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第6話 焦げたので……



 あの日――

 盾は、焦げた。


 原因は、まさかの“チン♪事件”。


 突如現れた筋肉モリモリ男・レツエンと、謎のハイテク加熱アイテム・レンジ。

 その魔力的技術によりチーズはとろけ、パン温められた。

 主・シュエンはそのレンジに一瞬でも心を奪われてしまい、盾は、嫉妬と恋心の大感情マグマで我が身を焦がしてしまったのだった。


(恋の火傷が、物理的火傷に……)


 つまり、左端の縁がほんのり茶色く焦げてしまった。


(はぁ……なんてみっともない……)


 今日もシュエンの背中に背負われている。

 だが、盾の心は冷え切っていた。

 光沢もいつもより曇っているかもしれない。


(はぁ……我ながら、恋で金属が焦げるなどと、思ってもいなかった……)


 しかも、焦げ跡がちょうど“ちゅっ”とキスされたみたいな形をしていて、余計に恥ずかしい。


 自己嫌悪。自己崩壊。もう“盾”としてではなく“炭”と名乗るべきでは?


(はぁ……)


 今日は、あまり見覚えのない山道を歩いている。


(主……どちらへ……?)


 森の奥へ、奥へと。


(ど、どこへ……まさか、このまま私を……ポイ……)


 泣きそうだ。


(まさか……まさか……)


 やがて、森の奥にぽつんと建つ古びた小屋が見えてきた。


 看板にはかすれた文字で《道具屋・ちゅるん堂》と書かれている。


 道具屋だ。


 扉を開けると、シワだらけの店主がいた。


 ぼーっとしている盾だが、店主と主の話し声はぼんやりと聞こえてくる。

 どうやら、捨てられるわけではなさそうだ。


(ほっ……)


「ならば……これを持っていけ」


 そう言って差し出されたのは、小さな小瓶。

 ラベルには、可愛らしい字でこう書かれていた。


《愛されちゅるんとクリーム》


(ぁ……あいされ……っ!?)


「焦げた竜鱗もこれで新品のようにツヤッツヤになるだろう」


「そうか。では、有り難く」


(あ、愛され、って、そ、それ、つまるところ私が“愛される盾”として……愛され……シュエン様に、愛され……!)


 さらに店主はこう続けた。


「しっかり塗り込んでやれよ」


(ぬ、ぬりこむ……!? ぬり……こむ……♡)


 体内温度が急上昇した。


(ダメダメダメ、焦げ広がるぅ!)




✽✽✽




 夜、宿にて。

 月光が差し込む窓辺、白いベッドの上に置かれた。


(ま……まさか、いきなりベッドイン……っ!?)


 シュエンが小瓶の蓋を開けた。


 とろりとしたクリーム。

 それは月の光を反射してキラキラと輝く。


(ま、待ってシュエン様っ、心の準備が……でもちょっとだけなら……いえ、でも……♡)


 シュエンはクリームを指に取り、盾を抱えた。


(く、く、く、来る……! 主の、指が……っ!)


 喜びと羞恥で悲鳴をあげる。

 きゅいっと間抜けな音が鳴った。


(わっ、恥ずかし……)


 そして、指が焦げ跡に触れた瞬間――。


(ひゃぅっ……!?)


 気絶した。


 この恋、過熱しすぎた。




✽✽✽




 翌朝。


 窓から朝日が差し込むなか、盾は椅子の上に戻されていた。


 焦げはどこにもなかった。


 ハリ、ツヤ、うるおい、輝き。

 すべて完璧。


(……主の、指で、手で……磨かれた……)


 ただ一つ、問題がある。


(な、なにも、覚えていない……!)


 せっかく訪れたベッドタイム――ではなくお手入れタイムを何も記憶していない。


 残っているのは後悔と羞恥だけだった。


(そ、そんなぁ……)


 シュエンはぐっすりと眠っている。


 いつもの朝。いつもの光景だ。


(ま、いいか……)


 主の安らかな寝顔を見れば、もうどうでもよくなってしまうのだ。


 盾はそっと微笑んだ。

 次は絶対、気絶しない。


 盾は艶めきを取り戻し、今日もまた――

 主を守るため、熱くなる。


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