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第2話

 都会の片隅にひっそりとたたずむ風呂無しボロアパートがある。 

 そこの一室が私の仕事場兼生活空間だ。

 四畳半の室内は畳がボロボロで、窓ガラスもひび割れている。

 トイレはあるが、風呂はない。

台所は油汚れだらけで汚い。

 そんな現代人が住むのに到底適していないような部屋を月3万円で借りている。

 その部屋の主が私こと夜橋夕子よるはしゆうこ、性別♀の29歳独身だ。

 ついでに言うと除霊師をやっている。

 霊との対話から除霊まで霊に関することなら一通り修行した。

 あと、専門外だけど人払いの結界を張ることや守護霊をつけることまで、それなりにいろいろできる。

 今回現れたお巡りさんはどうやら私の本職に用があるっぽかった。

 ちゃぶ台を挟んで相対する。

 お茶なんて高級なものはないので、お冷(水道水)を出す。

「2週間前から発生している、集団不審死事件のことはご存じでしょうか?」

 お巡りさんはおもむろに切り出した。

「2週間前……ですか?」

 2週間前ならちょうどレイミちゃんのライブ配信があった日だ。

 事前告知のないゲリラライブで、もし知っていたら私はこの唯一の商売道具であるお祓い棒を質屋に売り払ってでも会場に見に行ったはずだ。

 思い出すと悔し涙が……。

「えっと……何故泣いているのですか?」

「いえ、推しへの愛が足りない己の無力をかみしめているだけです……」

 お金さえ、お金さえあれば……除霊師の月給はせいぜい5万~10万円。

家賃とスマホ代を払えばほとんど生活費しか残らない。

 動画は最低画質でしか見られない毎日……くっ、全部貧乏のせいだ。

 理解できないという表情を浮かべていたお巡りさんは、咳ばらいをして話を戻した。

「場所は街中の廃墟です。被害者は5人。性別年齢はバラバラで、外傷はありませんでした」

「……私ができる仕事の範囲はご存じですよね」

 私の除霊事務所は無料のホームページと無料の情報誌に名前と職務内容が載っている。

 お巡りさんは私の職務内容の一つ、『霊と話すことができる』というのを当てにしてこの場に足を運んだのだと言っていた。

 だけどそれはよほど強い未練をもって死んでいないと無理だ。

 集団自殺の場合、他殺や普通の自殺と比べると霊が留まっている可能性は低い。

 彼らは大抵死ぬ前に慰め合っているので、死後満足して逝くことが多かった。

 お巡りさんはうなずく。

「はい。承知しております。死因は衰弱です。自殺でも他殺でもありません」

「ますます私の出番がないような気がしますが……」

 霊の留まる確率は他殺や事故が90%、その次に自殺で50%、他の衰弱や老衰などの死は5%。

 もちろん例外はあるけども、恨みつらみを抱えて死んだ人間はとかく霊になりやすい。

「しかし、奇妙な共通点があるのです」

「共通点?」

「それが、全員が満足げな笑みを浮かべて死んでいたのです。世間には不審死と発表していますが、普通廃墟の中で満足な笑みを浮かべて死ぬことができますか? 夜橋さんはどうです?」

「まあ、それは……できないですねぇ」

 でも私なら例え廃墟だとしても、レイミちゃんの動画を無限再生して、お腹いっぱい食べれてお酒を浴びるほど飲んで苦しみなく死ねるのならばあるいは……笑顔で死ぬかもしれない。

「内部でもこれは薬物か何かによる他殺なのではという声が上がっておりまして。それならばダメ元で手を尽くしてみようじゃないかと」

 私はダメ元かい。

「それで、私のところへ来たわけですか……死んだ方の霊がまだ現場にとどまっているかわかりませんよ?」

 というか、今の話を聞いた限りだと十中八九成仏している気がする。

 どんな人間も笑顔になれるほどのことがあって死んだのなら絶対成仏するだろう。

「いいんですいいんです! どうせダメ元ですから! 何か捜査の手掛かりになる情報がつかめるかもしれないという悪あがきです。そもそも私個人としては幽霊とかあまり信じていないので! まったく馬鹿な上層部ですよ! はは!」

 豪快に笑うお巡りさん。

「そうですか……はは」

 隣の部屋からガン! と壁を叩く音が聞こえてきた。

 いいぞ、できればこの失礼なお巡りさんを黙らせて……なんか除霊師を馬鹿にしてる気がするし、気が乗らなくなってきたなぁ。

 1万とかの報酬なら断ろうかなぁ……。

「あ、そうでした。期日はできるだけ早めにお願いします。報酬は先に5万。あとに5万ほどでいかがでしょうか?」

「やります! ぜひ!」

 くっ、やはり国家権力には抗えないわ!

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