元から緩めると、ロビー端っこの壁に寄り掛かった。
(ん……? あれって……?)
俺は、同じようにそっと、参列者の輪から抜けて外に出ていった人物の存在に気が付いた。
その手には、先程まで花嫁が持っていたブーケが握り締められていた。
(……お辛かっただろうに。本当は……)
その人物は高木課長と同期である、営業事務課の松田課長だった。
高木課長が、がっしりとした典型的なスポーツマン体形とは対照的に、松田課長は長身でありながらもどこか細く、眼鏡で柔和なイメージだ。
ブーケトスの代わりに、新郎である高木課長からお礼の言葉を伝えられながら、白いウェディングドレスに身を包んだ花嫁からブーケを受け取った松田課長。
社内では名コンビとして知られている、二人の課長のやりとりは感動的で、俺の周りはみんな泣いていた。
だが、俺は松田課長のことを思うと泣けなかった。
きっと、この人以上に辛い思いをしている人は、この会場にはいないと。
(さーてと……)
「主任! 俺、ちょっと酔いすぎちゃったんで! 二次会パスで!」
「なにをー! 直樹! そんなの、許されるわけないだろ!」
俺は主任の罵声を無視して、急ぎ足で新郎の高木課長と奥様に挨拶を済ませると、引き出物の入った紙袋を握り締めて結婚式場を後にした。