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憧れの騎士さま
憧れの騎士さま
中頭
BLファンタジーBL
2025年06月26日
公開日
1.2万字
完結済
バッレリーリ姫の専属の魔法指導者、ロルは騎士団長であるアルドーに惚れている。凛々しくて厳格なアルドーの意外な一面を目の当たりにし、ロルはさらにアルドーへ惚れていく。

第1話

 アルドーさんが前を通るたびに、僕は胸を高鳴らせた。身の丈にあった重い鎧を身に纏い、マントを翻し、部下を連れて歩く姿は僕の憧れである。

 城の柱に隠れ、彼の姿をこっそりと見つめる。近くにいたメイドたちが深々と頭を下げ、騎士たちが通り過ぎていくのを見守っていた。僕もつられて頭を下げる。アルドーさんは僕の方をチラリと見たが、やがて鋭い目を進行方向へ向け、通り過ぎていった。きっと謁見の間へ向かうのだろうな、とその背中を眺める。

 「今日もカッコいいわね、アルドー様は」。メイドの一人が黄色い歓声を上げた。彼女より少し歳を召したメイドが「こら、あまり大きな声で言わないの」と咎める。だが、どちらもアルドーさんに興奮を抑えられないらしい。まるで少女のように「今日は分け目が違った」という話に花を咲かせていた。


「いつも凛々しくて、素敵だわ」

「厳しそうな眼差しが、いいのよねぇ」

「でも、ああいう男性ほど、恋人には甘く接したりするのよ」

「きゃあ、想像するだけで蕩けそう」


 彼女らに見つからないようにと、そろりと忍び足でその場を去ろうとした。しかし「あ」という声に背中を跳ねらせる。


「ロルさま、そちらにいらしたのですね」


 にこりと微笑むメイドたちに「えへへ」と曖昧な笑みを浮かべた。僕のような存在がこの場にいるという事実が恥ずかしくて、顔を俯かせ小走りで立ち去った。



「ロル、聞いていますの?」


 甲高い、けれども聞き心地の良い声が鼓膜を弾き、我に返る。目の前には腰に手を当てムッとした表情の女性が居た。「なんで上の空ですの?」と頬を膨らませた彼女に「申し訳ございません、姫さま」と頭を下げた。


「全く、お稽古中に失礼な人ですわ!」


 中庭に彼女の気高い声音が響く。腕を組んだままフンと鼻を鳴らす女性────バッレリーリ姫に謝罪をした。持っていた杖を持ち直した彼女は「……まぁ、よろしくてよ」と機嫌を直してくれた。

 僕、ロル・アルロルはこの国の姫専属の魔法指導者である。魔法を学びたいというバッレリーリ姫の希望により僕が先生となり、指導をしている。


「では、姫さま。今日は藁の束を燃やしてみましょうか」


 指を差した先には的となるように設置された藁の束が置かれている。バッレリーリ姫が「うむむ」と唸り、杖を翳す。しかし、彼女は炎魔法が苦手なのか、いつまで経っても藁が燃えることはなかった。


「……ロル、お手本を見せてくださいまし」


 しょんぼりとした彼女にそう言われ、僕は口元に手を当てて笑った。「分かりました」と頷き、手を翳す。同時に藁の束が燃え上がり、一瞬で灰になった。


「わぁ、やっぱりロルは凄いですわ」


 バッレリーリ姫に褒められ、恥ずかしさで僕は肩を竦めた。

 目をキラキラと輝かせてそう言ってくれるのは、バッレリーリ姫ぐらいである。僕のような魔術師はそこらにごまんといる。

 そんな僕が何故、姫の指導者になれているのかというと────。


「凄いな。流石だ」


 その声に、僕と姫は振り返った。城から中庭へ移動してきたのは、アルドーさんだ。腰に下げた剣をカチャカチャと鳴らし、僕らの前で歩みを止める。「あら、アルドー。ご機嫌麗しゅう」。バッレリーリ姫がアルドーさんへ挨拶をした。


「いえ、そんな……別に大したことじゃ……」

「どうして自分を卑下なさるのです? ロルは凄いですわ」

「あぁ、流石は俺が見込んだ魔術師だ」


 彼の発した言葉に頬が染まる。まさか憧れの、あのアルドーさんに褒めてもらえるだなんて。僕は肩を縮こませて「ありがとうございます」と小さく礼を言った。

 僕がバッレリーリ姫の指導者になれたのは、アルドーさんが僕を引き抜いたからだ。

 僕は元々、民間の魔術師協会に属していた。一年前、この国を魔物たちが襲い、それに抵抗する形で戦争が起こった。国に属する兵士たちと共に、民間の魔術師協会に属していた僕も戦った。

 そこでアルドーさんに気に入ってもらえたのだ。

 ────あの時、特に活躍できたとは思えないけど……。

 僕以上に出来の良い魔術師は腐るほどいる。それなのに、どうして僕に目星がついたのか。疑問は多々あるが、憧れていた騎士団長であるアルドーさんの近くにいることができるだなんて、僕にとっては幸福なことである。


「……!」


 気がつくと、アルドーさんと目が合っていた。しかし、やがてふと視線を逸らしバッレリーリ姫を見る。

 あの視線はなんだろうか。姫に変な色目を使うなよという合図だろうか。僕は湧き上がる感情を抑えつつ、平常心を保った。

 僕がこの場に立つことが出来ているのはきっと「姫に手を出すことがない無害な男」であるからだ。自分でも自覚している。

 だからこそ、僕のようなどこにでもいる魔術師が選ばれたのだ。アルドーさんの見る目は色んな意味であるなと思いつつ、手汗が滲んだ手のひらを衣服に擦り付ける。

 ────それより……。

 あの目。やっぱり、すごくかっこいい。

 オーブ色の切れ目に射られるだけで、まるで魔法にかかったかのように腰抜けになってしまう。

 ────悟られちゃ、だめだ。

 足に力を入れ、呼吸を整える。


「……では、失礼します。姫さま、お稽古に励まれてください」


 アルドーさんが踵を返し、立ち去る。バッレリーリ姫はにこやかに手を振りかえし「さて、続きをやりましょう」とガッツポーズをした。そのやる気のある笑みに、僕は頷く。

 遠ざかる足音が、妙に鼓膜に残った。

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