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第20話 地下ダンジョン、徹底制覇(6)

 ぼくたちは、フェアリー・クリーンエアの巻き起こす風で作られた見えない床の上から、ダンジョンボス ―― この巨大キノコの 『核』 そのものを、攻撃しはじめた。

 高音・高速 ―― 早口のボカロ曲を歌うミウの透きとおった声は音符の形のつぶてになって、脈打つ赤い宝石のような核に、次々と降り注ぐ。

 サエリは、歌のスピードと競うかのような回転を披露する。白くまばゆいビームが回転に合わせて無数に放たれ、核の表面をうがつ。

 ミウとサエリの攻撃があたるたび、核からは大量の菌糸が噴水のようにほとばしり、ぼくたちを巨大キノコに取り込もうとする…… が。


 ごぉぉぉぉぉぉぉおっ!


 インフェルノ・プリドラの吐く炎がことごとく菌糸を焼き尽くし、フェアリー・クリーンエアがその灰の混じった空気を一瞬で浄化する。

 おかげで、核の攻撃はまったく、ぼくたちに届かない。

 だけど ――

 サエリやミウの攻撃も、インフェルノ・プリドラの炎も…… まだ、核にダメージを与えられていない。磨かれたルビーのような表面は傷ひとつついていないし、脈動もまったく乱れない。

 ツルギが召喚モンスターを描き終えるまでに、できるだけ削っておきたいんだけど ――

 なにか、ぼくにできることは…… そうだ!


「サエリ! ミウと!」


「…… いいよ」


 サエリが、ミウの歌に乗るようにステップを踏みだす ――

 ぼくは革の本専用DEWのページをめくった。


『ミウの歌のリズムに合わせて、サエリが素早くステップを踏む。

 つい見とれてしまうような細やかな足さばき ―― そこから放たれる無数のビームが、ミウの歌から生まれる音のつぶてにぶつかり、白い炎を生む。

 信じられないほどの、加速。

 時速何キロくらいだろう。たぶんオータニサンのボール以上の速さだ。

 音のつぶては白く燃えながらまっすぐな軌跡を描いて飛び、次々と赤く輝く核にぶつかる。表面を突き破り、奥深くに刺さる……!


 どく、ん…… どくっ…… ど、ん……


 核の脈動が少し乱れはじめた。

 ダメージを与えられているようだ』


 >> おお

 >> なかなかすごい

 >> 昔、太陽に爆弾しかける映画あったな

 >> なつすぎて誰も知らんのではw


 >> 3300いいね 達成しました


 ―― 昔の映画はぼくも知らないけど、配信の視聴者にもそれなりのインパクトがある画になってるみたいで、とりあえず良かった……


 ふと気づくと、ミウの歌が変わっている。

 テンポは速めだが、ボカロ曲じゃない。

 サエリが歌に合わせて踊っているのに気づいて、踊りやすい曲に変えたんだ…… ナイス機転。


『ミウの歌が変わり、サエリの踊りとますます合うようになった。

 そのためだろう。

 サエリから放たれるビームはひとつのズレもなく全部、ミウの音のつぶてにぶつかるようになった。

 白く燃えるつぶては、ますます矢数を増やし、スピードを増して、太陽のような核を攻撃する……!』


 ど…… ……くっ…… ……ど…… んっ……


 ついに、核の脈動が弱まりだした。

 あと、少しだ ――


 ぼくたちの目の前で、核は少しずつ輝きを失い、黒ずんでいく。

 それでも、ミウとサエリの攻撃は容赦ない。

 このぶんだと、ツルギの召喚モンスター完成より、核の脈動が止まるほうが早いかもな。

 コメント欄も、もう 『今回のMVPはミウ&サエリ』 なんて発言で賑わっている。


 >> 役立ずだったな男ども

 >> もうミウたんサエリたんだけで、よくね?

 >> いやツルギけっこうすごいぞ?

 >> ノブちんが相変わらず記録係だがw 

 >> 禿同

 >> まあノブちんは不発弾みたいなもんw

 >> それなw 


 たしかに、そう思われてもしかたない。

 ぼくが革の本専用DEWに書くことで、現実に同じ現象が起こる可能性を高められる ―― けど、もしかしたら、書かなくても、そうなるかもしれないんだから。

 ―― まあ、その辺のことはひとまず置いておこう。

 いまの、ぼくの…… ぼくたちの目的は、無事に生きてダンジョンを掃討クリアすること。

 視聴者の評価にいちいち落ち込まず、やるべきことをやらなくては ――


「ツルギの召喚モンスター、もうかなり完成してるな」


 ぼくは、ツルギの召喚用ペンタブ専用DEWをのぞきこんだ ―― いまは、最後の仕上げらしい。


「これもフェアリー?」


「そっ…… キノコだから、やっぱり食べるのがいいっしょッ!? なくせフードロスッ」


「SDGsだな…… これも、ぼくが設定加えていい? この核を丸のみできるくらいの大きさで」


「ノブちん、心読める人ッ……!?」


「そんなわけないけど、てことは、それでいいんだよね?」


「うんッもちッ! 最初からそのつもりッ♪ ……できた!」


 ツルギが画面のボタンをタッチするまえに素早く、ぼくは革の本専用DEWに新たな文章を書きこんでいく。


『まんまるなからだに、黒いビーズみたいな目。小さいがドラゴンに似た、力強い翼。

 このフェアリーの特徴は "捕食者" ―― どんな大きな敵でも、まるごと呑み込んでしまう。

 その体内には異空間につながるゲートがあり、呑み込んだものはすべて、最終的にそこに排出されることとなる』


 ツルギは、ぼくの書いたものを見て大きくうなずき、画面のボタンにタッチした。


「いけッ! 爆食フェアリーZゼットッ!」


 >> Zって?

 >> ネーミングセンスがww

 >> なんか逆に楽しみになってきたw


「どーもッ!」


 ツルギがニカッと笑い、フェアリーに指示を出す。


「爆食フェアリーZゼットッ! ノブちんの合図で、捕食開始ッ!」


「ぼくの合図?」


「そっちのほうがッ、やりやすいッしょ?」


「うん……」


 ぼくたちの目の前では、ミウとサエリの攻撃にさらされ続けた核が、最後の力をふりしぼるかのように、明るくなったり暗くなったりをゆっくひと繰り返している……

 このまま、すぐに爆食フェアリーZゼットに捕食させてもいいんだけど ――

 できることなら、配信に効果的なタイミングを狙いたいところだ。


 >> いまさら感ww

 >> まじそれ

 >> くわせなくても倒せるなw


 なんて言ってるコメント欄に、ぎゃふんと言ってもらうためにも。


 ―― ミウ&サエリの白い炎のつぶてがさらにひとつ、突き刺さった、その瞬間。

 核は完全に動きを止めた。

 沈黙のなか、明るい宝石のようだった赤色が、深く黒く、その色を変えていく ――


 >> やった!

 >> 倒した!

 >> ミウたんサエリたん、ブラボー!


 >> 4000いいね 達成しました


 喜ぶコメント欄には悪いけど、これで終わりじゃないんだよな……


 >> あれ? なんでダンジョン消えない?

 >> ていうか、核、ちょい動いてない?


 そのとおり。

 暗く沈んだような色合いになり、いったん動きを止めた核は、ふたたび、かすかに震えていた。


 ―― (人にはいえない) 前世の魔界知識でいうと、実は……

 この巨大キノコ・ダンジョンの核は、このままおとなしく破壊されてくれるわけじゃ、ない。

 なにしろ相手は、地下迷宮ダンジョンみたいな姿をしていても、その実はりっぱな生命体なんだ。

 つまり、生命が終焉しゅうえんするそのまえに、こいつは自らの遺伝子を残すべく、最後の悪あがきに出るってわけで ――


 震え続ける核の中心から、光がもれはじめた。

 光が強くなっていくに従い、震えもまた、大きくなっていく……!


 ぴきっ…… びしっ……


 核に、無数の亀裂が走っていく。

 その隙間から放たれる光が、目を閉じてもわかるくらいに、まぶしく、力強くなる……


 びしびしびしびしっ……


 亀裂がさらに強くなり、もう目をあけていられないくらいに光が強くなった、を狙って。

 ぼくは、叫んだ。


「爆食フェアリーZゼット! 核、ひとのみで!」


 がぁぁぁぁっ!


 爆食フェアリーZが、かわいい外見に似合わない声で返事をして口をぱっくりあけた、そのとき。


 パァァァァァァンッ……!


 まるで花火のように、核がはじけた。

 そして、爆食フェアリーZゼットは ――


 あぐっ……


 その丸っこいからだよりも、大きな口をあけ……

 爆発ごと、まるまま全部……

 巨大キノコの核を、呑み込んだのだった。


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