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第5話


 その夜、ロルを部屋へ呼び出した。彼は肩を縮こませ、俯き加減で部屋に入ってきた。彼の緊張がこちらにも伝わる。以前呼び出した時もそうだったが、ロルは若干、俺を怖がっている節がある。

 ────まぁ、騎士団長に呼び出しを食らったら、普通はこうなるか。

 ため息を漏らしつつ、彼を腰をかけていたベッドの隣に座らせる。


「すまないな、呼び出して」

「い、いえ」


 暖炉についた炎がパチパチと音を奏でた。灯りに照らされたロルは、居心地が悪そうに何度か座り直す。


「……昼間は悪かったな、稽古の邪魔をして」

「そんな、邪魔なんて。バッレリーリ姫はアルドーさんに頑張っているところを見てもらえて嬉しいと思いますよ」


 ロルが穏やかに微笑んだ。どうやら少しは気がほぐれたらしい。


「そういえば、本気で魔法を学びたいのですか……?」

「あぁ。俺は剣術しか身につけてないしな。使えないとしても、その基礎を学んだりするのはいい機会だ。それに、バッレリーリ姫も対決だと躍起になっていたし。ここで逃げたら、きっと彼女にいつまでも笑われ続けるだろう」


 足を組み直し、わざとらしく肩を竦める。「ですね、姫が揶揄う姿が容易に想像できます」とロルが口元に手を当てて笑った。


「ですが、その。本当に僕がアルドーさんに教えてもいいのでしょうか……?」

「なぜだ?」

「あなたのようなすごい人に、僕が教えるだなんて。なんだか烏滸がましくて」


 目を伏せた彼の肩に手を置く。


「大丈夫だ。むしろ、お前から教えてもらえるなんて、俺としては光栄だぞ」


 ロルは弾けたように顔を上げ、表情を綻ばせた。「まさか、アルドーさんにそんなことを言っていただけるなんて」とロルが嬉しそうに語った。


「アルドーさんは武術に長けているので、きっと魔法も取得が早いですよ」

「本当か?」


 「えぇ」と頷いた彼が、不意に俺の手を握る。大袈裟に体を跳ねさせた俺のことなど気にすることなく、ロルは目を伏せたまま黙り込んだ。開かれた手のひらをじっと見つめ頷く。


「素人目ですけど、微かな魔力を感じます」

「そ、そうか……」


 無意識に手を握っていたのだろうか、ロルは「あっ、すみません」と焦ったように手を離した。

 意外と強引な一面もあるのだな、と胸を高ならせているとロルが暖炉を指差した。


「では、あの炎を揺らめかせてみましょうか?」


 こくりと頷き、手を翳した。指先に集中する。しかし、炎は揺らめかない。

 「頑張って、集中して」。耳元で囁く声が聞こえ、額に汗が滲んだ。こんな蠱惑的な声も出せるのか。ロルという男に驚愕する。


「あっ」


 ロルの声にハッと我に返る。「どうした?」と聞き返すと、ロルが目を弧にして俺を見つめていた。


「すごいです。今、少しだけ炎が揺らぎました!」

「本当か?」

「えぇ」


 ロルに集中しすぎて全く見ていなかった俺は「そ、そうか」と頷く。


「わぁ、すごいですね。上手にできました」


 その言葉に、体が一気に火照る。まるで小さな子供をあやす母親のような声音を発したロルの新たな一面に、胸を締め付けられる。

 ロルは「あっ、すみません。バッレリーリ姫にするような対応をとってしまって」と焦ったように元の表情に戻る。

 ────どれだけ俺を惑わせるんだ、お前は……!

 また違う一面を見せつけられ、改めてロルは魔性の男だなと実感しながら手を握りしめた。


[完]

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