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第21話 地下ダンジョン、徹底制覇(7)

 柔らかそうなで覆われた壁や天井が、ゆらゆらとゆらぎ、幻であるかのように消えていく ――

 そして、ぼくたちは再び、明るく鮮やかな緑あふれる春の景色のなかにいた。足元には白や黄色の小さな花が、無数に咲いている。

 すぐそばにたたずむケーブルカーは、もう迷子みたいじゃない。なかから車掌さんが半身を乗りだし、ぼくたちに向かい敬礼してくれた。


「本当に助かりました! 芸防ノースキル科のみなさんのことは、社にも報告させていただきます。ありがとうございます!」


「いえいえッ、当然のことをしたまでですからッ」


 >> ツルギww

 >> めっちゃどや顔ww


 ―― まだ配信、続いてたのか。

 コメント欄は、ダンジョン内にいたときほど忙しくない印象だ。

 ダンジョンが消えても残っている視聴者たちが、のんびり会話を続けている。


 >> ヒヨコたち無事でまじ良かったな……

 >> んなこと言ってると増長するぞ

 >> なんならここらで、軽く失敗しといたほうが良かったんじゃ


「余計なお世話よ!」


 ミウが顔をしかめてモノクル・マイクを外した。


「そろそろ配信、終わってもいいんじゃないかしら?」


「と思うけど、これ、先生がダンジョン掃討報告したら、N日本DダンジョンH放送K協会のスタッフさんの判断で終わるんでは?」


「そう…… 思う…… 」 と、サエリ。


 >> そういえばセンセー来なかったな

 >> センセーもC級ダンジョンに怯えてたんじゃww

 >> いやセンセー強いよ?


「へえッ、もしかしてッ、いつもこの前みたいな感じッ!?」


 ツルギが好奇心だけでできてるような眼差しをぼくに向ける ――


「うん」 とぼくがうなずくよりも早く、コメント欄が 『センセー!』 コールで盛り上がった。

 ぼくたちは、いっせいに振り返る ―― キリッとしたパンツスーツの女の人と、ガッチリとした柔道着姿のほおに傷のあるおっさんが、そこにいた。


「鷹瀬先生」 「儺鎗なやりせんせーもッ」 「ずっと、そこにいらっしゃったんですか?」


 ぼくたちの質問には答えず、鷹瀬先生が逆に聞き返してくる。口調は穏やかで、いつも通り丁寧だど…… きっと、心配かけたんだろうな。


「どうして、待機しなかったんですか?」


「わたしたちでいけると思ったからです!」


 ミウがきっ、と顔を上げた。


「現に、ダンジョン掃討できましたし!」


「キセ姐さんとの勝負もあるしねッ」 と、ツルギ。


「せんせーに任せてたら、掃討数にカウントできないでしょッ!?」


「はやく、学校に帰って…… 踊りたかった、から……」


 サエリに続いてぼくも、言い訳する。


「ぼくは、こうなった以上、ぼくも協力したほうが成功確率があがると思いました」


「そうですね…… 私たちも道々、配信を見ていましたが、4人ともよく連携し、対処できていました。みなさんが、自主的な判断で成果を出したことは素晴らしいと思います」


「「「「先生!!!!」」」」


「ですが私たちは、皆さんの安全を守る立場でもありますので…… この度の件については、反省しています。すみませんでした」


「誠に申し訳なかった!」


 鷹瀬先生と儺鎗なやり先生が、頭をさげる。

 怒られると思っていたぼくたちは、かえって慌ててしまった。


「いや、そんな」 「指示を守らなかったのはッ、俺たちですしッ」 「別に先生のせいじゃ、ありません!」 「…… ごめんなさい……」


 >> まじそれな

 >> わいらも止めたんやで


 コメント欄まで、いまさらそれ言う!?

 しかし鷹瀬先生には、ぼくたちが指示を守らなかった件をこれ以上、追及する気はないらしい。 


「では、講評と獲得ポイント発表、そしてダンジョン掃討完了宣言で、しめましょうか」


「鷹瀬先生、獲得ポイントって、なんですか?」


 なんか嫌な予感 ―― ぼくの不安は、あたっていた。

 鷹瀬先生が小さくためいきをつく ――


「先ほど、本科の3年A班と、ノースキル科の競争が正式に決定しました…… 負ければノースキル科は取り潰しです」


 ぼくたちは、無言でうなずいた。

 入学式のときにキセから持ちかけられた競争 ―― あれが、その場限りの冗談では終わらないことは、薄々感じていたから。だからこそぼくたちは、待機の言いつけを無視して、C級ダンジョン攻略に突っ走ったともいえる。


 >> ワイは応援したる!

 >> わいもや


「視聴者の皆さんッ……!」 「ありがとうございます」


 ぼくたちは画面に向かって頭を下げた。

 さて、鷹瀬先生の説明によると、キセのいる本科3年A班とノースキル科とのダンジョン掃討競争は、ポイント制であるらしい。

 E級=5ポイント、D級=10ポイント、C級=20ポイント、B級=40ポイント、A 級=80ポイント。


「カウントは今日からですので、いまの段階では私たちが20ポイント先取したことになります」


 >> やった!


「ですが…… 本科3年A班が挑むのは、主にB級以上のダンジョンです」


 >> えっ

 >> 厳しい!


「いまのノースキル科では、A級はもちろん、B級にもまだ挑戦できませんし、科の方針としても、みなさんの安全を犠牲にして無理なダンジョンに挑むことはありません」


「ええッ、そしたら、どーやってッ!」


 ツルギの悲鳴は、ぼくたちの気持ちそのままだった。

 ―― ぼくとツルギの突発ダンジョン遭遇率はたしかに高い…… けれど、街中に突如発生するダンジョンのほとんどはD級かE級。

 どれだけチマチマと攻略していったとしても、キセの本科3年A班がA級ダンジョンを1つ攻略するだけで、簡単に差をつけられてしまう。


「いま私たちが考えるのは、司法に訴えることと、みなさんがこの1年以内に急成長することです。司法関係は儺鎗なやり先生が受け持ってくださいますが……」


「正直、学校の決定を司法で覆すことは非常に難しい」


 儺鎗なやり先生のいかつい顔が、ますます厳しくなる。


「我々は、ノースキル科が取り潰されても生徒には今までと同じ学習環境を保つべき旨を訴えていく所存だが…… ノースキル者が進学・就職の機会を阻まれているのに現状では、それが憲法や教育基本法に違反しているとは、裁判官どころか、我々の弁護士もそうは思わないかもしれない……」


「だったらッ、俺たちが急成長するしかないよねッ」


 ツルギが明るい声を出した。


「せんせー、俺たちの今日の評価、どうですかッ!? 初心者グループでC級突破、けっこう、すごいんじゃないッ!?」


「それはその通りです」


 >> それはわかる

 >> わいもそう思ってた


「では、順序が逆になりましたが、講評を始めましょうか…… まず今回の良かった点は、それぞれが自分の役割や力量を踏まえた上で、しっかりと連携をとり、ダンジョンに立ち向かっていたことです」


 >> (^・ェ・^)(^._.^)(^・ェ・^)(^._.^)ウンウン

 >> ほんとヒヨコなのによくやった


「ただし気をつけてほしいことは、難度の高い大技ばかりでは、飽きられるということです…… 厳しいことを言いますが、今は物珍しさから 『ノースキルなのにすごい』 と言ってもらっていても、それが 『才能スキル持ちよりすごい』 には、なりません」


 コメント欄に 『せんせー厳しい!』 『だがその通り!』 との声が飛び交い、サエリとミウの顔つきが変わる。


「…… そんな……」 「わたしは別に、そんなつもりじゃありません!」


 ツルギがぽんっと手を打った。


「せんせー、前にッ、 『俺たちならでは、と思ってもらえるなにか』 を身につけようねッ、て話! してましたよねッ! そういうことッ!?」


「はい。そのとおりです。もちろん技の研鑽けんさんも大切ですが 『サエリさんならでは』 『ミウさんならでは』 と視聴者に思ってもらえるなにかを ―― これから一緒に、身につけていきましょう」


「……はい」 「わかりました」


 サエリとミウ、まだ納得いってない顔だな……

 鷹瀬先生は、ツルギを見る。


「ツルギさんは、さっそく、実践しようと工夫していましたね」


「あッ! わかったッ!?」


「ええ。フェアリーを描くのが好きだから、そっちに寄せて描くようにしたんですね。それも工夫のひとつだと思います」


「えへへッ」


 ツルギ、嬉しそうだな……


「さて、ノブナガさんも」


 鷹瀬先生の目が、ほんのちょっと微笑んだ。


「着実に進歩していますよ」


「そ、そうですか?」


「ええ。ダンジョンについての知識で、うまくみんなを誘導しようとしていたのも良いですが、専用DEW革の本の、使い方も。これまでは単なる 『記録』 でしたが、今回はきちんと、ストーリーや構成が考えられていたと思います」


「…………」


 ぼくは、一瞬止まってしまった。

 ストーリー? 構成?

 そんなものを考えた覚えは、ないんだけど……?


「たしかに今回は、みんなが活躍してくれるから、ぼくにもできることを、頑張って考えたかも……」


「ああ、だから主人公に主体性が生まれたんですね」


「へえ…… そうなんですか?」


「構成も、展開の早い序破急の形になっていたので、視聴者を飽きさせないという意味で、配信にはぴったりだったと思います」


「はあ……」


「良かったなッ、ノブちん!」


 ツルギがぼくの背中をばしっと叩いて喜んでくれる。

 鷹瀬先生が笑顔を見せた。


「では、今回のダンジョン掃討終了報告は、みなさんにしてもらいましょうか」


 ぼくたちは、画面のほうを向いて並んだ。

 先頭は、ミウのきれいなソプラノ。


「これにて 【北緯34.43383】」 「【東経……135.12437……】」 「発生ダンジョン 【地下迷宮】ッ」


 サエリのちょっと小さな声のあとにツルギの元気のいい声が続く…… 最後は、ぼくだ。

 みんなで協力しあって、初めて制覇したC級ダンジョン ―― ぼくは、ありったけの思いを込めて、宣言した。


「徹底制覇、完了しました!」


 >> おめでと

 >> これから頑張れよ

 >> とりまご祝儀 ☆500エネ注入しました☆


 コメント欄が温かい雰囲気に包まれるなか、配信はようやく終了した。

 そして、ぼくのなかには、なんとなく聞けなかった疑問が残ったのだった。

 ―― 『序破急』 って、なんだろう!?

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