怪人マニアジャーンはキカイに詳しく、人々が操るスーパーコンピューターを支配して世界征服をもくらんだが、そこにやってきた正義のハカイマン。
しかし――ピンチ!
ハカイマンの強襲はマニアジャーンのザンギャクな策略に貶められ、絶体絶命のピンチに陥っていた!
果たしてハカイマンはマニアジャーンを倒し、平和を取り戻すことができるのか――⁉
「……」
「…………」
何か絶対絶命のピンチだよこっちの方がピンチだよ!!
俺、一文字ホヨトはいま、大ピンチである。
迫りくる怪人マニアジャーンの蹴りをそれとなく返しながら、ステージ端で気息奄々と肩を揺らして演じているが、しかし、このヒーローショーは声援が全くない!
子供たちは何をしている⁉
怪人の下っ端役である全身黒タイツの奴らが、奇声を発しながらこちらに迫りくる。
だがかすかながら下っ端役の奴らも歩幅が小さく、俺と同じように動揺しているのが見て取れた。おいおいどうなってんだよこのショーは。
あれか? 令和の世、今の世代の子供たちはみんないいなのか⁉ 俺がガキの頃なんてヒーローショーでピンチって言われた暁にはものすごい雄叫びでヒーローの再起を唱えたが、もしやそれすら令和の世、ないというのか⁉
なんという時代錯誤! ジェネギャか⁉ これがジェネギャなのか⁉
頼む! 盛り上げてくれ少年少女!
お前らの声援がないとハカイマンちょっと心配になる。
元気いっぱいな子供たちの声援を背に奮起することこそ、ヒーローショーの醍醐味ではないのか⁉
子供たちの「頑張れー頑張れー」が欲しい!
頼むキッズたち、俺に力を、ハカイマンとホヨトくんに力をちょっと分けてくれー!
――つうか司会者! お前が声援を誘導しろよ!
なんでしたり顔でこっちみてんだよ、なんでそんなにこやかな顔を貼り付けましたみたいな感じで俺を見てんだよ! おかしいだろ司会者のお姉さん、さっきまであんなに意気揚々と子供たちを扇動してたのに、いきなりどうしちゃったの⁉ お腹でも痛くなっちゃったの? それとも俺の演技が気に入らなかったの? ねえこんなところでファンの心出さないでよ確かに俺さっきちょっとキック失敗したけどさ! 仕方ねえじゃんキックなんていつもしないんだもん! 俺ヒーローなんかじゃなくって普通にフリーターだもん! 悪く言えばニートだもん!
……ちっくしょう。何もする気はねえようだな司会者。
こうなったらもうやけだ。声援なしでも下っ端をボコス?
でもよ、ここで声援なしにボコボコにしてしまったら、醍醐味をなくしたままフィナーレを迎えることになるし、何よりこの状態でフィナーレにいったら更にとんでもない事にならないか?
ハカイマンは見事、マニアジャーンを倒しました! みんなの声援がハカイマンに届いたのです!
そう司会者の声と共に決めポーズをする俺と、氷河期みたいに冷え込んだ観客席……。
想像したくねえええええ。
いっそのことこのままバッドエンドにしてやろうか?
ハカイマンが再起しず、子供たちに声援の大切さを骨の髄まで教え込んでやってもいいんだぞ。
なんせ俺がこの舞台の主人公、ハカイマンの名の通り、舞台そのものを破壊してやってもいいんだからな!
俺がやる気失くしたら普通にこの舞台バッドエンドできるぞ? 俺がこのまま「やられたー」って倒れたら、お前らにどんな悔いを残せるか見ものだな!
悪役みたいな思考回路になって来たけど、じっさいどうするべきだ。
巡らせろ。俺はハカイマン。このステージ上では正義のヒーローだ。キッズの声援はないが、ヒーローは夢を見せる職業ではないか。もしかしたら時代なだけで声を荒げるのが恥ずかしいだけなのかもしれない。後ろの子供たちは本当は心からヒーローの栄光を見たがっているのかもしれねえ。
だったらハカイマンとして、俺がやるべきことは一つだ。
本当は外付けの声優の声がハカイマンとして喋ってるが、似せようと思えば似せれる。俺はナイスガイ、声の質だけはそこそこ誇れる個性だった。だが、本当にやるのか? 吐いた唾は呑み込めないが、本当にやってしまうのか⁉
――ええい、ままよ!
俺は左足をステージに擦りながら大きく開いて、右腕を横へ振った。
「子供たちよ!」
「…………」
沈黙が俺の精神を揺さぶった。下っ端も、司会者も、マニアジャーンすらも俺に意識を向けた。俺の絞った声がマスク越しに振動し、そしてそれは確かに空間をとおって皆に届いていた。
「俺は、ハカイマンだ。いまマニアジャーンと戦っている。奴はキカイに詳しくハカイコウサクが得意で、俺は奴の罠にはまってしまった」
「…………」
静寂が痛い。
「もう少しの所で奴の懐に飛び込めそうだが、力が足りない」
「…………」
視線が刺さるようだ。
「パワーがないんだ!」
背中に目なんてついていないのに、嫌というほどの意識が俺に向けられている。
三十人も入らないくらい小さくささやかなステージだが、まるで百人、いいや、千人の目が俺を見ているようだ。見られていることは、俺にとってとても恥ずかしいことだった。フリーターとして慎ましく、弱者は弱者として生きていくことが出来ればいいと思っていた。会社で受けたパワハラも、モラハラも、ばばあのセクハラも全部嫌になってほっぽりだして、俺は出不精になった。
そんな時に思い出したのが、小さな頃にみたヒーローショーだった。
「子供達よ、そしてこれを見ている大人たちよ!」
なんだっていい。夢なんてくそくらえだった俺が、小さなころのファンタジーに叩かれたんだ。あの頃の俺の熱が、体温が蘇った。ただ日曜日に早起きしただけで見つけたヒーロー番組が。
「俺に、声援をくれないだろうか⁉」
俺に力を与えてくれたんだ。
会場の沈黙に変な汗が背筋を伝った。風の音がやけにはっきり聞こえて、自分の呼吸の音のボリュームが上昇する。そして声援が、一つ響いた。
「がんばれ」
「え?」
大人の声だった。
俺は思わず目頭が熱くなった。子供に届かなくてもいい。誰でもよかったんだ。
見境のないことは重々承知しているが、誰かに声をかけてもらいたかった。ヒーローだって気まずいときがある。ヒーローだって変な汗をかくときがあるんだ。
俺は振り返った。観客は相変わらず氷河期だった。
「がんばれ、がんばれえ、がんばれええええ」
声はいっそう感情を乗せ、崩れ落ちた。また振り返る。そこには下っ端役の男が泣き崩れていた。
「おまえかーい!」
マジでバッドエンドにしてやろうか逡巡したがとりあえずパワーアップして、泣いてる下っ端役をガチで蹴飛ばし、マニアジャーンを手短にはっ倒して、予定より五分も早くステージを終わらせた。
一通り劇が終わった後、ぱらぱらと客席から拍手があがって嬉しくなったが、後の握手会は荒野だった。