今日も木陰でお昼休憩。
柔らかな風が吹いている。
鳥がさえずる昼下がり。
いつもと変わらぬ静かな午後。
だけど、盾の中だけは大騒ぎ。
(主……っ、今日も……今日も! かっこいい……!!)
主はすやすやとお昼寝中。
あの彫刻のような完璧な横顔。
光に照らされて、まるで神のようだ。
(んっ……絶妙っ……眉間のしわが、少し……きゅって……んふっ♡)
眉間のシワひとつでこんなにも心をときめかせてくるなんて。
なんて男だ。
盾は愛しい主の寝顔を眺める。
そう、この寝顔、この時を守らなければならない。
それが自分の使命なのだ。
金属の内側で、めらめらと燃える青龍の魂。
(ふっ……我が主の眠りを邪魔させはしない。さぁ、かかってこい!)
誰もいない。
(ふはは……どうだ、私は元青龍で、今は主を守る盾だ……)
誰もいない。
(この光り耀く鱗を見よ! んふっ♡)
青龍の一人芝居が続く。
そこに。
ひらりと、蝶が舞い降りた。
(……っ!?)
盾の、てっぺん。
蝶はそっと羽を畳んだ。
まるで盾の飾りのようにぴたりと止まる。
(ふっ……そう、私は……あなたに会えただけで、良かった……)
盾は突然、洞窟にいた頃を思い出した。
(シュエン様。あなたが私を連れ出してくれた……)
光も音もない暗がりだった。
そこに舞い降りたのは、シュエンだった。
今思い返しても胸が熱くなる。
(嗚呼、シュエン様……あなたのお陰で、世界に光が満ちました! 世界が、表情を変えたのです! ああ、シュエン様っ!)
つい飛び跳ねたくなる。
だが。
せっかく蝶が止まっているのだ。
盾はふと神経を集中する。
まだ蝶が止まっいる。
飛ばしてしまわぬように、そっと息をひそめた。
しかし──。
(なぜだ、こんなにも歌いたくなるのは……)
ふと、ギターのように抱えられた記憶が蘇る。
(ふんっ、レツエンめ。私に歌いたくなる呪いをかけたな? いいだろう、今度会った時には──)
そこで、主が目を覚ました。
「……ん」
主が体を起こし、眠そうにあくびをひとつ。
そして。
視線が……こちらに向いた。
(ぁっ、その目で……見つめられると……私は……んっ)
盾、緊張の極み。
金属の内側で、滝汗が流れる。
蝶、ふわりと羽根を広げる。
シュエン、じっと見つめている。
(……あ、あの、シュエン様……そんなに見つめられては、穴が開いてしまいます……いくら金属とて融点というものがございまして、それを超えてしまいますと、溶けて、蕩けて、逝ってしまいます、ぁっ……)
主の口が開いた。
「……そうだな」
(えっ?)
「名を……つけよう」
(なんですって!?!?)
突然迎えた、名付けの日。
(お待ちください、シュエン様っ! それは、その……あの……心の準備がっ!)
「蝶……いや、それではそのまますぎるな」
(だから待ってって言ってる!)
しかも盾に止まっていた蝶が「えっ私ですか」みたいな顔をしていた。
「そうだな……」
(もう……強引なんだから♡)
「耀(ヨウ)」
その瞬間。
盾の中に、電撃が走った。
思考も感情も、全てがぐるぐると混ざり合う。
(……ヨウ……!?)
なぜか、震えた。
心が。
シュエンは、少しだけ微笑んだ。
「耀くお前に、ぴったりの名だ」
(あぁっ……もう……)
融点に達した。
(もう……無理……♡)
まるで昇天しそうだ。
名を頂き、呼んでもらえた。
自分のために選んでくれた、世界にひとつだけの響き。
耀──ヨウ。
その音は、金属の身体にキンと響いた。
宝石が熱を持つ。
(……熱い……こんなにも……)
蝶はふわりと飛び立った。
良かったね、と言い残して。
空と地の境界線に、また柔らかな風が吹く。
火照った体を冷やしてくれる。
それでもまだ熱かった。
冷たい水をくださいと言いたいところだが、ここは熱さに身を焼かれるのもいいだろう。
(シュエン様の……熱で……焼かれる……んふっ)
今や魂がメルトダウンする寸前だ。
「ヨウ……美しいな……」
「あぁっ……シュ……エンさまっ……♡」
名を得た盾。
心臓をバクバクと鳴らし続けていた。
今日はなんて素晴らしい日だ。
冒険は続く。