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第5話 800℃の誇り




 少し暑いが、今日も平和な昼下がり。

 シュエンは市場でパンを買った。


 チーズパンだ。


 ふかふかのパンにチーズがたっぷり乗っている。


「温めて食べると、美味しいですよ〜」


 屋台の娘が笑顔で言った。


 シュエンは軽くうなずき、パンを受け取った。


 木陰へ向かう。 






 いつものように、盾は木に立てかけられた。


(あぁ……今日も、主の背中に背負われていた……♡)


 主の背中の温もりが残っている。


(今日も、アツアツ♡)


 盾は熱々だが、パンは冷めている。


 シュエンはパンを食べる前に、ふと盾を見た。


「……温めてくれるか?」


(なっ……!?!?)


 盾の中で、青龍の魂が跳ね上がる。


(温めて……だなんて♡ お任せください!)


 心臓がバッコンバッコンと音を立てた。


 体温を急上昇させ、パンを温める準備に取り掛かる。


(パン温めモードを起動。目標温度……800度。魔力供給開始。恋心点火っ!)


 パンの包みが開かれた。


(推定7秒でチーズがとろけます。温度上昇中──600度、700度……)


 シュエンの瞳が、盾を見ていた。


(目標温度、800度、到達。お待たせ致しました。パンをお預けください)


「……冗談だ」


 シュエンは微笑みながら、トントンと盾を叩いた。


(そ、そんなぁっ!!)


 パンは冷えたまま、主の口へと運ばれる。


(シュエン様っ! お待ちください! どうか、私の体温を信じて頂けませんかっ!! シュエン様ぁっ!)


 そこへ、突風と共に現れる男。


 赤い髪の筋肉だるま──レツエンだ。


「ようシュエン! お前もチーズパンか? 奇遇だな、俺も買ったぜ!」


「そうか」


 シュエンはパンに齧り付こうとする。


「おい、待てよ、温めたほうがうまいぜ?」


 にこにこと得意げなレツエン。

 自慢げに腕に着けているアイテムを見せた。


「俺はコイツで温める」


 白銀の腕輪──時計のようなアイテムだ。

 任せろと言わんばかりに光っている。


「それは……?」


 シュエンが問いかけると──。


「レンジだ」


 ──喋った。


 金属音のようなその声に、シュエンの目が見開かれる。


「……喋るのか?」


「ああ、これしか喋らねぇけどな。『レンジだ』って。あ、あと──」


 レツエンがパンをかざすと、ふわりと浮かび、光で包まれた。


 それを見て、盾が焦る。


(ま……! まさか!? 温めているのかっ!)


 ほどなくして──


「チン♪」


「な、すげぇだろ! 温め終わるとチン♪って言うんだぜ!」


 レツエンはドヤ顔だった。


 見ていた盾は――。


(……ふんっ! そんなものっ! お前は家電か!)


 ぷいっと顔を背けた――つもり。


 ふわりと風が吹き、とろけるチーズと焼きたてパンの香りが広がった。


「便利そうだな」


 主がレツエンのアイテムを褒めた。


(なっ……!?)


 金属音を立てて崩れ始めた盾。――崩れたのは、心。


(そんな……この私が、あのチン♪に負けるなど……)


 金属は急激に冷えていく。

 急な温度変化で縮みそうだ。


 しかし、シュエンはそんな盾に構うこともなく、レツエンと話を続けていた。


「どこで手に入る?」


「ああ、これか? 白龍を倒したらドロップしたんだ」


「どこの白龍だ」


「ああ、ええと……」


(……まさか!)


 再び、ふつふつと熱を帯び始める盾。


 火照る。


 いや、燃える。


 怒りと嫉妬と、恋心で。


 ギィィィ……と金属のきしむ音。

 盾の歯ぎしりだ。


 その時。


 シュエンが盾を抱き上げた。


「ヨウ、どうした?」


(えっ?)


「こんなに熱く……」


 ──主の手が、そっと触れてくる。


 トントン。


 まるで、落ち着けとでも言うように。


 それだけで、盾の中の嵐がスッ……と収まった。


 見上げれば、優しく微笑むシュエンがいた。


 その笑みにチーズよりも蕩ける思いがこみ上げる。


(……っ、申し訳ございません、シュエン様。少し、取り乱してしまいました……)


 盾はそっと熱を鎮めた。


「なぁシュエン、その盾……ちょっと焦げてね?」


「ああ、時々、熱くなりすぎる」


「なんだそれ」


「面白い子だ」


(ぁぁっ……シュエン様っ……♡)


 己の誇りとシュエンへの愛をかけ、

 盾は今、声なき声で叫ぶ。


(……チン♡)


 誰にも届かなかった。


 暑い日が続く。




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