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第4話|鉄板で詰問、店内で密着

 元生徒とのやり取りを終えた慎司は、春菜を連れて再び『丸の内もへじ』へ戻った。

 夜の新丸ビルのフロアは、人影がまばらだ。


 店に入ると、百地が無言で奥の席を空けてくれた。

 店内は少し混んでいるが、慎司と春菜の周りだけが不思議に隔絶されている。


 春菜の指先はまだ慎司の袖を離さない。

 酔いが醒めきらない瞳が、鉄板の熱気でまた潤んでいた。


 「……大丈夫。ちゃんと終わらせる。」


 慎司がそう告げると、春菜は無言で頷いて慎司の肩に頭を預けた。


 その時、ドアのベルが無遠慮に鳴った。


 「先生、久しぶりじゃん。」


 若い声。

 店内の空気が一瞬で張り詰める。


 慎司が顔を上げると、細身のパーカー姿の若い男がカウンターの端に立っていた。


 元生徒。

 やる気のない笑顔と、薄汚れたプライドを全身にまとっている。


 「お前が俺を呼んだんだろ?」


 生徒はふてぶてしく近づく。

 慎司は立ち上がらずに目だけで制した。


 「ここは、騒ぐ場所じゃない。」


 慎司の声が低く落ちる。

 生徒は一瞬、唇を歪めたが、鉄板を挟んで向かいの席に腰を下ろした。


 「先生の秘密、まだバラしてねぇからな。」


 ニヤニヤ笑う生徒に、春菜が小さく身をすくめた。

 慎司の肩に隠れるように体を寄せ、震えた手で彼の胸元を握りしめる。


 ――女の胸の膨らみが、慎司の腕に触れる。


 理性の残骸を必死に抑え、慎司は生徒を睨んだ。


 「金が欲しいんだろ?」


 慎司が切り出すと、生徒は鼻で笑った。


 「証拠が欲しい奴に売ったっていいんだぜ? 卒業証書のデータ――」


 「……お前、いくつだ。」


 唐突な慎司の問いに、生徒は不意を突かれたように眉をしかめた。


 「は?」


 「年を聞いてんだ。」


 「二十……」


 言いかけた生徒の顎を、慎司は空いた手で掴み上げた。


 「二十歳にもなって、女ひとり脅して小銭稼ぎか。

 そんな安い人生で、誰がビビると思ってんだよ。」


 声を荒げないまま、慎司の目が鋭く光る。

 店内の客も百地も、鉄板を前に誰も口を挟まない。


 生徒の顔色が、鉄板の火より青ざめていく。


 「……証拠データ、出せ。」


 慎司が吐き捨てるように言った。


 生徒は唇を噛み、震える指でUSBをテーブルに置いた。


 慎司はゆっくりと顎を放し、息を吐く。


 春菜が、まだ慎司の胸に顔を埋めていた。


 小さな声が、湿った髪の奥から漏れた。


 「……ありがとう……高村さん……」


 ――鉄板の煙の向こうで、また一つ嘘が溶けた。


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