翌日もいつも通り学校だ。
昨日のことがあり、梨花は調子を崩したのだろう。
欠席だった。
放課後はオカルト研究会の活動はせず、三人で梨花のお見舞いに行こうとスーパーや薬局に寄って果物や清涼飲料水を買った。
その足で望海達は梨花の住むアパートへと押しかけた。
ピンポーン……。
「あれ? 返事がないわ? さっきまで連絡来てたのに……」
望海がスマホをタップしながら文章を確認する。
画面の中にはきちんと既読と返事が来ている。
いないなんてことはないだろう。
試しにドアノブを回してみると、ガチャリ……と静かに扉が開いた。
「梨花~?」
望海が恐る恐る室内へ。
百合と瞳も続いた。
まだ陽の差す時間帯だと言うのに、室内は暗かった。
きっとカーテンを閉め切っているのだろう。
だとしたら眠っているのかもしれない。
三人は示し合わせて足音を立てないようにゆっくり奥の部屋へ入っていく。
やはりカーテンが閉め切られていた。
「……梨花、電気つけるわよ?」
ぱちりと、望海が電気をつける。
三人はまぶしさに目を細めるが、すぐ光に慣れた。
改めて部屋を見回し、各々動き出した。
「いないね」
布団をめくった百合が首をかしげる。
「どこに行ってしまったのでしょうか……」
クローゼットを開け、中を確認し占める望海。
「……皆、これ」
勉強机の周辺を見回していた瞳が二人を呼んだ。
机の上に一枚の紙きれが置いてあったのだ。
三人は紙面に踊る赤い血のような液体で殴り書きされた字を見て、絶句する。
『ゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるしてゆるして――』
文字からでも伝わってくる懇願と後悔の念、よく見れば、机の表面に何度も引っ搔いたような跡が残っていて、これを書いた人物はとても正常な状態ではなかったことがうかがい知れた。
許して……何から? 誰から?
望海がよろよろと後退して、へたり込み、茫然と自分のスマホをのぞき込む。
「なに、これ……だってさっきまで梨花から連絡来てたのよ? おかゆ作ってあげるねって送ったら、『嬉しい』って……じゃあ、私は誰に……だれと連絡してたの? まさか本当に呪いが――」
スマホを落として両手で顔を覆う望海。
瞳がその背中をさする。
「落ち着いて、呪いなんてないってあなたが言ったのよ部長。まだ梨花さんが消えたと決まったわけじゃないわ。そうでしょう?」
話を振られて百合は慌てて頷く。
「そ、そうだね。返事が来てたってことは少なくとも梨花さんのスマホは電波の届くところにあるってことだから。心霊スポットの呪いで行方不明とかじゃないと思う……よ? 単に病院に行ってるとか、そういう可能性もあるんじゃないかな?」
と、告げながらも百合の脳内には昨日の廃神社が浮かんでいた。
訪れたことを誰かに話すと行方不明になった女の子が現れて異界に連れて行かれる――。
百合の言葉に目を見開いた望海は、床に落としたスマホを握りしめて立ち上がった。
「そうよね……まだ異界に連れて行かれたって決まったわけじゃないわ。梨花の行きそうなところとか、探してみましょう。それから警察とご両親に連絡して……」
その目には強気の意志が戻っている。
「警察には今私が電話してるわ」
瞳が壁にもたれながらワインレッドのスマホを耳にかざしていた。
「じゃあ、私は梨花さんのご両親に連絡してみるわ」
二人が電話をかけている間、百合はただ一人、じっと机の上の文字を見つめる。
もし心霊スポットの噂が本当ならば、梨花は異界に連れて行かれてしまったのだろうか。
望海にべったりだった子だ。
不安から彼氏か、両親に話してしまったに違いない。
『ゆるして――』
罪を犯したことに対して後ろめたさがある時に出る言葉だ。
この殴り書きは、梨花の懺悔であり、遺言にも――。
「百合、警察が来たら現場を見るからなるべく物は触らないようにだって」
「あ……」
ワインレッドのスマホを仕舞った瞳に言われて、百合は無意識に紙に伸ばしかけていた手をひっこめる。
(あれ……?)
何か、強烈な違和感を覚えるが、それは近づいてくるパトカーのサイレンの音にかき消された。