あの日――
盾は、焦げた。
原因は、まさかの“チン♪事件”。
突如現れた筋肉モリモリ男・レツエンと、謎のハイテク加熱アイテム・レンジ。
その魔力的技術によりチーズはとろけ、パン温められた。
主・シュエンはそのレンジに一瞬でも心を奪われてしまい、盾は、嫉妬と恋心の大感情マグマで我が身を焦がしてしまったのだった。
(恋の火傷が、物理的火傷に……)
つまり、左端の縁がほんのり茶色く焦げてしまった。
(はぁ……なんてみっともない……)
今日もシュエンの背中に背負われている。
だが、盾の心は冷え切っていた。
光沢もいつもより曇っているかもしれない。
(はぁ……我ながら、恋で金属が焦げるなどと、思ってもいなかった……)
しかも、焦げ跡がちょうど“ちゅっ”とキスされたみたいな形をしていて、余計に恥ずかしい。
自己嫌悪。自己崩壊。もう“盾”としてではなく“炭”と名乗るべきでは?
(はぁ……)
今日は、あまり見覚えのない山道を歩いている。
(主……どちらへ……?)
森の奥へ、奥へと。
(ど、どこへ……まさか、このまま私を……ポイ……)
泣きそうだ。
(まさか……まさか……)
やがて、森の奥にぽつんと建つ古びた小屋が見えてきた。
看板にはかすれた文字で《道具屋・ちゅるん堂》と書かれている。
道具屋だ。
扉を開けると、シワだらけの店主がいた。
ぼーっとしている盾だが、店主と主の話し声はぼんやりと聞こえてくる。
どうやら、捨てられるわけではなさそうだ。
(ほっ……)
「ならば……これを持っていけ」
そう言って差し出されたのは、小さな小瓶。
ラベルには、可愛らしい字でこう書かれていた。
《愛されちゅるんとクリーム》
(ぁ……あいされ……っ!?)
「焦げた竜鱗もこれで新品のようにツヤッツヤになるだろう」
「そうか。では、有り難く」
(あ、愛され、って、そ、それ、つまるところ私が“愛される盾”として……愛され……シュエン様に、愛され……!)
さらに店主はこう続けた。
「しっかり塗り込んでやれよ」
(ぬ、ぬりこむ……!? ぬり……こむ……♡)
体内温度が急上昇した。
(ダメダメダメ、焦げ広がるぅ!)
✽✽✽
夜、宿にて。
月光が差し込む窓辺、白いベッドの上に置かれた。
(ま……まさか、いきなりベッドイン……っ!?)
シュエンが小瓶の蓋を開けた。
とろりとしたクリーム。
それは月の光を反射してキラキラと輝く。
(ま、待ってシュエン様っ、心の準備が……でもちょっとだけなら……いえ、でも……♡)
シュエンはクリームを指に取り、盾を抱えた。
(く、く、く、来る……! 主の、指が……っ!)
喜びと羞恥で悲鳴をあげる。
きゅいっと間抜けな音が鳴った。
(わっ、恥ずかし……)
そして、指が焦げ跡に触れた瞬間――。
(ひゃぅっ……!?)
気絶した。
この恋、過熱しすぎた。
✽✽✽
翌朝。
窓から朝日が差し込むなか、盾は椅子の上に戻されていた。
焦げはどこにもなかった。
ハリ、ツヤ、うるおい、輝き。
すべて完璧。
(……主の、指で、手で……磨かれた……)
ただ一つ、問題がある。
(な、なにも、覚えていない……!)
せっかく訪れたベッドタイム――ではなくお手入れタイムを何も記憶していない。
残っているのは後悔と羞恥だけだった。
(そ、そんなぁ……)
シュエンはぐっすりと眠っている。
いつもの朝。いつもの光景だ。
(ま、いいか……)
主の安らかな寝顔を見れば、もうどうでもよくなってしまうのだ。
盾はそっと微笑んだ。
次は絶対、気絶しない。
盾は艶めきを取り戻し、今日もまた――
主を守るため、熱くなる。