結局、梨花は見つからなかった。
放課後のオカルト研究会の部室で、椅子が床に激しく叩きつけられる音が響く。
「あなたのせいよ! あなたがあの神社に行きたいって言ったから!!」
怒っているような泣いているような表情を浮かべた望海が瞳に詰め寄った。
「……私は部員として何か面白い心霊スポットがないかと聞かれたからあの場所をおすすめしただけです。責任を擦り付けないでください」
瞳は座ったまま、当然でしょ?と言わんばかりに望海を見上げた。
「っ! あなたねぇ!!」
瞳の胸倉を望海が掴もうとしたところに、おろおろしていた百合が入り込む。
「ダメだよ! 暴力はだめ!! 部長も瞳さんも落ち着いて!!」
「……帰ります」
瞳は椅子から立ち上がると、背を向けてオカルト研究会の部室から出ていこうとする。
「待ちなさい! あなたどういうつもり? 梨花は仲間でしょ! なんで心配しないの!!」
その言葉に、瞳はピクリと反応した。
「消えた人間を心配しても仕方ないでしょ部長? それよりも今は自分の身を守ることを考えなくてはいけません。では……」
食って掛かろうとする望海を抑えながら、百合は今まさに部室を出ていこうとする瞳の背中に声を掛けた。
「瞳さん、駄目だよ! 一人になるのは良くないと思う! 神社の呪いで連れて行かれたなら、対処法がわかるまで私たちはなるべく一緒にいなくちゃ! あの神社に行ったことを誰かに言わないようにカバーし合わないと……」
ぴしゃり――
扉が閉まって、瞳は教室から出て行った。
「離して百合」
「あ……ごめん」
望海が百合を振りほどく。
おろおろする百合をちらりと見ると、望海はため息をついた。
「安心なさい。今更追いかけに行って殴ったりしないわ。それに、瞳の言うことも一理あるもの。私達も自分の身を守ることを考えないと」
「そう、だね」
うつむいた百合に、望海は優し気に笑みを浮かべる。
「大丈夫よ。梨花はきっと見つかるし、心霊スポットの呪いなんてない。今まで通り私達がオカルト研究会として楽しく活動できる日は戻ってくるわ。絶対に」
勝気で高慢に彼女は言った。
付き合いの浅い百合にも望海のそれがただの空元気だとわかったが、百合は望海が気遣いのできる人間だと言うことも同時に理解した。
自然と笑みがこぼれる。
「部長……今日は私の家に泊まりに来てくれませんか? 両親が旅行中で……その、ちょっと怖くて」
「ええ、いいわよ勿論。……あ、でも瞳は呼ばないでくれる? 怒鳴った後に会うのはなんだか気まずいから……」
百合としては瞳も一緒にいた方がいいと思っていたのでスマホを取り出していたが……。
(そういえば……瞳さんってスマホ持ってなかったっけ……?)
掛けようにもそもそも連絡先を知らない。
瞳の家の場所も知らないのだからお手上げだった。
「……そうだね。瞳さんって冷静だし、一人でも大丈夫かも。今日は私達だけのお泊り会にしよっか」
「ありがとう。ふふ。これで瞳が行方不明になったら今度こそ心霊スポットの呪いを信じるしかなくなるわ……なんてね?」
「あ、あははは……」
意外と余裕のある望海のブラックすぎるジョークに、百合は乾いた笑いしかでなかった。
(……やっぱり何か引っかかる。なんだろう、瞳さんのこと――)
「どうしたの?」
望海が小首をかしげる。
「いえ、なにも……」
何か重要なことを見落としている気がした。
夕食は一緒にカレーを作って食べて、順番にお風呂に入り、一緒の部屋で眠ることにした。
翌日は学校も休みなので遅い時間まで起きていてもいいのだが、望海も百合もどことなく遊んだり勉強したりする気分になれず、早めに消灯した。
月の光が差し込む薄暗い室内。
天井を見上げて横になって……しばらくすると、望海がか細い声を出す。
「百合、巻き込んでしまってごめんなさい……」
「いえ……」
高慢で強気ないつもの望海とは思えない弱弱しさだ。
百合は不安から、敷布団で眠る望海に首を向けた。
彼女は薄い布団にくるまってこちらに背を向けている。
巻き込んだ。ごめん。
その口ぶりから望海が何かを知っている気がした。
でも、言葉は続かない。
寝言だったのだろうか。
起こしては悪いし、そもそも百合には聞く勇気がなかった。
しかたなく目をつぶる。
百合の意識は徐々に薄れていった。
――――――。
ひたひた……。
遠ざかる足音のようなものが聞こえて目が覚めた。
中天に上った月の光が窓から差し込まなくなって、濃い影が落ちる部屋の中。
壁掛け時計を見ると、午前3時。
百合の部屋の扉は開いて廊下の闇が部屋の中に侵入していた。
敷布団で寝ていた望海の姿がない。
「……部長?」
百合は廊下に出ていく。
バタン!
階下から玄関の扉が閉まる音が聞こえてきた。
百合は部屋に戻って窓から外を見下ろす。すると路上を私服で歩く望海の姿が見えた。
スマホを手にどこか急ぎ足だ。
心臓が早鐘を打つ。
今から着替えてすぐに追いかければきっと間に合うだろう。
だが、望海の様子は周囲を伺っていて焦っているようにも見えた。
この状況で百合に思い当たる点は一つだけだ。
梨花。
百合も瞳も梨花の連絡先を登録をしていない。
連絡があるとすれば望海のスマホにくるだろう。
だが、何故こんな時間に?
(もしくは、部長が……)
百合は頭を振って、最悪なパターンを振り払う。
「行かなくちゃ……」
想像しているだけではらちが明かないし、確証は得られない。
素早く私服に着替えると、百合は部屋を飛び出した。