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第7話

 すし詰め状態の亡者共がレイミちゃんの歌に合わせて成仏していく。

 一曲が終わるごとにその数は少なくなっていき、0時近くになるとほとんどの霊が姿を消していた。

 ああ、私も成仏しそう……レイミちゃんの歌と声はやっぱ元気になるわ。

 人魂のスポットライトを浴び、壇上で最後の曲を歌い終えたレイミちゃんは会場を見回して、アイドルの顔で私達に語り掛けた。

「みんな~! こんばんは~! 突然ですが私、レイミから重大発表があります!」

「だめ! レイミちゃん言わないで! あなたがいない世界なんて私、耐えられないから!」

 ファンとして壇上には上がらずに叫ぶ。

 レイミちゃんは私を見て一瞬悲し気な笑みを見せるも、すぐにアイドルとしての煌めく笑みを取り戻した。

「私、レイミは実は幽霊でした~! 人間だと思っていた方はごめんなさい! でもね、私、それだけ皆に笑顔になってもらいたかったの。だけどそれも今日でおしまい」

 レイミちゃんは笑顔だ。

 声も明るい。

 だけど、泣いているのが私にはわかった。

 レイミストは……いや、夜橋夕子はレイミちゃんを最初から見ている大ファンだから。

「やめないでええ!」

 全身全霊で叫ぶ。

 だけど、それは届かない。

「今日の0時をもって、私レイミは成仏させていただきます! 今まで応援ありがとー! 応援してくれたファンの皆。支えてくれたマネージャーさん。そして今この場にいるお客さん! 私、本当に幸せでした! 死んじゃったのにみんなの笑顔が見れて……うれしかった。大好き!」

 その言葉と共にレイミちゃんの瞳からボロボロと零れ落ちる涙。

 アイドルが引退する時、よく泣いている映像をみる。

 あれは嘘泣きだと自分勝手に思っていた。

 でも実際に推しが目の前で泣いているのを見ると分かる。

 その涙は本物だ。

 皆に応援されて嬉しいだけじゃない。

 別れのつらさやまだ辞めたくないという気持ちがないまぜになってあふれ出ているのだ。

 こっちが見ていてつらいほどに、純情で、どうにかしてあげたい気持ちが沸き上がる。

 七色の人魂スポットライトが消えた。

 廃墟の中に闇が訪れる。

 月明かりだけが辺りを照らす。

 レイミちゃんはアイドルの仮面を脱ぎ捨てて、声を殺して泣き始めた。

「まだ、成仏したくないよ……わたし、もっとみんなを笑顔にしてあげたかった……のに」

 月明かりに照らされるレイミちゃんの姿が儚く薄まっていく。

「レイミちゃん!」

 私は壇上に上がった。

 推しに無断で触れるのはファンとして失格だ。

 だけど、そんなことを言っている場合じゃない。

 レイミちゃんが消えてしまう……。

「消えちゃダメだよ! もっと未練に執着して! 私、除霊師だからわかるの。そうやってこの世に残り続けている霊はたくさん……」

「それはだめです」

 闇の奥から大鎌を携えて静かに死神が現れた。

「どうしてよ! あんたレイミちゃんを消したいの!? 成仏したらもうレイミちゃんの歌は、底抜けに明るい声も聴けなくなるのよ!」

「……それは嫌です。でも、レイミは私と……死神と約束をしてしまいました。大勢の前でライブをしたい。みんなを笑顔にしたい。人間も霊もレイミは沢山幸せにしました。だから成仏しないといけません。未練を叶えてまだ残り続ける霊は悪霊として速やかに処分する。それが死神の掟です」

 大鎌をレイミちゃんに向ける死神。

 レイミちゃんはわかっていると言わんばかりに動かない。

 その体はどんどん透けて、消えかかっている。

 どうすればいいの? どうすれば……。

 除霊師として霊を除霊することは多々あれど救ったことなど一度もない。

 他に私ができることといえば霊と話すことと、守護霊をつけることくらいで……。

「!? ああ! まって! まって死神! ある! レイミちゃんを成仏させなくていい方法あるから!!」

 私は今まさに大鎌でレイミちゃんを処刑しようとしていた死神の頭をお祓い棒でぶっ叩いた。




 もはや向こう側がはっきり見えるくらい存在がスケスケになってしまったレイミちゃんの周囲をお祓い棒でしゃんしゃんする。

「本当に守護霊化なんてできるんですか? あなた除霊師ですよね?」

 死神マネージャーがたんこぶを撫でながらうろんに尋ねてくる。

「うるさい黙って! こう見えて私器用なんだから! 除霊だけじゃ食ってけないから他の術もかじってるの! それにレイミちゃんを救ってって言ったのはあんたでしょ死神!」

「それはそうですが……」

「夕子さん、頑張らなくていいんですよ? 私はもう……」

 儚く微笑むレイミちゃん。

 それは諦めの笑みだ。

「レイミちゃんやめて! 私が推してるのはそんな弱気なことを言うあなたじゃない!! 元気いっぱいで明るくて優しくて、歌うのが大好きなあなたなの

「夕子さん……」

「……だから私を信じてゆだねて?」

 0時までは残り数分もない。

 時間は刻一刻と過ぎていく。

 一度の失敗も許されないなかで、私は奇妙に落ち着いていた。

 今までどれほどの元気と気力を貰っただろう。

 それを今少しでも返せる。大好きな相手に。自分の手で。

 それがたまらなく嬉しい。

(そっか、レイミちゃんが頑張れるのって……)

 術が発動して光が私達を包む。

 光の中で確かに聞こえた気がした。

「ありがとう……」




 自分を応援してくれる誰かがいるから頑張れるのかもしれない。

 そう言ったらレイミちゃんは楽しそうに笑った。

「はい! 私は見てくれる視聴者さんや、応援してくれるファンの皆さんがいるから頑張れたんです。夕子さんが私を推して元気をもらうのと一緒です。私は夕子さん達から元気を貰っていたのですよ?」

 やっとわかりましたか? と言われているようでどこかはがゆい。

「それにしても、本当にレイミの守護霊化をしてみせるとは、夜橋夕子さん、あなたは存外すごい除霊師なのかもしれませんね」

 と、言ってくるのは部屋の中で勝手にくつろいでいた黒いスーツに長い黒髪で色白の美人、マネージャーの死神さんだ。

「帰ってくんない?」

「何を言うんですか。今日は待ちに待った収録日です。私はレイミのマネージャーで、今やあなたの同僚ですよ? ……ああ、安心して下さい。死神は食べ物は食べませんし、排泄もしません。幽霊みたいなものです。お気になさらず」

 と言いつつ、スーツで畳をごろごろするのはやめていただきたい。

 ……クリーニング代請求したりしないわよね?

「あ、夕子さん! そろそろ配信の時間です! 準備をお願いしてもいいですか?」

「はいはい。えっと……このマイクとカメラを……こうするんだっけ?」

「はい! ありがとうございます! それで大丈夫です!」

 にこっとレイミちゃんが微笑む。

 私の守護霊になった彼女は毎日のようにその笑顔を見せてくれるようになった。

 正直、ドキドキしすぎて心臓が持たない。

 推しとの生活なんて夢みたいだ。

「まあ、すぐ慣れますよ。そしていずれは倦怠期夫婦のように……」

「レイミちゃんが私の守護霊になったから嫉妬してんの?」

「そ、そんなことありませんが!?」

 わかりやすい動揺具合だった。

「ああ、二人とも配信始まってますよ! ほら、並んでください!」

 レイミちゃんに促されて私たちはカメラの前に並ぶ。

 ……それにしても何故こうなったのだろうか。

「こんばんは~! 幽霊のレイミと」

「死神のしーちゃんと!」

「じょ、除霊師の夕子で~す」

 私は推す側でよかったのに……。

「それでは! 私達の結成記念最初の一曲を聞いてください!」

 本当、なんでこうなってしまったのだろう。


 推しと一緒にネットアイドルとして活動する日々が始まるなんて。

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