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第3話|教師とベッド未遂

 泣き上戸の春菜を連れて、慎司は新丸ビルの外に出た。

 酔いと夜風が彼女の顔色を少しだけ正気に戻してくれる。


 「……すみません……変な女だと思いましたよね。」


 石畳の上、ヒールの先で小さな水たまりを蹴りながら、春菜がぽつりと漏らす。


 「変じゃなきゃ、会ってない。」


 慎司はわざと軽口を叩く。

 春菜は頬を赤くしたまま、笑うように息を吐いた。


 「……さっきの話、本当なんです。」


 慎司は頷くだけで応えた。

 嘘を嘘と知りながら、煙の奥で炙り出すのが自分の役目だ。


 「……私……全部捨てて楽になりたいんです。

 先生も、学校も、もうやめたい……。」


 春菜が立ち止まり、慎司の腕を掴む。

 指先がかすかに震えていた。


 「高村さん……今夜だけでいいから……忘れさせてください……。」


 目を伏せたまま、春菜の体がそっと慎司に寄り添った。

 体温が、吸い込まれるように胸元に伝わる。


 「……ホテル、行きます……?」


 吐息混じりの声が耳朶をくすぐる。


 慎司の喉が、ごくりと鳴った。

 あと一歩踏み込めば、全部を手に入れられる。


 だが同時に、春菜が隠している嘘の匂いも、皮膚の奥でまだ燻っている。


 「……ホテルより、先にやることがある。」


 慎司は春菜の腰をそっと離し、前を向く。


 「元生徒を締める。そいつを片付けないと、お前も俺も寝れない。」


 春菜の瞳に、微かな理性が戻った。


 「……だめ、私一人で――」


 「無理だ。俺がやる。」


 慎司の声に、春菜は観念したように小さく頷いた。


 スマホの通知が震える。

 見ると、知らない番号からメッセージが届いていた。


 『お前、誰だ。余計なことすんな。』


 元生徒。

 慎司は冷たい笑みを浮かべた。


 ――面倒な女とガキの嘘。

 煙と一緒に全部、鉄板の上で焼いてやる。


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