少し暑いが、今日も平和な昼下がり。
シュエンは市場でパンを買った。
チーズパンだ。
ふかふかのパンにチーズがたっぷり乗っている。
「温めて食べると、美味しいですよ〜」
屋台の娘が笑顔で言った。
シュエンは軽くうなずき、パンを受け取った。
木陰へ向かう。
いつものように、盾は木に立てかけられた。
(あぁ……今日も、主の背中に背負われていた……♡)
主の背中の温もりが残っている。
(今日も、アツアツ♡)
盾は熱々だが、パンは冷めている。
シュエンはパンを食べる前に、ふと盾を見た。
「……温めてくれるか?」
(なっ……!?!?)
盾の中で、青龍の魂が跳ね上がる。
(温めて……だなんて♡ お任せください!)
心臓がバッコンバッコンと音を立てた。
体温を急上昇させ、パンを温める準備に取り掛かる。
(パン温めモードを起動。目標温度……800度。魔力供給開始。恋心点火っ!)
パンの包みが開かれた。
(推定7秒でチーズがとろけます。温度上昇中──600度、700度……)
シュエンの瞳が、盾を見ていた。
(目標温度、800度、到達。お待たせ致しました。パンをお預けください)
「……冗談だ」
シュエンは微笑みながら、トントンと盾を叩いた。
(そ、そんなぁっ!!)
パンは冷えたまま、主の口へと運ばれる。
(シュエン様っ! お待ちください! どうか、私の体温を信じて頂けませんかっ!! シュエン様ぁっ!)
そこへ、突風と共に現れる男。
赤い髪の筋肉だるま──レツエンだ。
「ようシュエン! お前もチーズパンか? 奇遇だな、俺も買ったぜ!」
「そうか」
シュエンはパンに齧り付こうとする。
「おい、待てよ、温めたほうがうまいぜ?」
にこにこと得意げなレツエン。
自慢げに腕に着けているアイテムを見せた。
「俺はコイツで温める」
白銀の腕輪──時計のようなアイテムだ。
任せろと言わんばかりに光っている。
「それは……?」
シュエンが問いかけると──。
「レンジだ」
──喋った。
金属音のようなその声に、シュエンの目が見開かれる。
「……喋るのか?」
「ああ、これしか喋らねぇけどな。『レンジだ』って。あ、あと──」
レツエンがパンをかざすと、ふわりと浮かび、光で包まれた。
それを見て、盾が焦る。
(ま……! まさか!? 温めているのかっ!)
ほどなくして──
「チン♪」
「な、すげぇだろ! 温め終わるとチン♪って言うんだぜ!」
レツエンはドヤ顔だった。
見ていた盾は――。
(……ふんっ! そんなものっ! お前は家電か!)
ぷいっと顔を背けた――つもり。
ふわりと風が吹き、とろけるチーズと焼きたてパンの香りが広がった。
「便利そうだな」
主がレツエンのアイテムを褒めた。
(なっ……!?)
金属音を立てて崩れ始めた盾。――崩れたのは、心。
(そんな……この私が、あのチン♪に負けるなど……)
金属は急激に冷えていく。
急な温度変化で縮みそうだ。
しかし、シュエンはそんな盾に構うこともなく、レツエンと話を続けていた。
「どこで手に入る?」
「ああ、これか? 白龍を倒したらドロップしたんだ」
「どこの白龍だ」
「ああ、ええと……」
(……まさか!)
再び、ふつふつと熱を帯び始める盾。
火照る。
いや、燃える。
怒りと嫉妬と、恋心で。
ギィィィ……と金属のきしむ音。
盾の歯ぎしりだ。
その時。
シュエンが盾を抱き上げた。
「ヨウ、どうした?」
(えっ?)
「こんなに熱く……」
──主の手が、そっと触れてくる。
トントン。
まるで、落ち着けとでも言うように。
それだけで、盾の中の嵐がスッ……と収まった。
見上げれば、優しく微笑むシュエンがいた。
その笑みにチーズよりも蕩ける思いがこみ上げる。
(……っ、申し訳ございません、シュエン様。少し、取り乱してしまいました……)
盾はそっと熱を鎮めた。
「なぁシュエン、その盾……ちょっと焦げてね?」
「ああ、時々、熱くなりすぎる」
「なんだそれ」
「面白い子だ」
(ぁぁっ……シュエン様っ……♡)
己の誇りとシュエンへの愛をかけ、
盾は今、声なき声で叫ぶ。
(……チン♡)
誰にも届かなかった。
暑い日が続く。