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第4話

 望海の後をつけていくと、廃神社にたどり着いた。

 スマホのライトであたりを照らしながら、朽ちかけた紅い鳥居を超えていく望海。

 その後を百合は星と月明かりを頼りに追っていた。

 暗闇に慣れた目で、頭上の枝葉から微かに零れ落ちる星と月の明かりを頼りに歩く。

 この間の夕方はひぐらしが嫌なほどうるさく鳴いていた境内。

 今は風の一つも吹かず、じっとりと汗ばむ嫌な空気が流れていた。

 望海は本殿にたどり着いた。

月影に崩れた屋根瓦や朽ちかけの柱がありありと照らし出されている。

「来たわよ、梨花。どこにいるの?」

 木の陰に隠れて様子をうかがっていた百合は目を見開く。

(部長……梨花って言った?)

 社殿の周辺をかくれんぼの鬼のように見て回る望海。

 スマホの光がこちらに向くたびに百合は首をひっこめて見守る。

 なにが起きようとしているのか、見守っているべきか? いや……。

 百合は迷うが、声を掛けようと決心し、木陰から出ようとした。

 その手首を、ひやりとする手が握って、「ひゃ!」と悲鳴を上げかけた百合の口元を塞ぐ手があった。

「しっ……百合さん」

 木陰に引き戻された百合は自分の動きを阻害した人物に焦点を合わせる。

 長い黒髪に真面目な顔つき。

瞳だった。

 彼女はしーっと口元に手を当てて百合に小声で告げた。

「これですべて終わります。だから黙って見ていてください」

 すべて終わるとはどういうことか。

 困惑する百合だが、瞳の意志の強い目つきに押し黙って木陰に改めて身を寄せた。

「部長……」

 か細い声が、境内に響き渡った。

 百合の心臓が跳ね上がる。それはすぐ耳元で聞こえるような、そんな不気味さを醸し出していたからだ。

 本殿の奥の森に足を踏み入れようとしていた望海は振り返る。

 賽銭箱の傍にぼんやりと、梨花が立っていた。

 その肌は月光に照らし出されて真っ白だった。

 制服も薄汚れていて、落ちくぼんだ眼に生気はない。

 望海は梨花を抱きしめる。

「よかった……本当によかった……」

 二人はしばらく動かなかった。

「良くないよ……」

 ポツリと梨花が呟いた。

「……え? きゃ!」

 ドン! と梨花が望海を突き飛ばす。

 望海は友人の蛮行に驚いたのか、不意打ちだったからか、地面にしりもちをつき梨花を見上げた。

「り、りか? 良くないってどういうこと?」

「私知ってるよ? 昔この神社で3人で遊んだ時、行方不明になったあの子は本当はいなくなったわけじゃないんだって」

「な、何を言ってるの梨花?」

「とぼけるな!!」

 梨花の叫びに呼応するように突風が吹き荒れ、木々がざわめく。

 風が収まってから、梨花はつづけた。

「あんたは忘れてたって言うけど、あれ嘘だったんでしょ? むしろばっちり覚えてたから忘れたって嘘ついたんだよね? 私、ひどい目にあったんだよ? 真っ暗な暗い井戸の底で声も届かなくて……怖くて寂しくて痛くて……ああ、あの子はこんな気持ちで……死んだんだって」

 悔恨するようなつぶやきだった。

「わ、わからないわよ! 何を言ってるの梨花!!」

 遠目にもわかるほど体を震わせて、青白い顔で叫んだ望海。

 憐れむように見下ろしていた梨花は望海の耳元に顔を寄せて、静かに囁いた。

「望海があの子を殺したんだよね? 井戸に突き落として……」

 静寂が境内を支配する。

 聞こえてきた言葉に、百合は思わず目を見開いて硬直した。

 瞳は無表情で本殿の前の彼女たちを注視する。

 望海はしりもちをついたままうつむいていたが、ゆっくりと身を起こした。

「だったらなに?」

 まるで悪気のない、高慢な口調で、彼女は微笑んだ。

 そして続ける。

「私はこの街の大地主の娘よ? 小さい頃から私にはそのプライドがあった。でも、あの子は何をしても私より一歩抜きんでていたの。お絵描きもかけっこも、お勉強だって。……ふふ、だから、落とすしかなかったのよ」

 百合は思わず木陰から駆け出しそうになった。

 そんな理由で人を傷つけないで!と、あまつさえ殺してしまうなんて間違っていると。

 が、瞳が百合を制止し、首を横に振った。

 口元でまだ、と音もなく呟く。

「あの子がどれだけの時間痛みに苦しんで、つらくて、不安で怖くて、寂しかったことか……わかる?」

 梨花の問いに、望海は首を振る。

「知らないわよ。私の邪魔ばかりするあの子の事なんて。あ、でも突き落とした時はスカッとしたけどね。あれは刺激的な体験だったわ。ふふふふふ……」

 けらけらと笑い始める望海。

 梨花は力なく首を振る。

「ダメだよ望海、そんな態度じゃ……私、望海を救いたいのに……」

「はア? なに訳の分からないことを言ってるの梨花? 救いたい? ならこのことを誰にも言わなきゃいいだけでしょ? まあ、あなたが騒いだところでお金と権力さえあればもみ消せるわけだけど」

 馬鹿にするような態度の望海に、梨花はすっと指さした。

 その指先は望海のスマホを指している。

「なによ?」

「望海……あなたはまだあの子に恨まれているよ。私のスマホに通話をかけて。そうしたらわかるから」

「ふふふ、そんな子供だましで……はいはい、のってあげるわよ」

 望海は余裕の面持ちで通話を開始する。

「……許してもらえるといいね」

 梨花が微笑む。

 最初からその場にいなかったかのように、その姿が消えた。

「え? 嘘……梨花? え……」

 望海のモノではない着信音が境内に鳴り響く。


 ルルルルルル……ルルルルル……。


 イヤなほど大きい着信音に、望海はすっかり怯えて、自分のスマホの通話ボタンを消そうとする。

「な、何よなんで消せないの! なによこれ! なんなのよ!?」

 スマホを地面に叩きつける望海。

 スマホは壊れるが、どこから流れているかもわからない着信音は消えない。


 ルルルルル……ルルルルルルル……。


 木陰で瞳と一緒に隠れていた百合は絶句していた。

 百合の隣の瞳の手にはワインレッドのスマートフォンが着信を受けて鳴動している。

「……瞳、さん?」

 百合は違和感の正体にやっと気付いた。

 瞳はスマートフォンを持っていなかったはずだ。

 それなのに、梨花のアパートで警察に連絡した際は梨花が持っていたのと同じワインレッドのスマホを使っていた。

 きっとあの時、望海に連絡を返していたのは瞳だった。

 つまり、瞳は……。

「何があってもこれから起こることに手出ししないで。それがあなたの望みを叶えるから」

「…………」

 恐ろしく無味乾燥で、能面のような表情を浮かべた瞳は百合に警告した。

 梨花から奪いとったであろうスマホの着信を切って、瞳は木陰からそっと身を乗り出す。

「瞳……?」

 望海は安堵の表情を浮かべるが、瞳が掲げるワインレッドのスマートフォンを目にして顔をひきつらせた。

「な、なーんだ、いたなら返事でもしてくれればよかったのに……梨花が消えてしまったの、一緒に探し……」

「私ずっと待ってたんだよ?」

 にこりと笑う瞳は一歩、また一歩と望海に近づく。

砂利や石畳を踏むが、音も影もない。

 望海は後ずさりながら、乾いた笑い声をあげる。

「ね、ねぇ? これドッキリよね? 梨花も百合も絡んでるんでしょ? ねぇ? わ、悪かったわ。もう退屈しのぎに心霊スポットなんかいかないから……、ねえ、瞳……瞳はあの子じゃないのよね? ねえ??」

 望海は腰が抜けたのか、這いずり後ずさり、腐り落ちた神楽殿を超えご神木に背を預けた。

 ただし、根元から腐り、ひび割れ、既に死んでいるご神木だ。

 そのすぐ傍にひっそりと、古井戸があった。

 ゆらりゆらりと瞳が望海に近づいていく。

「寂しかった……。痛かったし、寒かったし、怖かったし……でもそれ以上に梨花と望海が来てくれないことが嫌だったの」

 望海は古井戸に引き寄せられるようにして、更に後ずさっていく。

「嫌、いやぁ、いや助けて、助けて誰か……」

 百合は木陰から動けなかった。

 望海の助けを求める声が聞こえているのに、足が動かない。

 まるで金縛りのようだった。

瞳の警告が脳裏を駆け巡る。

 何があっても手出しは――。

それが私の望みを叶えるなら……。

「助け――」

 望海の救いを求める目が、百合を捉えた。

 百合は視線を反らした。

 瞬間。

「落ちて望海。私達がいるから寂しくないよ……」

 望海が、ずるりと古井戸に飲み込まれていった。

 虫の声も風のさざめきも、一切の音が消えた。

 そこにいたはずの瞳の姿も、いつのまにか消えていた。

 百合は唖然としつつ、自分の体が動くことに気付く。

 ゆっくりと、次第に早足に境内を横切る。

「……みんな?」

死んだご神木の傍の古井戸の淵に手をついてのぞき込む。

 夜よりも暗い虚が、口を開けていた。

 ここにみんなが――。

「…………ふふ」

 百合は何故か上機嫌にスマホを取り出して、梨花と望海に通話掛けた。


 ルルルルル……ルルルルルルル……。


 井戸の底からスマホの鳴る音が微かにした。

 勿論誰も通話に出ることなどない。

 百合はほほを緩めて魔女のようにうっとり笑んだ。

「この心霊スポットの真相は私のモノ……」

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