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第4話 名前をもらった♡




 今日も木陰でお昼休憩。


 柔らかな風が吹いている。

 鳥がさえずる昼下がり。


 いつもと変わらぬ静かな午後。

 だけど、盾の中だけは大騒ぎ。


(主……っ、今日も……今日も! かっこいい……!!)


 主はすやすやとお昼寝中。


 あの彫刻のような完璧な横顔。

 光に照らされて、まるで神のようだ。


(んっ……絶妙っ……眉間のしわが、少し……きゅって……んふっ♡)


 眉間のシワひとつでこんなにも心をときめかせてくるなんて。

 なんて男だ。


 盾は愛しい主の寝顔を眺める。


 そう、この寝顔、この時を守らなければならない。

 それが自分の使命なのだ。


 金属の内側で、めらめらと燃える青龍の魂。


(ふっ……我が主の眠りを邪魔させはしない。さぁ、かかってこい!)


 誰もいない。


(ふはは……どうだ、私は元青龍で、今は主を守る盾だ……)


 誰もいない。


(この光り耀く鱗を見よ! んふっ♡)


 青龍の一人芝居が続く。


 そこに。


 ひらりと、蝶が舞い降りた。


(……っ!?)


 盾の、てっぺん。


 蝶はそっと羽を畳んだ。

 まるで盾の飾りのようにぴたりと止まる。


(ふっ……そう、私は……あなたに会えただけで、良かった……)


 盾は突然、洞窟にいた頃を思い出した。


(シュエン様。あなたが私を連れ出してくれた……)


 光も音もない暗がりだった。

 そこに舞い降りたのは、シュエンだった。

 今思い返しても胸が熱くなる。


(嗚呼、シュエン様……あなたのお陰で、世界に光が満ちました! 世界が、表情を変えたのです! ああ、シュエン様っ!)


 つい飛び跳ねたくなる。

 だが。


 せっかく蝶が止まっているのだ。


 盾はふと神経を集中する。

 まだ蝶が止まっいる。

 飛ばしてしまわぬように、そっと息をひそめた。


 しかし──。


(なぜだ、こんなにも歌いたくなるのは……)


 ふと、ギターのように抱えられた記憶が蘇る。


(ふんっ、レツエンめ。私に歌いたくなる呪いをかけたな? いいだろう、今度会った時には──)


 そこで、主が目を覚ました。


「……ん」


 主が体を起こし、眠そうにあくびをひとつ。


 そして。


 視線が……こちらに向いた。


(ぁっ、その目で……見つめられると……私は……んっ)


 盾、緊張の極み。

 金属の内側で、滝汗が流れる。


 蝶、ふわりと羽根を広げる。


 シュエン、じっと見つめている。


(……あ、あの、シュエン様……そんなに見つめられては、穴が開いてしまいます……いくら金属とて融点というものがございまして、それを超えてしまいますと、溶けて、蕩けて、逝ってしまいます、ぁっ……)


 主の口が開いた。


「……そうだな」


(えっ?)


「名を……つけよう」


(なんですって!?!?)


 突然迎えた、名付けの日。


(お待ちください、シュエン様っ! それは、その……あの……心の準備がっ!)


「蝶……いや、それではそのまますぎるな」


(だから待ってって言ってる!)


 しかも盾に止まっていた蝶が「えっ私ですか」みたいな顔をしていた。


「そうだな……」


(もう……強引なんだから♡)


「耀(ヨウ)」


 その瞬間。


 盾の中に、電撃が走った。

 思考も感情も、全てがぐるぐると混ざり合う。


(……ヨウ……!?)


 なぜか、震えた。

 心が。


 シュエンは、少しだけ微笑んだ。


「耀くお前に、ぴったりの名だ」


(あぁっ……もう……)


 融点に達した。


(もう……無理……♡)


 まるで昇天しそうだ。


 名を頂き、呼んでもらえた。


 自分のために選んでくれた、世界にひとつだけの響き。


 耀──ヨウ。


 その音は、金属の身体にキンと響いた。

 宝石が熱を持つ。


(……熱い……こんなにも……)


 蝶はふわりと飛び立った。

 良かったね、と言い残して。


 空と地の境界線に、また柔らかな風が吹く。

 火照った体を冷やしてくれる。


 それでもまだ熱かった。

 冷たい水をくださいと言いたいところだが、ここは熱さに身を焼かれるのもいいだろう。


(シュエン様の……熱で……焼かれる……んふっ)


 今や魂がメルトダウンする寸前だ。


「ヨウ……美しいな……」


「あぁっ……シュ……エンさまっ……♡」


 名を得た盾。

 心臓をバクバクと鳴らし続けていた。


 今日はなんて素晴らしい日だ。


 冒険は続く。





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