朽ちた紅い鳥居が目印だった。
鳥居からひび割れた石畳が伸び、その奥に本殿が見えるはずだが……頭上を密集した枝葉が遮り夕陽が差し込まないので存在が確認できない。
じめじめとした暑さに、文句を垂れながら制服の胸元をぱたぱたと仰いでここまで来た四人は、現場を確認するや否や押し黙る。途端、ひぐらしの鳴き声が嫌に大きく聞こえた。
「で……誰から行きます?」
おかっぱで肩口までのショートカット、クラスではいつもオカルト雑誌を広げ魔女と呼ばれ、いつか自分だけの心霊スポットを見つけたい系女子生徒、
「こういう時は部長って相場が決まっていると思うんだけど?」
百合の言葉を継いだのは長い黒髪を揺らすいかにも真面目そうな女子、
今時スマホも持っていない彼女は真面目な癖に何故か百合よりも先にオカルト研究会に属している先輩だった。
今回のフィールドワークの場所を提案したのも彼女だった。
「で、でもでも、部長は責任ある立場ですので! 今回言い出しっぺの瞳さんから行けばいいと思います!!」
食って掛かるように、背が低くツインテールで釣り目の女子がワインレッドのスマホから顔を上げて言った。
そんな梨花に隠れ蓑にされている女子生徒は両腕を組んで、尊大に言い放った。
「梨花の言うことも一理あるけど……そうね、百合も瞳も私が行くべきって思ってるでしょうし、責任もって私が先導してあげるわ」
馬の尻尾のような長いポニーテール、強気で勝気な表情はどこか自信に満ち溢れて不敵。
彼女の名前は
オカルト研究会は彼女が立ち上げた部活だった。活動目的は街の魅力の再発見やら地理文化研究などとそれらしいことを掲げ、実際は心霊スポット巡りに熱を上げている俗物的な部活だった。活動の実態を生徒会や先生方はどこかで察知しているはずだが、権力と金の力に一般人は太刀打ちできない。
このお嬢様は刺激を求めていた。
望海が朽ちかけた紅い鳥居をくぐろうとすると、梨花が彼女の腰に引っ付く。
「部長ダメです! そ、それなら視える私も一緒に前を歩きます! 百合さんと瞳さんは後ろです!」
振り返ってべーっと舌を出す梨花。
望海と梨花は小さい頃からの幼馴染なのだとか。
「わかりましたよ~」
「はいはいなんでもいいわ。取らないからさっさと行って」
百合は困ったように笑い、瞳は面倒くさそうにため息をついた。
四人は夕方の風が頭上の枝葉を揺らす不気味で薄暗い境内を歩いていく。
落ち葉や枝を踏むたびに望海にくっつく梨花が短い悲鳴を上げるが、当の望海はひび割れた石畳を踏みながら小首をかしげていた。
「ここなんか来たことがある気がするのよね……百合、この廃神社はどういう心霊スポットだっけ?」
「あ、えっとですね……」
百合は直ぐにスマホのメモ機能を開いて心霊スポットの概要を説明しだす。
「ここは山上神社って言って、いつ廃神社になったか詳細な経緯とかは不明でした。心霊スポットとしての経歴は数年前に女の子が行方不明になったとかで……それ以降ここを訪れたことを誰かに話すと行方不明になった女の子が異界に連れていくとか呪われるとか……」
どこにでもありそうな話だ。図書館やネットを使って調べてもこれっぽっちしか情報が出てこなかったし、何よりここを訪れた人間の書き込みがほとんどなかった。
訪れたことを誰かに話すと異界に連れて行かれる……噂通りならば、誰も書き込まないのは筋が通るかもしれないが、この手の話はだいたいが作り話の域を出ない。
百合的にはインパクトの足りないスポットだった。
まあ、本物の心霊スポットに行って呪われてしまうよりはマシなのかもしれないが。
(……はっ!? 瞳さんがここに行こうって言いだしたのは皆を本物の心霊スポットから遠ざける為? やっぱり真面目だ)
「どうしたの百合さん、私を見上げて……蜘蛛の巣でもついてる?」
「い、いえいえ! なんでもないです……」
百合が瞳に密かに関心していると、望海が何かを思い出したように「あ」と声を上げた。
「思い出したわ! ここ、確か小学生の時に遊びに来た神社じゃない梨花?」
「え? え? 部長?? なにを……」
「いた、絶対いた! 私達ここで遊んだじゃない!! 覚えてない?」
望海が梨花の肩をバシバシ叩く。梨花はぽかんと口を開けていたが、次第に目を見開いていく。
「あ、ああああ! そうでしたそうでした!! ここ遊びに来たことがあります!! なんだ……あの神社だったんですね? なんで廃神社に……」
首をかしげる梨花。望海は「それはきっと……」と何か心あたりがあるように口ごもった。
「あ、あの?」
置いてけぼりになった百合が尋ねる前に、瞳が訊く。
「二人ともこの場所に何か思い出が?」
すると、梨花は望海を見上げ、望海は本殿までの歩みを再開する。
「昔ここで遊んだ時に……私と梨花とあともう一人女の子がいたの」
ざぁああと強く吹いた風が頭上の枝葉を揺らし、地面に夕焼け色のまだら影を作る。
「ちょうど今ぐらいの時間まで遊んで、最後にかくれんぼをしようということになったの。私が鬼で梨花はすぐに見つかった。でも、その子はいくら探しても見つからず。私と梨花は怖くなってそれで……」
「あ、ああああ……そうだ。そうだった……」
思い出したのか梨花は途端にせわしなく辺りを見回し始めた。
「だから廃神社になったんだ……思い出した、思い出した私……なんで、なんで来ちゃったんだろう……呪い? 私、異界に連れていかれちゃうの? イヤだ、いやだよぉ……助けて望海ぃ」
望海に縋りつく梨花。望海は「呪いなんてないわよ」と梨花の頭を撫でて苦笑する。
「まあ、結局私達は怖くなって全部親に話して、街をあげて彼女を探したの……でも見つからなかったわ。廃神社になった経緯はきっとそういうことね。今更思い出すなんて皮肉だけど」
彼女の独白に百合も瞳もなんと言えばいいかわからなかった。
「……梨花がこんなだし、今日は帰りましょうか?」
辺りは更に薄暗く、目の前にあと少しまで迫った本殿はボロボロで朽ち果て、不気味に佇んでいる。
ひぐらしの声はいつの間にか止んでいた。
静寂が場を支配し、百合が息を吸った瞬間、梨花が叫んだ。
「あそこ! あそこの影に女の子がいる!!」
半狂乱の彼女は異常な震え方で、望海の後ろに隠れた。
全員、梨花の指さした方角へ、屋根が崩れている手水舎へと振り返る。
だが、人らしい影はない。
暗いから視えないのだろうかと、百合が手提げから懐中電灯を取り出し、光を当てるがやはり誰もいなかった。
「やっぱり怒ってるんだ、恨んでるんだ……呪われちゃう……いや、嫌イヤぁあああ!!」
「梨花!!」
神社の外へと走り出した梨花の背を望海が追う。
「ちょっと! こんな暗いのに走ったら危ないですよ!!」
瞳が音もなく後を追い。
百合も追いかけようとして、ふっと一瞬本殿をライトで照らす。
……今、人影が見えたような。
「置いてかないでよ皆~!」
気のせいだと決め込んで、百合は皆の後を追った。